『ババ抜きゲーム』

 白い部屋から白い部屋へと進む。このデスゲームが始まっていったい何時間が経ったのだろうか。飛騨先輩や白銀さんがいなくなり、俺たち6人は三つ目の部屋へと着いた。


 この部屋にも真ん中に丸いテーブルと同じくイスが置かれてあった。俺たちは丁寧に人数分用意された椅子に座る。

 前の部屋のせいで俺たちの空気は最悪だった。白銀さんが死んだのにも関わらず誰も涙を流していない。それが何よりの証拠だった。


 俺は脱力感に苛まれ、崩れるようにイスに座る。また地面が抜けて下に落ちるかもしれないがそれは今じゃないはずだ。俺はそんな敵を信じる様な根拠をもとに背もたれにもたれかかる。


「やっぱりあるのか。」

 新玉さんがため息をつく様に一息で言い切った。その吐き出した言葉はこの部屋から抜け出ることなく誰かの肺へと入り込むのだろう。テーブルの上には、前の部屋に置かれていた説明書と同じ大きさの紙が置かれてあった。


『今からあなた達、6人にデスゲームをしてもらいます。次にやってもらうのは『ババ抜きゲーム』です。6人でババ抜きをして、勝った人が次の部屋に進めます。特殊ルールとして最後にカードが揃った人は残りの一枚を残った人から引いてください。このデスゲームで生き残ることが出来るのは1人です。さぁ、デスゲームを始めましょう。』


 ゲーム名と悪趣味なルールを見る前から何となく予想はできていた。テーブルのど真ん中にトランプが置かれてあったからだ。誰も次の部屋のドアの鍵が閉まっているか、部屋に抜け道はないかなどは調べず、その紙を睨みつけていた。


 こちらの部屋もさっきと同様にどこでもドアの様な旧型の扉が壁に貼り付けられている。そしてイスやテーブルも同じ様に床にくっつきずらすこともできなかった。


「僕たちみたいな人たちを偽善者って言うんすかね。」

 一角が沈黙を破った。その話題はどこか哲学じみていて、一角らしさはどこかへ消えていた。


「そうだろうね。人を殺したくないとか、自殺はやめろとか言っておいて、結局は自分で投票して白銀先輩を殺した。その上しょうがないとか仕方がないだとか言って正当化する。本当にその通りだと思う。」


 桂が一角に賛成する。白銀さんを殺したのは間違いなく俺たちだ。「許さない」とか「信じる」とかそんなことを言っていたが考えてみれば許す権利など俺たちには微塵もない。理屈を並べて自分の罪を許していただけなんだから。


「なぁ、もうやめにしないか、無理して生きるの。こんなんで、皆んなで外に出れる気しない。」

 一角が涙を溜めてそう言った。そして俺の心を抉り続ける。

「たまに見えるんです。飛騨先輩の死体の上に立ってる気がする。」


 一角の珍しい弱気の言葉。でもどこか分かる気がする。俺も飛騨先輩は勇気をくれているんだと思っていた。目標を、次に進む切符を与えてくれたんだと思っていた。でもそれと一緒に俺たちに逃げられない呪いをかけていた。


「でも死ぬって、どうやって?」

 金城さんが疑問をこぼす。ここは誰も前向きに生きようなんて考えられる場所じゃない。


「やりようはありますよ。さっきの部屋に戻って全員で暗闇にダイブして終わりですよ。地獄から地獄までのバンジージャンプです。」

 一角が空虚を見つめながら呟く。

「しかも命綱なし。」

「そりゃ死ににいってるんですから命綱つけてちゃダメでしょ。」


 昨日までならこんな会話も笑ってできたのだろう。今は俺のツッコミにも勢いがないし笑ってくれる人もいない。何より自分が一角との会話を楽しんでいない。一角がきてもうすぐ一年。これほどまでに感情のこもっていない会話は初めてだった。


 昨日、、?


