『ェピ呂-グ¿」

「ううっ、、、」

 左頬の冷たい感覚と寝心地の悪さに目を覚ます。目を開けた目と鼻の先には涎を白い地面に塗りたくりながら倒れている一角がいた。


 ほんの半日前の景色に気持ち悪さを覚える。俺は何故生きている?俺はもう一度、文字にならないうめき声をあげ、体を起こす。


「おい、一角。」

 体を揺すりながら辺りを見回す。少し先は真っ暗で、奥まで果てしなく続いていそうなトンネルのような場所だった。ただ、今までの部屋同様に壁は白く、天井は角張っていた。


「んんっ…」

「一角、お前生きてるのか?」

「え?先輩?なんで?」

「分からん。最後のゲームで死んだからここにいるはずなんだが…」


 一角は、「天国にしては悪趣味ですね。」と呟きながら辺りを見回している。俺はもう一つ、寝転んでいる人影を見つけた。


「金城さん…?」

「ですね。」

 一角は立ち上がり、金城さんに駆け寄ろうとする。しかし、目眩か立ちくらみで足をふらつかせていた。


「落ち着け一角。」

 俺はそう口にして金城さんの方へ向かう。金城さんは膝と顔が床にへばりついているにも関わらず、腰だけが空いていて不自然な格好だった。


「金城さん、生きてますか?」

 言い終わるよりも先に俺が金城さんの肩を叩くと金城さんはビクッと飛び起きた。


「え?何?ってか、えっ?」

 金城さんも一角と同じように辺りを見回す。今までの部屋を縦に打ち抜いた様なこの場所は今までの様な明かりはなく、薄暗さが不安を呼び込んでいた。


「デスゲームは多分終わったんだと思います。ここは…処刑場?」

 俺は憶測を語る。何故俺が死んでいないのか、そして一角たちも生きているのか、その問いが1番簡単に結びつくのが「一斉に殺す」と言う答えだ。


「嘘…」

 金城さんは俺の裾をちょいっと遠慮気味に掴む。ただその力は袖をつたって分かるほど力んでいた。


「頭痛が痛い…」

 文句を垂らしながら一角が俺たちに歩み寄ってくる。


「どんな日本語だよ。」と俺がツッコむと一角は待ってましたと言わんばかりに目を輝かせる。


「頭が痛いってことは今の日本語で伝わるでしょ?そこでかける言葉が「日本語がおかしい?」人が困っているのにそんなこと言うのは良くないと思います。」

「お前実は頭痛くないだろ。」

「俺はイタイ子なんで。」


 いい感じに言いくるめられた俺は特に反論もせず金城さんの方を向く。ちなみに今の一角にはちょっとイラッときた。それも合間ってか何故か思考と心は冷静だ。


「俺、先輩ともうこんな会話できないと思ってたんですよ。なんで、今のうちに考えてたネタは消化しないとと思いまして。」

「そっか…」


 少量の悲しさと微量の嬉しさ、そして大半を占める切なさは余りにも歪な割合で俺の思いを占めていた。そんな感情を一言で表す言葉は思いつかなかった。


「あんたら、なんでそんな楽しそうなのよ。」

 いつもの様な棘のある、でも人を傷つけるためじゃないその言葉。どこか丸みを帯びていて、それが不安からだと感じる。


「なんででしょうね。」

「俺たちはズレてるんですよ。」

「悪かったなズレてて、」

 俺がボソッと言う。


「先輩はズレズレのズレなので大丈夫です。阿婆擦あばずれなのは知ってますから。」

「阿婆擦れの意味分かってんのか、女に使う言葉だぞ。」

「マジっすか?」

「マジマジのマジ」

「俺の『ズレズレのズレ』パクらないでくださいよ。」


 俺と一角は小さく笑う。金城さんは「君らといると調子狂うわ。」と言って立ち上がった。


「どこ行くんですか?」

「その先行こうと思って。」

「危ないんで行くならみんなで行きましょう。」

「まぁ確かに。」

 金城さんを説得し、金城さん先頭に俺、一角と続きゆっくり歩いていく。と言ってもすぐに前に進めなくなった。


 その原因は半透明のほんの少し緑がかったガラスだった。

「何これ?ガラス?」

