『ナンバーゲーム』
「新玉さん…」
俺は何故か開かなくなった扉に頭をぶつける。熱い額にひんやりとした感覚が残る。その瞬間、ドンっ、と向こうの部屋が完全に押しつぶされた音がした。
その振動が俺の心臓を大きく驚かせ、浅い息を吸わせた。今、新玉さんのこれは動いていない。俺は自分の胸を右手でグッと掴む。
涙が何粒か床に落ちる。その雫はまとまったまま染み込むことはなかった。
「俺のせいで…」
新玉さんのフォローが俺のためだと分かっていても自分を責めてしまう。ただその言葉は2人に否定された。
「そんなことない。」
「それはちがうよ。」
その2色の声色は金城さんと香織だった。2人とも、俺と同じように声を殺して泣いていた。この中では1番つき合いの長かった金城さん。
さっきは「泣くな」なんて言っていたが新玉さんの死に対して思うところはもちろんあるはずで、しんどいはずなのに俺を励まそうとしてくれていた。
この腐り切った空気の中、俺は正直このデスゲームはクリア不可なんじゃないかと思い始めてきた。もう神経がすり減りすぎてちょっとしたことでストレスを感じる。
何度だって立ち上がれるのはアニメや漫画の主人公だけで、世界はそんな甘くない。そもそも立ち上がるための土台すら用意されていないことだってある。このゲームの真の苦しさは、立ち上がる気が無くても無理やり進まされるとこにある。
立ち止まることも休憩することも許される。ただ、辞めることだけは許されない。このゲームはいったい、いつ終わるのか。
結局このゲームは説明通り1人しか生き残れないのだ。
この部屋も白い壁や天井に囲まれている。しかし、とても正面の壁が近く、二つのドアが張り付いていた。
ドアノブがこの先が本会場であるかのようにどっしりと構え、説明書もご丁寧に見える場所に置かれてあった。
「次は何よ。」
ため息混じりに金城さんが紙に目をやる。
『今からあなた達、4人にデスゲームをしてもらいます。次にやってもらうのは「ナンバーゲーム」です。このゲームはあなた達の中が2組に分かれ、ゲームをしてもらいます。もちろん敗者は脱落です。このデスゲームで生き残ることが出来るのは2人です。さぁ、デスゲームを始めましょう。』
そして今回はその後に付け加え、米印で詳しい説明がされてあった。
※ナンバーゲームのルール
・このゲームは2人2組で行う対戦ゲームで す。
・0から5の数字を2人同時に答えてもらいます。その数が少ない人が、言った数字分前に進むことができます。
・0は1にしか勝てません。
・0で勝つとその人はゴールまで進めます。
・先に10マス目まで進んだ方の勝ちです。
と言うものだった。完全な独自のゲーム。ババ抜きのようなちょっとリメイクしただけではなく、完全に手探りで考えなければならない内容となっていた。
「本当に殺し合いじゃないですか…」
一角が紙を覗き込む。今まで乗り越えてきた仲間が急に敵になる。ババ抜きは殺し合いじゃなく蹴落とし合い、勝とうとした結果のものに過ぎないが今回は完全に殺し合い。相手を殺す意志が必要になる。
心の底からよくできたゲームだと思ってしまった。
「大丈夫。私たちならなんとかなる。」
「なんとか…」
一角が香織の言葉をリピートしようとするが俺はその続きが分かってしまった。答えは「なんとかならない」だ。大丈夫と、何回耳にしただろうか。何度口にしただろうか。何度自分に言い聞かせても大丈夫だった試しは一度もない。結局目の前で誰かが消えるのだ。
「どうやって別れる?」
金城さんは全員で助かることを諦めたかのように組み分けを促す。
「一回、同じとこに4人入ってみます?」
「時間の無駄でしょ。」
「やってみなきゃ、わからないです。」
「ルールを破った瞬間終わりもあり得るのに?」
「………」
一角が金城さんに押し負ける。俺も4人で入るのは反対だと思う。危険すぎる。そもそもリターンが無い。
「もういいんじゃ無いですか?」
誰かの声。腹の底から出た真っ黒な声。聞くだけで耳が腐りそうだった。
「もういいって何が?」