「今日っていったい、何日だ?」

「急にどうしたんすか先輩。今が何時かも分からないんですよ。日にちなんて、、」

「そうじゃない。そもそも俺たちが何故ここに居るのかも分かっていない。」

「そんなのデスゲームをさせられるためでしょ。」


 一角が何も期待していない様な声で返事をする。ただ、俺が言いたいのはそう言うことじゃない。


「最後の記憶って皆んななんだ?」

 俺は恐る恐る皆に聞く。


「俺は、、、映画を見ていたな。金曜ロード。」

「俺もその映画途中まで見て寝たのが最後の記憶です。」


 新玉さんと一角が答える。俺の記憶も金曜の夜で終わっている。


「私は土曜日になった記憶はある。遅くまで千代と電話してたもん。起きたらここだった気がする。」

「私も親と一緒に韓国ドラマ見てた。でもそれがどうかしたの?」


 香織が上目遣いで尋ねる。その答えはとても貧相で確信的なものにはなりはしない。でも今日が土曜日と分かった事。寝てる間に連れ込まれたと言うことが分かった。


「俺たちはまずするべきことが間違ってたんだよ。どうやって出るかより先に、現状を知るべきだったんだ。」

 香織の答えとは少し違うが順を追って皆んなで考えていきたかった。


「でもさ、私、パジャマ着てた。ベットについた記憶はないけど寝落ちならこの服はおかしい。」

 そう言って香織は軽く両手を広げ、自分の服を見せる。香織の服は大学によく来てくる、白いインナーの上から半袖で水色のタックインブラウスみたいなものだった。下は純白のスカートでパジャマにしては気合いが入りすぎだった。そして何より、皆んなが靴を履いている。そこが一番分からなかった。


「確かに、、俺も寝巻きじゃないな。これ、いつの服だ?」

 俺はいつも通り黒いジャケットに黒い長ズボン。靴もいつも学校に履いて行ってるランニングシューズだ。


「まぁ、そこは考えても何も変わらない。今が何曜か知れただけでも大きな進歩なんじゃないかな?」

 新玉さんが話を切り替えようとする。大きな情報は得たことで少し雰囲気が明るくなっていた。


「今、皆んなが持っているものを見て何ができるか考えてみよう。」

 新玉さんに促され、俺たちはポケットの中に手を突っ込む。何かが手に刺さった感触があった。


「いった、、」

 俺はそう言って、痛みの正体を取り出す。それは先程投票するときに使った2Bの鉛筆だった。どこに置こうかと悩んだ結果、癖でポケットに突っ込んだのだった。


 各々のポケットに入っていたものをテーブルに置く。しかし集まったのは俺の鉛筆とクシャクシャになった投票用紙1枚。香織が持っていた招き猫のキーホルダー、そして一角の小さな消しゴムと金城さんのポケットティッシュだけだった。まともに使えそうなものが一つもない。


「桂は?何か持ってない?」

「うん、、何も。」

 桂は確認もせずそう言い放った。桂はいまだに動くことなく、テンションも低いままだった。


 桂の返事の後、少しの沈黙が流れる。出来るだけのことはやったつもりだ。でも何も成し遂げられなかった。出来るだけのことをして、何も出来ないんじゃ、やっていないのと変わらない。どんどんと追い込まれていく。


「やっぱり無理じゃない、、、」

 もう一度金城さんが諦めの言葉を口にする。目の前の、ドアノブを捻るだけで開きそうなドアを開けるためにこの中から1人、命を落とさなければならない。そんなどうしようもない事実を受け入れたくなかった。


「無理じゃないです。諦めたら出来ることもできないですよ。何かか考えましょうよ。」

 残された人の定めの様に香織がそう言い切った。出来ることなんて遠に無くなっている。万策尽きた。何か一つでも反撃することができたらもう少し、前向きになれるのに。


「それでもやっぱり、、、」

 気づいたら俺の口からその言葉が出ていた。香織は俺を見つめてくる。その視線に耐えられなくて俺は目を逸らした。


「クソみたいな作戦が一つあります。多分一回はみんな考えてると思いますが聞きますか?」

 一角が説明書を覗き込んだ後俺たちを見た。


「一角……」

 説明書を見るその仕草から俺たちは簡単にどんな作戦かを予想することができた。まだこの説明の中に触れていない部分が一つだけある。


「もうさ、いっそのこと死ぬ順番決めないか?どんなけ足掻いても結局生き残れるのは1人。じゃあ誰か1人生きるやつ決めてないか。そうじゃないとしんどいよ。」

 誰か反論してくれと、そう思った。そんなこと間違ってる。小学生でも分かる。でも全員が一度はこの案に辿り着いたからこそ、否定することはできなかった。俺たちはただ、言葉にするのが怖かっただけだから。


「ふざけないで!バカじゃないの!一角君道徳受けたことある?!」

 香織の声がこの部屋に轟く、耳に残るその声は反響せずとも、耳の中でこだました。


「じゃあ何かいい案あるんですか?みんなで今から殺し合いするんですか?」

 一角は目の前にある説明書を叩きつけるようにしてそう言った。


「そうじゃない!みんなで考えようとかもうそんな甘いこと言ってられないのも分かってる!だからって死ぬ順番決めて死んでいくなんて、そんなの生きてる意味ないよ。」

「死んでいくんだよ。生きてる意味なんていらない。」

「落ち着け一角、道徳どこに捨ててきた。」

「…すいません。」


 新玉さんの優しい声に一角は縮こまる。俺は一角の作戦を否定することができなかった。そっちの方が楽だと思ってしまった。だってそうだ。全員が騙し合って、煽り合って、傷つけ合って、人間性は確かにあるのかも知れないが道徳はこっちにだって存在しない。