 金城さんはコンコンとそのガラスを手でノックする。相当分厚いらしく金城さんは手を痛そうにさすってていた。


 俺は奥を凝視する。奥にももう一つ、向こう側の壁が見えるくらいの小さな部屋があることがわかった。多分この地下は上のデスゲームの場所と繋がっていて、俺たちはそのまま落ちてきたのだろう。


「なんでしょうかね。この部屋。」

「俺が知るか。」

 一角の質問に俺は素っ気なく答える。


「ムチムチの無知ですね。」

「何言ってるかさっぱり分からん。」

「あんたら頭使って会話してる?」

「「してないです。」」


 俺と一角は共鳴しながら金城さんの方を向く。涙の再開なんて展開は微塵もなく、俺たちはただ死を待つ雛鳥になっているだけだ。


「てか、やっぱり香織が生き残ったんだね。」

「香織なら俺たちの分も正しく生きてくれますよ。」


 俺は言いながら自分で声が暗くなっていくのに気づいた。それを察してか一角が俺に声をかける。


「先輩、香織先輩から告白されました?」

「え?なんで知って…あっ、いや…」

 一角は大方予想通りと言わんばかりの顔をしているが、金城さんはニヤニヤとした顔つきが隠せていない。


「そんなことより、一角って香織と喧嘩したのか?」

 あからさまに話を変えるが気になっていた部分だ。俺は間違いなく天国だが一角はそうとは限らない。と言うことで死ぬ前に聞いておくことにした。


「なんとなくですけど先輩は最後まで残る気がしたんで、俺は香織先輩に先輩のことどう思ってるのか聞いたんですよ。」

「お前が差金さしがねか。」

「香織先輩の好意なんて『まるまるの見え』なのに「そんなんじゃない」とか言い張るんで自分の気持ちを素直に言葉にしてくださいって言ってちょっと口喧嘩しました。」


 話を聞いていてなんともむず痒い気持ちになった。確かに俺は香織が好きだ。でもそれを伝えられる最後の場所だったとしても、俺は告白はしなかったと思う。


 だから俺は香織の勇気を否定できない。ただ、一角の言わんとしてることは分かる。客観的に見たら絶対に言ったほうが後悔は少なくて済む気がする。結局は俺が振ったからバッドエンドに変わりはないのだが。


「これで晴れて先輩もリア充かー。」

「え?」

「あんまり近づかないでください。爆発したら危ないんで。」

「いや、そうじゃなくて、付き合ってないけど…」

「は?」

「………」


 気まずさが沈黙を作る。俺は一角から目を逸らす口実として金城さんに目をやる。その金城さんもポカンとしている。


「どう言うことですか?」

「俺が香織を振った…」

「なんで?」

「だって外に出た時に足枷になったら嫌だし…」


 また沈黙が間を空ける。次に口を開いたのは意外にも金城さんだった。


「童貞こじらせすぎでしょ。キッツ」

 その言葉が1番きついっす。とは言えずに心に大ダメージを負う。


「何の話してんだー。俺たちも混ぜてくれ。」

 ガラス張りになった方とは反対方向の闇の中から3つの人影が歩いてきた。


「飛騨先輩?」

「おう、」


 そこには白銀さんをかつぐ飛騨先輩と新玉さんに肩を貸す桂の姿があった。一角や金城さんが生きていたので、もしかしたらとは思ったがそのもしかしたらが現実になった。


「みんな…」

 1番先に駆け寄ったのは金城さんだった。金城さんは泣きながら新玉さんに近づく。桂はびっくりして3歩ほど後ずさってから俺の方を見た。


「香織が生きてくれるんだね。」

「後悔はないよ。俺は。」


 目で共感を訴える。


「そうね。」


 その声は金城さんの声だった。もうここまできたらと言った気持ちなのかは分からない。ただ、本心のように思えた。


「そんなことより飛騨先輩!言いにくいんですけど…白銀さんは…」

 一角は多分三股の件を伝えようとしているのだが大切なところで言い切れなかった。ただ、飛騨先輩はそれに対して、「あー、それな。大丈夫。俺、知ってるから。」と、一言だけ言い、一角の肩を叩いた。