少し怒気の混じった香織の声。俺は香織の方に目をやる。さっきの声が自分の口から出た言葉だとここでようやく理解した。そして思っても無い言葉がスラリと出てくる。
「殺し合いとか生き残るとかもういいんじゃ無いか?ふざけてるだろ。どうせ生き残るのは俺じゃ無い。諦めよう。」
「なんで?!さっきの部屋で新玉さんが言ったこと覚えてる?!なんでそう簡単にみんな諦めようとか言えるの?」
「簡単に?俺が簡単に諦めようって言ってると思ってんのか?何度も生かされて生かされて生かされて、どれだけしんどい思いして死ねばいいんだよ!」
「それでも諦めて死ぬなんて間違ってるよ!今まで死んでいった人たちの誰が諦めてたって言うのよ!」
香織も俺も自分の意見を大声で相手にぶつける。それは怒声にも近しいものだった。
「諦めずに頑張ったって、結局死ぬって言ってるんだよ。確かに飛騨先輩も桂も、諦めて死んでいったわけじゃないよ。でもそれはさ、逆に言えば頑張ったって死ぬってことなんだよ。」
狭っ苦しい部屋に俺の声が行き渡る。その声に香織がよろめき、何か言いたげに俺を見つめる。
「それでいいんじゃ無いですか?諦めも時には肝心って言いますし。」
一角がゆっくりと様に腰を下ろしながら賛成する。メンタルが強いと思っていた一角も普通の男子大学生なのだ。この場で前を向ける人間はそういない。
「ちょっと待って!じゃあ何のために…」
金城さんが一角と俺を睨む。恐らくその言葉に続くのは「新玉さん達は死んだの?」だろう。そんな批判なんてもうどうでも良かった。結局死ぬんなら初めから死んだいたほうが楽だった。
そう思ってしまう。ただ、それでも飛騨先輩や新玉さんを恨むことはできなかった。
「理由なんて無いですよ。希望が今ここで無くなった。それだけです。」
俺はさっき、思っても無いことがスラリと出てきていると思ったが、口にするたびそれは間違いだと感じる。思ってもいないことなんかじゃ無い。心の奥底にあった、見ていなかっただけの自分の気持ちがただ、出てきただけでずっと前からそこにあったのだろう。
沈黙は、心に余裕がなくなるとすぐさま間を縫ってこの部屋に広がる。5分かそこら、無言が続いた。
「ごめん…歩君、さっきは…」
香織がゆっくりと恐る恐る口を開く。モゴモゴと口を開いたかと思えば浅く息を吸い、まだ口を閉じる。
「別に、誰が悪いとかないんだし。」
「ごめん、隣、いい?」
「いいけど。」
断る言い訳も見つからず、俺は少し左に移動する。金城さんも一角も顔を
「歩君、将来の夢ってある?」
香織は自分の手を擦り合わせながら聞いてくる。もうすぐ死ぬのに何を?と思うがもう怒る気力も湧かない。そして俺はそれに「ない」と答えることしかできなかった。
「こんな人になってみたいとかは?」
「飛騨先輩みたいな人。」
俺の答えに香織は大きな目をさらに大きくする。金城さんもピクッと動いたように見えた。
「辞めときなよ。歩君には無理だよ。」
「どうして?」
「歩君優しいもん。」
「飛騨先輩だって優しいじゃん。」
「まぁ、確かに…」
香織は苦悩の末になんとか納得したような顔をする。香織は飛騨先輩との絡みが1番ない。しかもそれはこのサークル内でも1番遠い関係と言ってもいい。
「あんまり飛騨先輩と関わらなかったもんな。」
「そう言われればそうだね。あの人女性と距離遠いし。歩君は飛騨さんのこと好き?」
「そりゃみんな好きだよ。」
「そうだよね。」
また無言が宙に舞う。ただこの無言は何故か心地よかった。何度かあった、必要な沈黙。各々が頭を冷やし、考えをまとめる大切な時間。多分今回はそれだった。
「じゃあ………やっぱいいや。」
香織の
「生きたい?」
香織が率直に聞く。
「いいや、」
「死にたい?」
「別に、」
「どうしたい?」
「……」
この沈黙も必要なものなのか、それを決めるのは俺じゃない。「どうしたい?」の答えは俺の中にはもう無い。出来ることなら今のように何もせず、ただ、会話をしていたい。
「本当に生きたくないの?」
「さぁな、どうだろ?」
「飛騨さんなら生きたいって言うよ?」
「そうかな?俺を助けて死んだような人だよ?」
「でもやっぱり生きたいって言うでしょ。」