「でも、じゃあどうするんすか。殺し合いたくないんですよ。」

「一角さ、順番決めて死んでいくのも殺しじゃ無いのか?」

「自殺って思えばいいじゃ無いですか。死にに行ってるんですから。こんなこと言うのも申し訳ないですけど。飛騨先輩が死んだ時より、僕は白銀さんに投票した時の方が心痛みましたよ。」


 一角は一番初めに投票した。それも、死んでしまった白銀さんに。別に一角が俺に投票していたとしても結果は何も変わらない。それでも先陣を切って殺しに行く行為は相当なダメージになるんだろう。


 じゃあなんで投票したんだよ。そう言える権利があるとするのなら、それを持つのは自分に投票した俺だけなのだろう。皆等しく、他人の名前を書いて、白銀さんの命を落としたのだから。


 新玉さんは黙ってしまった。もう、説得はできないと悟ったのだろう。言い返す人がいなくなった一角は少し寂しそうに背もたれに身を預ける。


 俺はこの密閉されて、風のない部屋に蒸し暑さを覚えて、黒いジャンバーの裾を腕まで捲る。外はもう春が目前だったか、新玉さんの卒業パーティーをしようと言う話になっていたがもうそれも出来そうにないな。


 秋も通り過ぎたのに、センチメンタルなこと考える。現実逃避しかやる事がなかった。今は特に壁や天井が迫る様子はない。あんな大それたギミックをどうやって動かしているのかは謎だがそんなことを考えたところで何も変わらない。


「もういいじゃん。さっさとババ抜きして終わらせよ。もがくだけ無駄だよ。」

 さっきまで白銀さんのいた俺の隣には今、金城さんが座っている。


「終わらせるって何を。」

 少し新玉さんが怒った様に言った。

「分かるでしょ。このデスゲームを。考えるのも無駄だってわかったんだししんどいだけでしょ。それとも最後の最後まで生きた方がいいとか綺麗事言うつもり?」

「そうじゃない。出来ることをやろうって言ってるんだ。」

「だからその出来る事がババ抜きなんでしょ。」

「なんでそこでデスゲームになるんだよ。」


 こんな白いだけの部屋で出来ることなんてそうそうない。どれだけ頑張ってゲーム内で時間を稼いでも結局はタイムリミットが来る。それだけじゃない。喉も乾いたし、お腹も空いた。


「もう、埒が開かない。」

 金城さんは立ち上がりトランプを手に取った。俺たちはそれを止めるでもなくただ見ている。何度かシャッフルをする。シャカっと言う音が反響のしないこの小部屋に灯る。


 そして金城さんは53枚のカードを6人に分ける。8枚のカードの束が一つと9枚のカードの束が五つ出来た。金城さんは少し悩んだ後8枚のカードを手に取った。


「別にやらなくてもいいけど私が始めた以上やらない奴は死んでも知らないよ。」

 そう言って金城さんは隣に座る桂の前に一束置く。桂はそれを隣の新玉さんに回す。俺は二束取り、一束を俯いたままの隣に座る香織に渡す。一角にも対角線上にカードが渡り、いつでもゲームが開始できる様になった。しかし誰も手札を見ようとはせず、見つめ合っていた。


 香織は自分の太ももの上に手を置いたままでカードを取るそぶりも見せない。


「香織、大丈夫か、、」

 小さな声でそう言ったのだがそれ以上に静かなこの部屋では皆がそれを耳にする。


「ごめん…ちょっと無理かも。」

 香織は俺の裾をちょん、とつまむ。俺は少しドキリとしながらも、こう言うのは桂の仕事なんだよ。と心の中で呟く。


ぐぅぅ、、、


 空気を壊す様に一角のお腹が鳴る。一角は俺に軽く会釈しながらお腹をさすった。香織はそれで我に帰った様に俺の裾を離し、顔を真っ赤にしていた。


 一拍間を開けた後、金城さんが2のハートと2のスペードを丸テーブルの中心に置いた。それが合図の様に俺たちは何かを喋るでもなく自分の前に置かれたトランプを手に取った。


 俺はハートの11とダイヤの11、クローバとダイヤの4を中心に放り投げた。残りの枚数は5枚。テーブルの中心には誰が置いたのかは分からないがスペードの3と5、その相方のハートの3とクローバーの5が置かれてあった。