 やっぱり飛騨先輩はかっこよかった。一角が何を思ったのかこちらに歩いてくる。

そして俺の方を2回叩いた。


「あの、先輩、安心してください。先輩は香織先輩を助けたんです。」

「何それ?飛騨先輩の真似?」

 俺は、キメ顔でそう言う一角に一応確認を取る。


「かっこいいでしょ。」

「クソダサのアホだな。」

「ボロクソに言い過ぎでしょ。」


 1人で苦笑しながら一角はガラスを背もたれにして、腰掛けた。


「新玉さん。毒って大丈夫だったんですか?」

「ああ、落ちた後に瓶を見つけてな、もうどうでも良くなって飲んでみたら大正解だったよ。」

「そうですか、良かったです。」

「こうして最後にみんなで集まれたしな。」


 新玉さんも一角の正面に胡座あぐらをかいた。飛騨先輩はまだ目を覚まさない白銀さんを自分のジャンバーを枕にして寝かせてあげていた。


「なぁ、歩。さっきちょっと聞こえたんだけど香織のこと振ったってほんと?」

「まあ、うん。」

 桂のその質問に答えるのは心が痛んだ。桂も香織に想いをよせていたから。


「歩らしいなしそれは以上は何も言わないよ。」

「そっか。」


 新玉さんは俺たちを温かい眼差しで見つめている。そんな視線を受けて、優しい言葉が欲しくなった。


「俺らしさって何ですか?」

 歩くんらしい。香織にも言われた言葉だ。でも俺は俺らしさを知らない。


「俺が思う「北川 歩」は周りを見ていて、気遣いができて、ちょっとの優しさと弱さを持ってる、普通の大学生だな。」

「そうですか。」


 新玉さんの言葉は当たり障りのない言葉を口にした。


「俺はそうだな…弱いけど強い奴って感じだな。弱さを武器にしてる感じ。褒めすぎるのも良くないが、俺はそんなお前が1番好きだな。」

 飛騨先輩の言葉に胸が抉られる。胸の奥が張り裂けそうで、窮屈だ。尊敬している先輩が俺をそんなふうに思ってくれていると知るだけで、これほどまでに満たされるのか。


「ん…女性目線の意見を言わせてもらうとちょっと意地がないと言うか、覇気がなさすぎるとは思うけどね。」

「千代。起きてたのかよ。」

「今起きたの。」

「絶対話聞いてただろ。」


 白銀さんは体を起こしてから周りをキョロキョロと見る。周りにみんながいるからか、取り乱したりはしなかった。


「みんな。思い残すことがないよう言いたいことは先言っとけよー。太陽とか絶対地獄だから。」

「全員道連れじゃ」

「ヤバすぎ。」


 先輩方が楽しそうにしているのを横目に思い残すことはないか考える。ふと一角に言えれば良かったことがあったのを思い出す。


「一角?」

「どうしたんですか?」

「香織が一角にまだお礼を言えてなかったって言ってたから。俺が代わりに言っておこうかと。」

「じゃあお願いします。」

「え?こういうのって伝えるだけじゃないのか?」


 俺が困惑気味に一角に尋ねる。

「小さいことは気にせず。はい、リピートアフターミー『ありがとう』」

「本当にありがとな。」

 一角が素直な俺に目を丸くする。感謝の一つぐらいしてやってもバチは当たらんだろう。香織にもいろいろ言ってくれたみたいだし。


「素直な先輩気持ち悪いですね。」

「率直な感想どうも。2度と感謝してあげねぇよ。」

「リピートアフターミー」

「やらねぇぞ。」

 俺たちの会話を見て、桂がくすくすと笑う。くすくすのくすだ。


