第7話 「ここに、俺がいるから」

 ふたりは火を消すために地面を転がった。しかし、いくら土の上を転がっても全く炎の勢いは衰えなかった。あまりの熱さに、うまく呼吸ができない。依人は、耳に響いてくる悲鳴が自分のものなのか、カナリアの声なのか分からなくなっていた。意識が朦朧とし、もう転がる力もなくなった。


 木の枝を振り回しながらふたりを追っていた人面樹は、皆その姿を、赤い炎を纏った狐に変えた。狐たちは倒れたふたりの元に集まってよだれを垂らしていたが、突然何かの気配を察知し、素早く森の中にその身を隠した。


 その後、大きな四つ足の獣がふたりを咥えて、どこかへと運んでいった。



 依人は、熱と痛みで目を覚ました。自分は、どこかの地面に寝かされているようだった。身体中が依然熱を持ち、全身が軋むように痛い。

 ……まずいことになった。


 木々の間から月明かりが漏れている。今はすっかり夜らしい。

 回らない頭で思い出すのは、カナリアとともに運ばれたこと。大きくて白い、狼のような獣に咥えられて、ここまで来たのだ。


 体は相変わらず熱いが、炎は消えていた。服も一切焦げておらず、外傷はないように思える。しかし自分の様子を確認しようにも、体が思うように動かない。どんなに力を入れても、指先を動かすのでやっとだった。


 鉄板の上に寝かされているほど熱いのに、身体を動かせない地獄のような状況に、依人は頭がおかしくなりそうだった。

「カナリア……、無事か!」依人は動かない首を必死に回して、彼女の姿を探した。

「……ええ、なんとか」

 カナリアの荒い息遣いが、近くで聞こえた。なんとか声のした方を見ると、カナリアが熱で顔を真っ赤にしながら倒れていた。


 依人は、昔孤児院で、子供たちにインフルエンザが流行った時の光景を思い出した。今もあの時と同じように、ふたりは熱にうなされていた。


「私たち、奴らの罠に嵌ってしまったみたいね……。これはきっと、あの狐たちの術に違いないわ。このまま、焼かれてしまうのかしら。……ねえヨリト、ごめんなさい。あなたの言う通りだった。私は、子供の頃のままの気分だったわ。またヨリトと、こうして沢山話ができて、少し浮かれていたの」

「俺も気が緩んでいた。カナリアのせいじゃないさ。それより、この場をどうにかしないといけない」


「そうね……ヨリトには、待っている人がいるもの。もちろん、私にだって」カナリアは、拳を握りしめた。


 依人は、視線を巡らせ、場所を確認しようとした。しかし森の風景なんて、どこもそう大きくは変わらない。

「くそっ……ここはどの辺りなんだ? あの獣はなぜ、俺たちをこんなところに連れてきたんだ?」


「……それはまあ」

 突然誰かの声と、獣の鳴き声がした。


「ここに俺が、居るからだろうな」

 白い獣を従えた青年が、月明かりに照らされて依人の前に現れた。

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