第10話 「水の音がする」
恐怖を全身に感じながら、依人は息を殺していた。森のヌシが、依人が消えたあたりにその爪を振り回すので、うっかり当たらないよう大木の裏側に移動する必要があった。大きな爪が、直前まで依人がいた空間を切り裂く。
依人は、木の幹に手を当てたままゆっくりと動いて裏側に回った。スピウスとカナリアも、すぐそばで息を潜めている。気がつくと、あの白い狼の姿はどこにも見当たらない。
横にいるカナリアの震えが伝わってくる。依人は、空いている方の手をカナリアの肩に置いた。彼女の呼吸が、少しずつ落ち着いてゆく。
怪物はしばらく依人がいたあたりの宙を引っ掻いていたが、突如怒り狂ってそこら中の木を切りつけ始めた。
「森のヌシは、完全に俺たちを見失ったんだ」隣でスピウスがささやく。
依人は、注意深く背後の怪物を見た。凄まじい唸り声を上げて木に切り傷をつけてゆくが、不思議なことに、依人たちが触れている御神木には、1つの傷もつけられていなかった。
しばらくすると怪物は少し落ち着き、腹立たしげに森の奥へと歩いていった。怪物の唸り声が遠くなり、完全に聞こえなくなるとスピウスが呼びかけた。
「もう大丈夫だ。用がなければ戻ってくることもない。あいつらは、神聖な場所を嫌うから」
「ここは神聖な場所なのね。それならこの近くに、祠があったりしない?」カナリアは、興奮気味に尋ねた。
「ああ、あるぜ。すげえ小さなやつだが」
カナリアと依人の目が合う。
「それなら、霊力がある『月光ノ祠』は、ここのことね。この御神木は森のヌシも攻撃できなかったし、かなり神聖な場所みたい」
スピウスは、呆れたようにため息をついた。
「この森は広い。祠なんて無数にあるぜ」
依人は考え込んだ。沢山ある祠の名から1つを探し当てるなんて、不可能ではないか? 見送ってくれた老人は、霊力のある場所は、近づけば自然とカナリアが分かると言っていたが、本当にそうだろうか?
スピウスは不意に、遠くの方に目を向けると、言った。
「水の音がする。近くに川があるらしい。ひとまずそこに行かねえか」
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