 桂が中心に手を伸ばしハートの9とクローバーの9を出した。新玉さんは不運にも一枚も揃っていない様で、すでに手が止まっていた。香織は新玉さんを申し訳なさそうに見つめながら、スペードとハートのキングを出していた。残りの枚数が俺と同じだったのでさっきの片方のペアは香織のものなのだろう。


 一角はハートとクローバーのエースを出し、自分のトランプの束を裏にして机に置いた。


「じゃあ誰から引く?」

 金城さんが真っ白なTシャツを腕まくりしながらそう言った。


「枚数一番多いから俺から言っていいかな?」

「はい、良いですよ。」

「じゃあ。」


 俺の返事を受け取ると新玉さんは右隣の一角からカードを一枚抜く。どっちを引いたのかは知らないがペアが揃ったらしくダイヤとスペードの1を出した。


 俺は自分のカードを見る。クローバーは8と12の2枚。残りは一つずつでハートの10、ダイヤのキング、スペードの9だった。


 俺の番が回ってきたらしく香織が俺を見つめている。俺は自分のトランプを見つめながら引くのを待っていた。香織と一角の組み合わせでは何も揃わなかった様だ。一角のトランプは7枚のままだった。香織は俺からダイヤのキングを引くと前に向き直った。


 俺は振り返り、金城さんの方を向く。金城さんのカードは4枚。さっきのもう一組は金城さんのものだったらしい。俺は一番左を特に何も考えずに引いた。来たカードはハートの4だった。4は俺がさっき一組捨てているのでコイツは少しの間お預けだろう。


 金城さんが桂から一枚引くも枚数が少ないため揃う事はなく、桂が新玉さんの手札を一枚取ることでやっと一周が終わった。


「ふぅー、、」

 桂はそっとため息をつき、ダイヤとクローバーの2をテーブルの真ん中にスライドさせた。


 本来は楽しいはずのババ抜きもデスゲームなら何も楽しく無い。このゲームは誰がジョーカーを持っていても対してゲームに影響しない。ジョーカーが手元にある限りその人は負ける事がないのだ。何故なら最後に揃った人は残りのカード即ちジョーカーを引かなければならないから。


 気づいたら順番が回ってきていた。手札が4枚の香織がさっきと同じ様に俺を見つめる。香織は俺から目を離さずにトランプをさっと抜き取った。抜き取ったカードはクローバーの8だった。


 俺はさっきと同じように一番左のカードを金城さんから引いた。ダイヤの9だった。俺はあまり喜びもせずスペードの9と一緒にテーブルの真ん中に投げ捨てた。


 金城さんが桂からカードを引いた事で俺が一番枚数が少なくなった。そこからは割ととんとん拍子に事が進んだ。桂がカードを揃えハートの5とダイヤの5を捨て、その後も一角が香織から俺の取られたクローバーの8を取り、スペードの8と一緒に真ん中へと置かれた。


 一気にカードの枚数が減り、手札がまばらになってきた。俺と桂が一番少ない3枚。金城さんが4枚。香織が5枚で、一角が6枚。最後に8枚の新玉さんだ。


 香織が俺からハートの4を引き、一番の足手纏いを押し付ける事ができた。ゲームは中盤。そのままカードが入れ替わるだけで一周し、一角が香織から引く番になった時だった。


「俺さ、ジョーカー持ってるんだ。まだ幸い壁が迫ってくる様子は無い。一旦このジョーカーをみんなで回し続けないか?」

 一角は人差し指と親指で上着を掴みパタパタさせてそう言った。


「それなら別にジョーカーを回す必要はないんじゃ無いか?別にこの状態で待ってても死にはしないだろ。」

「本当にそうだと思いますか?友達とババ抜きをやってる時に負けが決まったからってカード引かせなくても負けになるじゃ無いですか。だから回しといた方が安全かと。」

 俺の否定に対し真っ当なことを言う一角が少しカッコよく見えた。いつもの裏方を手伝ってくれている一角はこんなにも逞しくは無い。


「まぁそうだな。俺たちとしても不確定要素の強いジョーカーが何処にあるのか知れるのは大きいしな。」

 新玉さんの承諾を経て俺たちはジョーカーをぐるぐると回すことにした。腹が減っているせいか汗がすごい。れるのも嫌なので俺は黒いジャンバーを脱ぐ。中の白いTシャツはまだ汗で濡れてない様で助かった。