「飛騨先輩については俺の方が知ってるけどな。」
「確かに。」
香織が口に手を近づけ静かに笑う。やっぱりこの時間をずっと過ごしていたかった。
「一角はどうなんだ?」
さっきから俺たちの方をチラチラみている一角に投げかける。
「俺ですか、俺は…みんなと一緒にいたいです。」
「一角も結構このサークル好きだよな。」
「そうですね。みんなすごいかっこいいですから。」
その意見には深く共感する。舞台で自分の役を、そのキャラの思いを乗せて演技することは本当にカッコよかった。演劇を見にくる人のほとんどは物語でなく、それを見に来ているんだと知った。それほどまでにみんなはカッコよかった。
「そうだな。桂の演技、好きだったな。」
「俺もです。俺は別に顔もイケメンじゃないし声だってガラガラですけど桂さんみたいにイケメンだったら演劇してみたかったですね。」
「武田君、顔は整ってるよ?」
香織はひょっと俺の隣から顔を出しながら一角を褒める。そして俺もそれに賛成する。
「そうだな。別に声も良い方だろ。響くかどうかは知んないけど。」
「それ本当ですか?」
「うん。桂ほどカッコ良くはないが可愛い感あるよな。」
「うん。保護欲がくすぐられる。」
一角は照れながらも「それ褒めてますか?」とつっこんでいた。
「金城さんはどうなんですか?」
答えは知っているが仲間はずれは良くない。と言うか今の立ち位置を知っておきたい。
「私は生きたいよ。みんなの分も。だからさ諦める人たちは役目を果たしてから死んでくれない?」
金城さんが冷たくもそう言った。役目、か、俺は役目を果たせず白銀さんを殺してしまった。俺がそんな役を持つことすら申し訳ないしそんな資格もないんじゃ無いか。
「そんな…死ぬことが役目みたいに…」
隣の香織が金城さんを睨む。嫌な空気を肌で感じた。さっきまでの雰囲気はすぐにどこかにいってしまう。
「だってそうでしょ、生きることを諦めた人間なんて人形と何が違うの?」
「人形なんかじゃ無い!歩君も武田君も人形なんかじゃ無い!」
「あのさ、さっきから否定ばっかしてさ、ちょっとは自分で案を出したらどうなの?うざいんだけど。」
金城さんの言葉の棘はより一層強くなっている。金城さんは香織を酷く敵視しているように見える。
「私だって考えてるよ。でもみんなもう諦めるとか言うし…分かんないのっ!」
「分からないんだったら黙っててくれない?私が決めるから。」
まただ、うるさい。なんでこうも進まないのだ。なんて言葉をかければ落ち着いてくれるのだ。ヒステリックに撒き散らしたってなにも変わらないのに。
積もるストレスが俺の考えを闇に引き摺り込む。すぐにまた空気は黒いものへと姿を変える。
人形でも何でもいい。好きなようにしてくれ。俺そう投げやりになりながら体育座りをして腕に顔を埋めた。新玉さんがいない今、この場を収められる人はもういない。俺はそっと目を閉じる。
「ちょっと、先輩!起きて下さい!やばいですって!痛いっ、先輩!」
一角の声に目が覚め、俺は寝ぼけた細めで声のする方を見た。どうなったかは知らないが香織と金城さんが殴り合いをしていた。
俺は飛び起きるようにして、金城さんを抑えた。
「何してるんですか!」
金城さんの左頬は少し赤く腫れていて、香織の左腕が少し青くなっていた。
一角が香織を引き離し何とか一度、落ち着いた。その場の全員が大きく息を吐く。
「落ち着きましたか?」
「うるさい。」
「うるさいって…」
金城さんはもう一度息を吐いた後、第二ラウンド開始と言わんばかりに香織につかみ掛かった。
その力は凄まじく、運動のしない俺では歯が立たないほどだった。
「綺麗事ばっか言って解決するわけないでしょ!」
「人を殺してまで生きようとするなら綺麗事吐いてたほうがマシだよ!私は生きたい!それだけ!別に貴方みたいに殺したいわけじゃない!」
「殺したい?思ってるわけないでしょ。」
そう言い、金城さんは腕を振り上げる。
俺と一角は見つめ合い、頷くと力を入れ、金城さんを引き離した。そして俺は左側のドアを開ける。2人は何をするか分かったらしく罵詈雑言を吐くのを止めた。
