第4話 夜の月

「フルーラが婚約を受けてくれて嬉しいよ」

「私も、殿下の婚約者になれて嬉しいです」


 ワイングラスをそっと寄せ合ってそして一口飲むと、なんとも言えない芳醇な味わいとほのかな苦味が訪れる。


「殿下ではなくセルジュと呼んでくれ」

「よいのですか?」

「ああ」

「では……セルジュ様」


 私の呼びかけに満足そうに微笑むと、セルジュ様はワインを一口、また一口と飲む。

 その様子を見て、私もワインを飲んでセルジュ様に微笑みかける。


 ああ、なんて幸せなんだろう。

 こんなに幸せでいいんだろうか。


 月が輝く窓の外に広がる空を眺めて私はふわっとお酒の心地よさに酔いしれる。

 そんな時、月がなんと段々揺らめいてそして二つに見える。


 あれ、おかしいな……。

 酔いすぎたのかと思い目をこすっても月は二つ、それどころか段々視界が暗くなりやがて月も見えなくなる。


 そして私の身体はぐらりと揺れて私の手からはワイングラスが落ち、そして床に落ちてガラスが割れる。

 私は耐え切れずに地面に臥すと、目の前にはしゃがみ込んで私の顔を見つめるセルジュ様がいた。


「効いてきたみたいだね、薬」

「……え?」

「君のワインに薬を仕込んだんだ。さ、ベッドに行こうか」


 セルジュ様は私を難なく抱えると、そのまま私の身体をベッドにほおり投げる。


「──っ!」


 気が付くと、私の身体にのしかかるようにセルジュ様の身体をあり、そしてその顔は獲物を捕らえた獣のような表情をしているように見えた。

 私は必死に逃げようともがくも、身体は思うように動かず意識が飛びそうになる。


「はぁ……はぁ……」


 息を切らせる私にセルジュ様の顔を近づいて来る。


「君は知らないだろうけどね、フルーラ、君は聖女なんだよ。この国唯一の聖女だ」

「せい……じょ?」

「ああ、神聖で美しくてそれでいて私に相応しい。だから婚約者にした」


 聖女だなんて聞いてないし、私はただの子爵令嬢のはず。


「君は僕を癒すためだけに生まれてきたんだ。君は僕のものだ。黙ってその身を捧げるといい」

「はぁ……い……や」


 私は助けを呼ぼうと声を出そうとするが薬が効いているのか、声すらもうまく出せない。

 そしてセルジュ様は逃げようとする私を無理矢理押さえつけ、そして私の頬を一回殴った。


「──っ!」

「おとなしくしろ、君は私の言うことだけ聞いていればいい」


 セルジュ様は私のドレスに手をかけ、そして首元にあるネックレスを引きちぎった。


 やめてっ!!

 それはシリウスが私の誕生日にくれた大事なネックレスなの。


 セルジュ様の手は止まらず、私の胸元に手をかけてそしてもう片方の手で私の頬に手をあてると、唇を近づけてくる。


 やめてっ!!!


 唇と唇が重なりそうになる瞬間、私は心の中で叫んでいた。



『シリウス、助けてっ!!!』



 刹那、ベッドの脇にあった窓ガラスが割れ誰かが入って来るや否や私に覆いかぶさるセルジュ様を蹴り飛ばした。

 そして私を優しく抱きかかえると、その人は吹き飛んだセルジュ様をにらみつける。

 その見慣れた顔に私は涙がこらえきれなくなり、思わず呟いた。


「シリウス……」


 私を逞しい腕で抱きかかえたシリウスはセルジュ様ににらみつけて言う。


「あなたの素性を調べさせてもらいましたよ。金髪の女性を聖女と呼んでは婚約者にして襲っていたそうですね」

「それがどうした? 第一王子だぞ、私は。こんなことをしてただで済むと思っているのか?」

「すでに私の主人が国王にこのことを証拠と共にお伝えしているはずですよ」

「──っ!」


 その言葉通り、ドアが大きく開くと国王がセルジュ様に威圧的な態度を見せる。


「セルジュ、なんてことをしてくれたんだ。バルト子爵から全て聞いた」

「父上、これにはわけが……」

「わけも何もあるか! お前は今日を以って廃嫡とする!」

「──っ!!」


 その国王の言葉にセルジュ様は肩を落としてうなだれると、私の記憶はそこでぷつりと途切れた。

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