「ズボンとジャンバーが黒で中が白ってなんかオレオみたいだね。」

 さっきの震えはどこ入ったのやら、俺のジョーカーを取りながら話しかけてくる香織はとても笑顔で安心した。


 一応ゲームではあるためか、それなりに空気もどことなくいい気する。ただ、桂だけはどこか思い詰めている様な顔をしていて少し不安だった。


 それから小1時間がたった頃だった。もう何週しただろうか。同じことをくるくるくるくる繰り返す。少しずつ引くのも面倒になってきて今はもらったジョーカーのカードをそのまま右から左へスライドさせるだけだ。一応裏のままで回している。そんなことを初めて30分ぐらいだろう。それでもタイムリミットの様なものは見つからなかった。


 ここのいる全員、ババ抜きをしているなんてほとんど思っていないのだろう。


「ねぇ、なんかおかしくない?タイムリミットないの?」

「腹減った〜このペースじゃ全員餓死するよ〜」

「私の話聞け。」

 金城さんが話を無視する一角を指摘しながらカードを左にスライドさせる。


「香織は何かわかるか?」

 俺が頭脳の香織に聞く。しかし香織は首を横に振った。


「何も変わってない気がする。」

「そうだよな。」

「あっ!!」


 急に一角が叫んだ。耳を塞ごうとしたがもう遅く、反響する事はないのでただ怒りが募るだけだった。


「急にどうしたんだよ。」

「反響して、空気が循環していない的なオチを期待してました。」

「期待はするな。」


 何故か少し空気が軽い。でもまだ、飛騨先輩や白銀さんが死んだのに。と思うとまた気分が滅入ってしまうので目を逸らす。


「やっぱりおかしいよ。何かある。」

 金城さんが机や椅子の下を探すが特に何も見当たらない。部屋の大きさも一つ前の部屋と変わらず変わったのはペンや紙がトランプになっただけだ。


 いつのまにか俺の前にジョーカーが置かれていた。俺は唯一の違いであるトランプの山を見る。捨てられたカードたちがまとまることなく、右を向いたり左を向いたり、裏返ったりしている。


「おいっ、、」

 俺はそこに一つ、おかしなトランプ。いや、カードを見つけた。なんのマークも数字も書かれていない、カードだった。


「どうしたの、、って、それ、何?」

 香織が俺に聞くがもちろんそんなことわからない。ただ、新しく出現したのだろう。


「カードが増えた?」

 俺の心を代弁するかのように一角が呟く。本当に俺とこいつの思考回路は似ている様だった。


「違うだろ。多分、、」

 新玉さんが何を思ったのかガサゴソと捨てられたトランプの山をほじくり返す。


「ほら……これと…これもだ。」

 新玉さんは合計12枚の白紙のカードを見つけた。


「誰が、、」

「違う。誰もやってない。これは、消えたんだ。」

「増えてますよ。」

「そうじゃない。多分時間経過で消えるインクなんじゃないか?」

「そんなインクがあるんですか?」

「名前は忘れたけど聞いた事がある。」

「それ知ってます。水彩チャコペンですね。」


 俺は一角と新玉さんの会話に割って入った。俺は衣装を作ったりもするのでそう言う変なところの知識があったりもする。


「どんなのですか?」

「1日とか2日で消えるペンで自然に消えてくれるんだが…」

「だが?」

「そもそもチャコペンってのは布とかに印としてつけるのが一般的な使い方だ。」

「知ってます。裁縫バッグに入ってましたよね。」

「こんなツルツルのプラッスチックのトランプにはそうそう書けない。その上水彩だから数枚だけを消すって言うのは難しい。」


 一角の方を向きながらもみんなに説明をする。変に知識を振りまいて緊張し、変な汗が出てくる。脱水症状にでもなりそうだ。


「じゃあ数枚だけそのインクで残りは普通のトランプの可能性か。」

「そうだと思います。何故そんなことをするのかは分かりませんが。」

 新玉さんに共感する。でもやはりその理由がわからない。何故、数枚だけをそのペンで書いたのか。


 俺はジョーカー、クローバーのクイーン。ハートの10で、3枚の手札の内消えているものは無かった。


「じゃあとりあえずみんなで一旦なんのトランプが消えたか確認しよう。各々の見せてくれ。」

「それダメじゃないですかっ!」

 俺がすぐさま新玉さんが一角の手札を覗くのを止めに入った。


「どうしてだ?」

「あくまでもババ抜きです。相手の手札は見ちゃダメだと思います。もしそれで新玉さんが死んでしまったらゲームオーバーになりかねません。リスクが高すぎます。」

「確かにそうだな。危なかった。ありがとう。」


 俺は素直に感謝を受け取る。桂が無言でもう一枚真っ白なカードを束の上に乗せた。一角は俺と同時に確認してた様で白紙のカードはなかったみたいだ。新玉さんと香織からもう一枚ずつ出てきて、計15枚が白いカードになっていた。