「先輩。コレっ」
一角に名前を呼ばれ、振り向くと小さな白い塊を投げられた。
「何だコレ?」
その白い塊は消しゴムの片割れだった。
「ゴミです。」
「なすり付けんな。」
「擦り付けてるんですよ。消しゴムだけに」
「しょーもね。」
俺がそう言うと同時に一角達は右側のドアに入って行った。俺ももう一方の部屋に入る。次の部屋には横に2マス、縦に10マス黒く並べられた線が地面に引かれていた。
「落ち着きましたか?」
俺はさっきと同じ言葉をかける。
「ごめんね。ちょっと取り乱しちゃった。」
「ちょっとじゃないですけどね。」
「君、結構言うようになったよね。」
「もう2年になりますから。」
「私は来年、最高学年か。」
「新玉さんはもうやめるって言ってましたよね。」
昔を思い返すように金城さんも俺も黙った。蘇る思い出は8人で笑いあった日々ばかり。目立った喧嘩も特には無かった。ましてや殴り合いの喧嘩なんて…
「さっさと終わらそ。」
「そうですね…」
俺は強く握ったゴミをポケットに突っ込む。そして1マス目に2人で横並びに立つ。正面には入り口と全く同じドア。
「本当にいいの?」
「何がですか?」
相手の問いの答えを分かっていながら質問で返す。
「香織のことも死ぬことも。」
さっきまで怒鳴っていたとは思えないほどの優しい声色。「死ぬこと」の質問の意味は良いとして、「香織のこと」の意味はあまりわからなかった。
「死にたいわけじゃないんです。ただ、生きていたくない。」
「あのさ、言いにくいんだけど。トランプの時、私ズルしてたんだ。」
何となくと言うか心のどこかで知っていた気がする。何故あそこのカードだけが揃わなかったのか、謎が解けた。
「何となくですが分かってましたよ。」
「えっ?嘘?!バレてた?」
「トランプのマーク消してましたよね。」
「………」
「何で?なんて聞かないですけど、そこまでして生きたいものなんですか?」
「まぁ、そうね。みんなみたいに強くないから。」
最後の方は声が小さく聞き取りづらかった。下をむいてぼそっと呟く。
「そう言えばどうやってトランプのマーク消したんですか?指じゃ消えませんでしたけど。」
「ティッシュで擦ったら消えたわ。」
「だから赤黒くなってたんですか。」
「そうね。吐血なんて嘘をついたけど、ごめんね。」
心が少しチクリとする。何故だか金城さんを嫌いにはなれない。やっていることは酷いと思う。それでもやっぱり恨みはあまり感じなかった。
金城さんは準備が決まったように俺の方を向いた。それは早くやろうと言う意思表示なのだろう。
「私。嘘ついて生き残ったの後悔してるんだ。だからさ、歩君には出来る限り生きてほしい。でも私も生きたいし死にたく無い。」
「いいですよ別に。死ぬんならいっそ早い方がいいです。」
「そう……」
「ええ。最後に一つだけ聞いていいですか?」
「何?」
「もし生き残って、ここを出れたら何をしますか?」
ただ、ふと思った、いざ死ぬとなったらその先のことが気になって、その謎はそのまま形として声に出た。
俺はもしここを出られたとしても碌な人生を歩んでいける自信がない。飛騨先輩や新玉さん。桂に白銀さん。みんなの想いが呪縛になって部屋から一歩も出られないと思う。
「みんなの分も生きる。って言いたいところだけどどうだろ。正直みんなを忘れて、見ないふりして生きると思う。そうじゃないと生きれないと思う。」
「忘れるって、」
少し言葉が攻撃的になった。俺は思わず口をつぐむ。
「だってそうでしょ。せっかく生きて出れたのに、デスゲームに縛られて生きるなんて馬鹿みたいじゃない。」
少し解放されたようにそう言った。それが外に出た時を想像しているようでリアリティが増す。そして俺はそれに吐き気を催す。
「何言ってんすか?」
俺は金城さんの言葉に不快感を覚えほとんどが怒気で出来た言葉を投げかける。精神的に疲れているからか、感情の起伏が激しい。
「自分1人生き残って、みんながその1人のために死んですよ?抱え込むのは当たり前じゃないですか。」