 今思えば本当にいろいろあった。飛騨先輩に助けられ、みんなの黒い一面を見て、俺の灰色の部分を見せて。地獄みたいなババ抜きもした。


 他にも運ゲーで悲しんだ。それでも、守りたい人を守るべく、俺は金城さんを裏切って香織と最後の時間を共にした。正直、今みんなと死ぬなら後悔はさほど無いかもしれない。


ガチャン--


 俺たちは急な音に驚いて、そのまま音のする方に視線をやる。ガラスの向こう側。向こう側の壁が開き、1人の女性がその部屋に入る。


「香織…?」

 俺は立ち上がりガラスに手を触れさせる。香織もこちらに気づいたのか、駆け足でやってくる。それと同時に香織が出てきたドアが閉まる。


 その場の空気が一瞬凍る。駆け寄ってきた香織の目の下は赤くなっていて、俺が泣かせてしまったのかと自己嫌悪に陥る。


 香織と俺の手が分厚いガラス越しに触れ合う。冷たいガラスの表面も今はなぜか少し暖かく感じる。


ガシャんっ!!


 一瞬だった、本当にそんな一瞬でそのガラスの壁は赤色に染まった。地面に落ちている腕が香織のものだと気づくのに数秒かかった。


 俺と香織は一枚の障壁を挟み見つめ合う。香織も俺も何が起こったか分からずに絶望の二文字を顔に貼り付けていた。香織の右腕は膝から下が上から落ちてきたガラスの刃に切り落とされている。


「ううっ、」

 俺が目の前の光景に吐く暇もなく、またどこからか血飛沫が舞う。俺の視界が真っ赤に染まる。


 何かは分からない。予想がつくのはこのガラス越しに伝わるこの振動は恐らく、香織を…


 もう香織は見えない。ただ、呆然と俺たちは立ち尽くしていた。何が起きたかも分からずに。


 5分か、もしかしたら1時間経っていたかもしれない。何度も脳裏で香織の腕が切り落とされる。


 後ろを向く勇気がなかった。立っておく体力も無くなり、膝から崩れ落ちる。余計に、赤黒い色が視界の割合を埋める。


 うっすら見えるガラスの向こう側。見たくはない光景とわかっていても、視線の動きを止めることはできなかった。


「指…?」


 口に出した言葉。その言葉を耳にして、初めて理解する。香織の左手の薬指、細くて白くて綺麗な指がぐちゃりと曲がり、手から切り離されていた。その少し端にキーホルダーのチェーン部分で作った指輪があった。


 俺は目眩と吐き気で腰を地面につけたまま下がれるだけ後ろに下がる。誰も何も言わずに。


 最初で最後に口を開いたのは飛騨先輩だった。


「歩。今この言葉をかけるのは間違っているかもしれない。それでも、言うぞ。俺は源さんに歩くんを助けてくれと頼まれた。源さんはお前を1番大切にしてる。お前も香織を1番に思ってやれ。それが出来るのはお前だけだ。」


 ひだ先輩にそう言われた。その後の記憶はない。一つ覚えているのは、新玉さんがこのデスゲームのタネを暴いていたことだけだ。


 何が起こったか理解した後、俺たちは急な眠気に襲われ、朦朧とした意識の中眠りについた。そして起きた時には元いた世界に戻っていた。もちろん香織の姿は無く、その後は大学生失踪事件として新聞に取り上げられたりもしたが、どうでも良かった。


 招き猫のキーホルダーだけが香織の生きた証として、俺の手の中に残っている。それに、俺たちの心の中には香織への想いが確かにある。


 俺たちのデスゲームの本当の終わりはここだった。

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