「結局これでどうなったんだ?」

 一角が全員に尋ねる。ただ、その答えは誰も推測ですら答えが出せなかった。残念ながら白くなったカードは殆どが揃っていたカードだったためそのカードがどんなマークの何番かが1人じゃ見当もつかなかった。


「とりあえず何かあった時のためにちょっと進めておこうか。」

 白紙のカードが見つかったことで何かあった時のためにと改めて再会することとなった。


 残りの手札枚数は桂が2枚、俺が3枚。金城さんと香織が4枚。一角が6枚で新玉さんが7枚となっている。初めから出たカード全てを覚えておけばある程度は分かるのだろうが、俺は何一つとして覚えていないのでそこら辺はまじで分からない。


 香織が俺のカードを引くところから始まる。香織はさっきと変わらず俺と顔を合わせようとする。俺は照れ隠しのため顔を逸らした。取ったカードはハートの10、俺のカードの枚数が2枚になる。香織は揃わなかったらしく俺はいつも通り金城さんから一番左のカードを取る。出たカードはダイヤの10。今引かれてしまったので上がることは出来なかった。


 金城さんも桂からカードは引くがハズレ。桂も揃うことはなく、盤面が固まっていた。新玉さんが腕まで服をたくし上げて一角のトランプを引く。ダイヤとクローバーの7を中心に2枚重ねて出した。


 一角も香織からダイヤのキングを取り、クローバーの13と一緒に真ん中に重ねる。思ったより揃った状態で次の香織の番が来た。もう死が見え始めたと言う不安からか香織が自分の手札を落とす。


「あっ、、」


 俺は不覚にも落ちていくトランプに目をやる。見えたカードは先取られたハートの10。俺は机の下で自分のダイヤの10を香織に見せた。今思うと明らかにリスクが高すぎる行為だ。でも、不安で震える香織をほっておけなかった。


「え?……」

 香織は何が何だか分からず混乱しながら明らかに飛び出ている俺のカードを誘導される様にとる。もちろんそのカードはダイヤの10。


 香織は何もなかったかの様に10のカードたちを出した。俺は残り2枚、残りがジョーカーなので早々上がることはないと思っていた。合計が20枚。今それを引く確率は大体7分の1だ。だが運良くと言うのが正解か、ハートの12を引き、俺はジョーカーの一枚となった。


「すいません、、多分僕上がりました。」

「何謝ってんすか。そう言うゲームですよ。」

 一角の言葉に何も反論できず俺はジョーカーを一枚を握り締め、次の香織の番まで待つこととなった。そのターンは新玉さんがスペードの11とクローバーの11を揃えただけで、新たな影響はなく、香織にジョーカーを渡し、観客となってしまった。


「ねぇ、このカードも消えてるんだけど。」

 金城さんがそう言って2枚の白紙のカードを新しく前に出した。


「え?なんで、、」

「時間差?じゃないんですか。」

「本当だ。俺のも一枚薄くなってる。」

 新玉さんが一枚カードを前に出す。そのカードはハートの6が薄くなり、消え掛かっているものだった。


「薄くなってる、、じゃあこれも薄くないですか?」

 新玉さんの後に続けで一角ももう一枚カードを出す。薄いマークはスペードの6だった。どちらとも6…?


 俺は捨てられたゾーンの白色のカードの枚数を確認する。緊張感か緊迫感からか、トランプに汗が落ちる。白いカードの枚数は新しく出てきた4枚を抜いても、19枚、約半数が真っ白だった。


 色が残っているペアが揃ったカードはハートは9、10、11、13。ダイヤは7、9、10、11、12、13の6枚。クローバーは7、8、9、12、13の5枚。スペードは8と9と13の3枚だった。


 不自然にも後ろのカードだけが残っている。恐らく、俺たちのトランプの中に、6以下のカードは存在しない。


 恐らく出てきた4枚は全て6のカードが消えたものなのだろう。俺はそう思っていた。


「やばいだろ。」

 一角が冷や汗を拭いながら呟く。金城さんは上品に使い道がないと断定されたポケットティッシュで汗を拭いている。


「これさ、もし全部真っ白になったらどうすんだ?」

「そりゃジョーカー持ってたやつの負けだろ。揃ってないんだから最後に引く必要がない。ジョーカーを持ってるから負けないは甘い考えだったんだ。」


 ジョーカーのカードを思い出す。ピエロの様にも死神の様に見えるそいつはカボチャのランタンみたいに笑った笑顔でズボンの様な帽子を被りながらこっちを見ていた。タイムリミットは普通に考えれば全てが白紙になる13が消えるまで。でももうすでにキングはペアが揃っている。つまり残り2枚のクイーンがタイムリミットとなる。