「ちょっと急にどうしたの?言いたいことは分かるけど抱えたところでどうにもならないじゃない。私は死んだ人なんか関係なく私の生き方で生きるわよ。」
「本当ですか?」
俺は正直金城さんの意見に失望してしまった。別に生きたいわけじゃない。ただ、こんな考えの人のために死にたいとは思えない。それなら……
「別に私が悪いわけじゃないし、全部デスゲームが悪いんでしょ。なら自分がしたいようにするわよ。」
「ごめんなさい。やっぱり金城さんのためには死ねません。」
「ちょっと、なんでよ!何でそうなるの?」
なんでって、言葉にできるはずがない。それでもその生き方は間違いであるべきだ。確かにデスゲームが悪い。それは決定事項で大前提だ。それでも、トランプでズルをして、自分が人を貶めたにも関わらず自分の好きなようにやるなんて、あまりにも自分勝手だ。
それなら俺は、死んだ俺のことを思ってくれる人のために死にたい。生き方も死に方も選べない。ただ、死ぬ理由ぐらいは選びたい。新玉さんのように、ただ一本のペットボトルを飲んだだけで死んでしまうなんて死にきれないが新玉さんだって俺に言葉を残してくれた。その想いが理由なんだと思う。
「理由は簡単です。金城さんのためには死にたくありません。」
「そう、別に良いわよ。ここで勝って私が生き残るから。」
金城さんの目は俺に殺意を向けている。そしてそれが合図かのようにゲームを始める。
「最初の数字は決まった?」
「はい。」
もう殺し合うしか無いんだと、俺は殺したく無い。でも俺だって飛騨先輩に生かされた身だ。俺は飛騨先輩の思いも尊重するべきだと思う。金城さんみたいに全ての想いを
「「せーのっ」」
「「2」」
同じ数字がこの部屋で共鳴する。手汗が薄く手のひらを
「次、もういい?」
金城さんの震えた声が緊張を俺にも伝える。「はい。」と言う俺の返事は思った以上に大きかった。
この殺し合いを早く終わらせたい。その想いだけで返事をする。次に言う数字はもう一度「2」で良いだろう。1番リスクが少ない数字だ。進まれても1マス。そして1マス進むためには相手は即負けの可能性を通らなければならない。
「せーのっ」
「2」
「0」
俺は2マス進む。俺も金城さんも何も言わず、俺の足音だけが耳に入る。淡々と進むゲームは簡単に5分の1を終える。
次はどうするべきか、頭の中で冷静に考える。相手は一度「0」と言っていることからもう一度「0」とは考えにくい。それなら「0」以外に勝てる「1」にするべきだが、そこまで読まれていた場合「0」と言われて負けてしまう。
あまり「1」とは言いたく無い。金城さんはまず俺より前に出たいはずだ。それならもう一度「2」と言うべきか。
「もう良い?」
「はい…」
「せーのっ、」
「2」
「1」
金城さんは素早く1マス前に進む。俺も反省するより先に頭を動かした。
次は出来れば多く進みたい。やはりほとんどの確率で進める「1」か「2」が強い。「4」や「5」は選択肢から外そう。リスクが大きい。すぐに負ける可能性を考えると「2」しか選択肢が残らない。俺はその次のターンまで考える。とりあえず次のターンは「2」。その次に「0」と言い、相手の「1」を誘おう。
「せーのっ、」
「「2」」
どちらも進まず相手の出方を伺い続けていた。殺し合いをしているにも関わらず心も頭も冷静で落ち着いている。そんな自分に少し怖さを覚えながらも頭を回した。
「せーのっ、」
「0」
「2」
俺は浅く息を吸う。コツコツと言う足跡が俺の横でなり、俺を追い抜いていく。その足音に引っ張られるかのように心臓が大きく脈を打つ。手汗は今も変わらず手を覆っている。
「せーのっ、」
「1」
「2」
急な掛け声に驚いたが俺はなんとか追いつくことができた。金城さんは追い抜かれないため「0」は言いずらいと考えて正解だった。
残り6マス。まだ「1」以外での即負けはない。ならもう一度「1」を予想して「0」と言うべきだろう。
「せーのっ、」
「0」
「5」
俺の時間が一瞬止まる。前にぐんぐんと進んでいく金城さんを眺める。さっきまで聞こえていた足音は鼓膜まで響く大きな心臓の鼓動にかき消される。
