第6話 「走れ!」
依人は、鉄のアーチに再び目をやった。よく見ると、引っ掻き傷のある場所に、何やら文字が刻まれている。
『コノサキニカミガイル』
「この先に神がいる、か。怪しいものだな」
「ヨリトは、神様を信じていないの?」
依人の言葉に、カナリアは驚いたように尋ねた。
「そうだな。神だとか運命だとか、そういうのは存在しないと、俺は思うね。人生を決めるものは、努力と経験さ」
「努力をした人を神様はご存知だから、より良い運命へと、導いてくださるのではないかしら」
考え方は人それぞれだ。依人はこれ以上深く話すことはしなかった。
ただ、孤児院で過ごした自分の人生を振り返って、これが運命なのだと思いたくはなかった。
ふたりはアーチから伸びる道を歩き続けた。獣道のような細い小道は、たまに曲がったり、途切れたりしながらもどこまでも続いていた。辺りは暗くなっていくが、それが日没によるものなのか、それとも太い木々が光を隠しているのか判別がつかない。
「木が重なって、空がよく見えないわ」
カナリアに言われて上を見ると、空は木に覆われていて、たまに光がちらちらと入ってくるだけだった。足元は木の陰で埋め尽くされている。これでは、方角がわからない。
「この森が迷いやすいっていうのは、こういうことか。だがここまでは一本道だ。この道を辿っていけば、大丈夫だろう」
依人はそう言って、道沿いに並んでいる木を眺めた。
依人は、並んでいる木に違和感を感じた。目を擦って近くの樹皮をよく見ると、それは人の顔をしていた。紛れもない人面樹が、依人を見て不気味に笑っている。
背筋を凍らせた依人の側に、カナリアが来てその木を見た。
「なに? 人みたい」
木に向かって伸ばしたカナリアの手は、何かによって払いのけられた。
「痛っ! 今、枝が、私の手を弾いたわ。この木には、意思があるのね」
依人も枝が動くのを見ていた。全身が、気配と物音に敏感になっている。そして、木の根が少しずつ上に持ち上がっていることに気づいた。根っこが地面から引き抜かれ、ぼこぼこという音と土煙を出す。
依人は、額に冷や汗をかいていた。動いている木は、一本だけではなかった。
「ここの木、全部動くぞ! こっちに来る、走れ!」驚いて立ちすくむカナリアに、焦って声をかける。
走り出した途端、何かが背中を掠めた。ぞっとして振り返ると、人面樹がその枝を手足のように振り回しながら、ふたりを追ってきていた。ヒュンヒュンという空気を枝が裂く音が鳴り、ふたりは死に物狂いで森の中を走った。
「大丈夫!」カナリアが、後ろを確認して言った。
「この木は早くない、逃げ切れるわ!」
実際、人面樹の足はそこまで早くなかった。ふたりは森の中を走り、動く木々を引き離していった。
つぎの瞬間、足元が強烈に熱くなった。見ると、足元がいつの間にか発火しており、赤い炎はたちまち全身を包み込んだ。
けれど、体は全く火傷をせず、服も燃えていない。ただ赤い炎が、全身に纏わりついているだけだ。だが熱はどんどん上がり、体の中を内側から蒸し焼きにされているようだった。
「あああああっ、ぐぁあああああ!!」
逃げ場のない熱が身体中を蝕み、思わず声を上げる。隣で同じように燃え上がるカナリアの悲鳴も聞こえた。ふたりはついに走れなくなり、炎を纏ったまま地面に倒れた。
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