 そして、12が一ペアしかない以上、それが揃ってタイムリミットが縮むことある。逆に揃ったせいでゲームが終わり、ジョーカーを引くことになったりも考えられる。


「なぁ、歩。水彩チャコペンってこんな器用に時間制御したりできるのか?」

「分からないですけど相当難しいと思います。それこそ外部からの干渉が無いと不可能と言っても良いですね。」


 俺は手持ち無沙汰になりながら新玉さんの質問に答える。俺が今できることはそれだけだ。


「ねぇ、絶対暑くなってるよね。」

 金城さんがティッシュをモゾモゾしながらそう言った。確かにゲームが始まってから汗をかく様になったとは思った。一角も新玉さんも腕まくりをしているし、俺はジャンバーを脱いでいる。


「僕もそれ思ってました。」

 一角が3枚の手札をパタパタさせ、うちわがわりにしながら、金城さんに共感する。それを真似してみんながパタパタする。


「本当に暑い…」

 香織はタックインブラウスを脱ぎ、白いインナーが一番上になる。汗で肌と張り付いた服から透けて白い肌が見える。俺はずっと目を逸らすがそれを見られたらしくからかってきた。


「見たでしょ。」

「ごめん…」

「別に……歩くんになら見られてもいいし…」

「え?」


 俺は思わず香織の方を見てしまう。香織はニンマリと笑いながらこちらを見ている。

「照れてる照れてる♪」


 俺はすっかり演技に騙され、目を大きく開けた。その顔はさぞ面白かったのだろう。一角も笑いを堪えるのに必死になっていた。


「2年生ズ、イチャイチャするのもいいけど今はそんなことしてる場合じゃ無いぞ。」

「イチャイチャはして無いです。いじめられてるんですよ。」

「SMプレイは後でやってくれ。」

「新玉さん?!」


 急な下ネタに思わず叫んでしまった。金城さんも一角も笑いを抑えきれなかった様でテーブルに頭をつけながら肩を揺らしていた。


 ただ、桂は笑うことなく、じっと自分の手札を見ていた。少しの怖さと不安を覚えたが桂はある程度のことは1人で出来るやつだ。俺みたいなやつが手を出してもいいことはない。そう思い、お節介をかくのはやめにした。


「流石に始めないとやばいな。」

 新玉さんの合図で地獄のデスゲームに戻る。さっきまでの賑やかな空気は消え失せ、どこか引き締まった様子だった。金城さんが桂の手札を一枚とる。揃っているかどうかを確認するときに金城さんが声を振るわせた。


「私の、また消えてる。」

 金城さんが2枚の白いカードを真ん中に置く。なぜか金城さんだけのカードが消えている。俺は金城さんの前に置かれてあるトランプを見る。そこには赤黒く染まったカラカラのティッシュが置かれてあった。


「金城さん…その血、どうしたんですか…?」

「ちょっと、血痰けったんが、」

「大丈夫ですか?」

「大丈夫だよ。多分暑さでやられただけだから。」


 暑さでやられる。その言葉に違和感を覚えた。なぜこんなにも暑いのか。それはもう一つのタイムリミットだと思っていた。それは多分誰しもが思っていることだったから言わなかったが、もう一つ理由があるとしたら、それは…


「私も…一枚、白いの、混ざってる。かも、」

 なぜか自信なさげに香織が答える。そっと前に出したカードは誰が見ても真っ白なカードだ。


 汗が目に入り、塩分で染みて痛い。水を一滴も飲んでいない上にここまでの暑さで汗をかく、本当にやばいかもしれない。


 皆も焦りだし、慌てて再会をする。金城さんは残り一枚なので上がることが決定している。桂も一枚だが、金城さんが直前で勝ち抜けするので、自分のカードを引く人がおらず勝ち確にはならない。新玉さんと香織が2枚ずつで最後に一角が3枚だ。


