第8話 「お前は天才じゃないか」
依人は目を開き、聖霊のような青年を見つめた。
年は20歳前後だろうか。背も見た目の割には低く、カナリアよりも大きいくらいだった。髪は癖毛で、どこかの民族衣装のような服をゆるく着ている。白い獣が青年にすり寄り、青年は優しくその背中を撫でた。
「誰だお前は、なぜその獣と一緒にいる!」依人は警戒して叫んだ。
しかし、青年は依人を見ず「よくやった、パニ」と白い獣に話しかけていた。獣は、白くて長い毛で覆われており、口からは鋭い牙が覗いている。その風体は、例えるなら白い狼だ。
「なあ、パニ、こんな広い森の中でコイツらを見つけて来るなんて、お前は天才じゃないか」
青年は細い腕で、獣の背を滑らすように撫でた。すると指先に、獣と似た青白い色の小さな火が灯った。
依人の元へ青年が歩み寄り、頭のそばで屈んだ。火がついた指先が、どんどん近くなる。
「やめてくれ!」依人は叫んだ。「たまらなく熱いんだ」
青年は表情を変えず、依人の額にその指先を置いた。
「熱っ!」
刺すような痛みに、思わず依人は立ち上がって青年の手を払いのけていた。
「てめえ、何が狙いだ……」
剣に手を伸ばす依人を前に、青年は距離を取るため後ずさった。
「おい、やめてくれよ。ほら、もう自由に動けるだろ」
確かに、さっきまでの状態が嘘のように体が動く。あの焼かれるような熱さも、全く感じなかった。
「助けて、くれたのか?」
「そうさ。礼なんていらないぜ。もうお代は貰ったからな」
青年は軽く笑い、ポケットからベルベット生地の小箱を取り出した。
依人は、はっとしてスーツの内ポケットに手を入れる。あるはずの婚約指輪が、そこにはなかった。
「返せ、お前が持っていいものじゃない」
「お代だと言っただろ? 返してもいいが、その女は助けねえよ」
青年は小箱を片手で弄び、カナリアを顎で示した。
「ならカナリアを助けてくれ。それはお前にくれてやる」間髪入れずに依人は言った。
「……カナリア、だと?」
青年が呟き、一瞬、時が止まったように静まり返った。青年は無言のまま獣のそばまで行くと、同じように指に火をつけ、カナリアの指先に触れた。
「本当に、動けるわ!」カナリアが、驚いて立ち上がった。「ありがとう、もう駄目かと思ったわ。私たち、城下町から来たの」
青年は、納得するように頷いた。「まあそうだろうな。こんな森を通るってことは、城下町から逃げてきたんだろ」
彼は白い狼の元まで戻ると、その背中に手を置いた。
「お前たちの他にも、城下町から逃げてこの森を通ろうとした奴がいたが、化け狐に喰われて死んいでたぜ。お前らは運がよかったな。城下にいればこんな所より安全だろ。今からでも、戻った方がいい」
「私たちは、ある目的のために旅をしているの。そしてこの森に、用事があるのよ。私はカナリア、この人はヨリトよ。……それに城下町はもう、安全じゃない」
「どういうことだ?」青年は不審げに尋ねた。
「先日、王子が隣国と手を組んで、この国を乗っ取ったの。……王妃は殺されて、王は捕まった。この国は、コスダロの支配下に置かれる」
「……信じられねえ」青年は大きく息をついた。
「王家はどこまで無能なんだ、この国はもう終わりか……」
彼は、ひどく落胆して肩を落とした。白い狼が、慰めるように小さく鳴いて、その身を寄せる。
「……俺はスピウス、こっちは相棒のパニだ。俺たちは城に行く途中だったんだが、とんだムダ足だったみたいだな」
青年の手が、狼をゆっくりと撫でた。
「私たちは」カナリアは言いかけて、了解を得るように依人を見た。彼は、はっきりと頷いた。
「私たちの目的は、この国を救うこと。私は、この国に生まれた姫として、彼らを追放し、この国をもう一度取り戻したいの」
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