大胆な一手。それでいてリスクが低く、リターンが大きい、まさに勝負を決める手だった。この時点で金城さんは俺が「1」なら「0」以外で勝利。「0」なら「1」以外で勝利、「0」か「1」以外なら「1」で勝利。つまり、超有利状況となった。
完全にやられた。もっと考えるべきだった。さっきまで同じマスだったのだ「1」なんてリスクが多いだけで言うはずがなかったのだ。
俺はここで「0」の一発逆転を狙いたいが、もちろん金城さんはそれに気付いている。だから「2」と言えばそれで終わりだ。だからこそ俺は「1」と言うべきだろう。
「せーのっ、」
「1」
「2」
俺はとりあえず一歩前に出る。残り5マス。金城さんが「0」と言うことにかけて、「5」と言えば俺の勝ちになるが金城さんはどう考えるか。一度でも何かで負ければ俺は死ぬ。追い詰められてはいるが結局のところ俺がちょっと反抗しただけで何も変わらない。そう思うと少し気が楽になる。
今金城さんの考えられる手は「0」、「1」、「2」のどれか。ジャンケンみたいなものだ。だから金城さんはリスクが低いものを選ぶだろう。即負けのない「2」だろうからもう一度「1」が正解だろう。
「せーのっ、」
「1」
「2」
予想通り金城さんの口からは「2」と言う数字が出た。俺はまた一歩足を進める。まだ金城さんは焦る時間じゃないが、仕掛けるならこのタイミングだろう。問題は「1」か「0」かだ。
これは完全な運だ。俺が「0」と言うか「5」で勝者が決定する。手汗が全身に分裂したかのように全身から汗が吹き出す。そのおかげか少し頭が冷える。
「せーのっ、」
「「0」」
俺たちは互いに驚き、目を合わせた。金城さんは首だけを後ろに捻ってこちらを見ている。
これで双方がここで仕掛けると言う意思を表明したことになる。だが次も仕掛けるかどうかは各々次第だ。金城さんの性格上一度安定択を取ってきそうな気がするがさっき「5」と大きな勝負に出た人だから信用ならない。
「せーのっ、」
「2」
「0」
俺は金城さんが安定択を取るならあいこ、勝負に出るなら半分の確率で勝てる「2」を選んだ。正直ここも賭けだった。さっきから綱渡りがすぎる。
先程まで遠かった金城さんの背中がもうすぐそこだ。
落ち着くために深呼吸をする。
多分ここで金城さんは決めに来る。それはつまり金城さんは負けてもイーブンに持ち込める「2」とは言わないはずだろう。それなら「0」と言えば悪くてあいこ。よければ勝ちを狙える。これが最後の勝負だ。
金城さんはまだ悩んでいるらしい。俺の心臓は絶えず、バクバクと全力疾走を続けている。そして脳に血液と不安を届ける。
もし俺が負けるとその後は一角か香織が金城さんとファイナルゲームをすることになる。金城さんは昔、香織をいじめていた。だから多分香織は生き残れないんだろうな。
そんなことを考えていると最後の掛け声がする。
「せーのっ、」
「0」
「1」
「……」
俺は、崩れ落ちる金城さんの横に行く。そしてもう一歩、前に出る。
「歩君。」
「はい?」
呼び止める声に俺は振り向く。金城さんは膝を付けたままで目に雫を溜めていた。
「もしさ、香織が残ってたら、香織を勝たせてあげてくれないかな?これで罪を償えるとは思ってないけど…死ぬ前に何かしてあげたかったから。」
「……分かりました。そのつもりです。…なんて言っても説得力ないですよね。」
俺は自分の愚かさを悔いる。金城さんは香織とのファイナルゲームでは暴力を使ってでも勝ちに行くと思っていた。それだけ俺はもう仲間を信頼できていなかった。
俺はもう一度前を向き、ドアノブを握る。
本当にこのゲームはよく出来ている。1ゲーム目にここはデスゲームだと俺たちに知らしめ、2ゲーム目に疑心暗鬼の種を巻く。3ゲーム目に蹴落とし合いをさせ、巻いた種を育てる。
4ゲーム目は急な運ゲーで場をかき乱し、生と死の欲望を
俺は後味の悪いこの部屋から金城さんの鼻水を啜り泣く声を背中で受け止め、次の部屋に向かった。新玉さんの最後の言葉を胸に。
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