 桂が新玉さんのトランプを一枚引く、結果はハズレ。だがここで新玉さんが一角からハートとダイヤの10を揃えて、新玉さんは2抜けした。


 今、恐らくジョーカーを持っているのは香織。このままゲームを終えるなら一番有利と言ってもいい。しかしタイムリミットが来るのなら一気にジョーカーは重荷となる。


 そんなことを考えていると金城さんの残りの一枚を香織が引き、金城さんも勝ちが決まった。まだ残っている3人の手が震えている。


 カードの合計数は7枚。出ていないカードは10のペアと11のペア12のペア、そして最後にジョーカーだろう。


 なぜこんなに部屋が暑いか。そしてなぜ完璧に数字の少ない順からトランプのマークが消えていくか。その秘密はトランプのインクにあるのだろう。


 あのトランプに使われてるインクは水彩チャコペンじゃない。そうじゃないとこれほどまでに細かく制御はできない。しかし、温度変化によって薄くなるインクならどうなるか。暑さを調節するだけでその温度になったら溶けるインクを数字別に塗ればいいだけだ。そして徐々に室温を上げていけば数字が少ない順にマークが消えていく。


 そんなインクがあるのかどうかは分からない。ただ、擦れば消えるポールペンを見たことがある。あれは摩擦熱で消しているはず、もしその成分を調節することができたらこのようなことが出来ても不思議じゃない。


 今はもう時間もない。みんなには伝えている暇は存在しない。ただ俺はこの結果を見守るしか出来なかった。


 桂が一角のカードを引く。ハズレ。次に一角が香織のカードを引く。ハズレ。タイムリミットの焦りで一周がとても早い。香織が桂のカードを引く。ハズレ。桂が一角のカードを引く。またハズレ……


  いくらなんでも揃わなすぎじゃないか?心の中の疑問が脳内を駆け巡る。でも暑さで頭がやられ思ってる様に頭が回らない。


 一角が香織のカードを引く。やはり揃わない。そして香織が桂のトランプを引いたときだった。


「おかしい。これ、」

「おかしいって何が?」

 新玉さんは上着を脱いでいて、タンクトップ一枚だ。ガッチリとした体の輪郭が見える。


「数字が四種類ある。」

「誰かがミスで違う数字をペアにして捨てちゃったのか?」

「いやそれはありません。一応注意して見てました。」


 新玉さんの仮定を俺はすぐさまへし折る。時間がないので説明できないし暑くてまともに考えもまとまらない。今は考えるのはやめた方がいい。


「そうか、、じゃあ元から?」

「時間がないので、早くしましょう。」


 新玉さんの考察も聞かず一角が桂に手札を突き出す。桂はそれをとる。またしてもハズレだ。一角は願う様にして香織からトランプを一枚抜き取った。そしてそのカードを二度見すると立ち上がり、クローバーとスペードの11を放り投げた。


 桂と香織が見つめ合う。俺はその2人を見ていることしかできなかった。同い年のどちらかが死ぬことが確定したのになんの言葉もかけられなかった。デスゲームが始まって初めて死ぬのを見守る側になった。どちらにも立ったから分かる。見守る、いや見送る側の方が自己犠牲の何倍もしんどいと。


 香織が桂のトランプを引く。普通ならジョーカーが行き来しない限り2人のババ抜きは絶対に揃うはずだ。でもそれは揃わなかった。そして何度か命のやり取りを繰り返す。香織は半泣きだった。慰めてやりたい。でも生きて欲しいのは桂も一緒だ。唯一サークル仲間じゃなく、友達と言える存在だから。


 桂が香織のカードを引くと少し俯き、ハートとスペードの12を出した。そして何を思ったのか急に話し出した。


「僕さ、嘘ついてた。罪悪感と視線から逃れたくてみんなに嘘ついてたんだ。」


 香織も含めた全員が黙って桂の話を聞く体制になった。この部屋はもうそこら辺のサウナより数段と暑い、服を着ている状態なので余計に暑く感じ、頭がズキズキする。それでも桂は尚も続けた。


「さっきの部屋、僕実は嘘ついてたんだ。なんか有耶無耶になって俺の放火は嘘になったけど…」


 俺は机の下に消えてゆく桂をただ声も発さずに見ていた。さっきと同じ様に桂が下はと消えていった。見送る側の気持ちが初めてよくわかった。桂の自殺をやめろと言う約束も、一角の言っていた死ぬ勇気も、死ぬほど痛感した。


 香織は泣いていた。声は出さず、テーブルに顔をうずめて涙を流していた。俺はもう、涙は出なかった。死に慣れてしまったわけじゃない。ただ、今は、自分の愚かさをただただ憎んだ。


 気づけば同じ様にテーブルの上が開き、鍵が入ってあった。新玉さんはその熱くなっているであろう次の部屋への切符を握って席を立った。


 俺も後を追う。穴を見ることなく、早歩きで扉に向かった。1秒でも早く、この暑くて苦しい部屋から出たかった。恐らくあのタイミングで落ちたのは香織の持っていたカードのマークが消えたからだろう。最後まで桂の言葉は聞きたかった。


 そう思いながら俺はまた新しい部屋へと踏み出すのだった。

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