『投票ゲーム』

 『今からあなた達、7人にデスゲームをしてもらいます。次にやってもらうのは「投票ゲーム」です。このゲームはあなた達の中から1人、死ぬべき人を選んで貰います。やり方は問いません。ですが最終的には紙に名前を書いて貰い、投票で選んで貰います。このデスゲームで生き残ることが出来るのは1人です。さぁ、デスゲームを始めましょう。』



「飛騨先輩、、、なんで、、、」

 息が荒く、視界が狭い。最初に出てきた言葉はそれだった。


「なんでってこっちのセリフよ!なんであんたがこの部屋に来てるの!太陽を返してよ!ねぇ!ねぇってば!」

 白銀さんが俺に対して泣き叫ぶ。誰も白銀さんを止めようとしない。この場の全員が神経を擦り減らし、この部屋まで来たのだ。体力なんて微塵も残っていない。


「ごめん、、なさい、、、」

「謝ったってどうにもならないッ!太陽を返してよ!お願い、、、太陽を返して。」

「、、、、」


 この白で囲まれた部屋にもう何度目かの沈黙が流れる。一角は下を向いたまま肩を上下させて泣いている。桂は壁を見つめ俺たちに背を向けた状態だ。新玉さんも金城さんも現実逃避しているかのように俺たちを見つめている。


「もう嫌だよ。、、ごめん、、もう私無理かも。」

 白銀さんはトボトボと歩き、用意された椅子に座って、腕を枕にしてうずくまった。もうみんな疲れたのか、誰も一言も喋ることなくテーブルを囲い、椅子に腰を下ろした。


 なぜ飛騨先輩は俺を助けたのか、なぜみんなと一緒にこの部屋に来なかったのか。そんな、答えなんて絶対に出ないようなことを考えた。俺が今、こうしている事が不思議でならなかった。何度も俺は俺に問う。「お前は一体何をしているのだ」と。


 20分かそこらが経ち、皆の心も一区切りついた頃、新玉さんが話し始めた。


「俺たちが今できることを考えよう。太陽のためにもこの死を無駄にしちゃいけない。」

 「死」と言うワードを聞き白銀さんが新玉さんを睨む。新玉さんの言っていることは至極真っ当な意見だ。でも正しい事が良いこととは限らないのが社会のおかしいところだ。


 今の俺がどんな言葉をかけたとしても白銀さんには届かない。こんな時、飛騨先輩ならなんと言うのだろうか。優しくて、強くて、頼りになって、不器用だけど自分なりに気遣いもできる。そんな飛騨先輩の代わりを俺なんかができるわけがない。


 どれだけ心にトラウマを背負っても、時間が経てば少しずつ色褪せる。ついさっきの事だった飛騨先輩の死も今は何故か遠い昔のように思えてしまう。

 そしてそんなことを思う俺は酷く冷たい人間なのだろう。だから俺は自分が嫌いだ。自分を助けてくれた人の死を何故かもう割り切っている。


 多分それは俺だけじゃないんだ。俺の正面左側を座っている桂を見てそう思った。今はもうみんな泣き止んでいる。泣いた後の冷めた頭で周りを見渡す。一角と桂の目の下には涙がつたった跡が残っている。多分俺にも残っているんだと思う。その泣き跡を飛騨先輩の亡き後として紡いで行かなければならない。


 俺が在すべきこと。それは間違いなく白銀さんを守ることだ。俺に何があっても白銀さんだけは守らなくてはいけないと、脳が命令する。物音ひとつしない部屋。でも聞こえてくる。「千代を守ってくれ。頼んだ。」と。


 急に一角が立ち上がった。白銀さんは腕に頭を埋めたままだが、俺を含めた他のみんなは一角に視線を集める。一角は俺たちが入ってきた方とは逆の方向の壁、つまり扉のついている壁に歩いた。その壁にはどこでもドアのような旧型のドアが壁に張り付いていた。


 一角がドアノブを握り、反時計回りに回す。しかし直ぐにガチャ、と引っかかる音がした。次に時計回りに回した。その後もう一度反時計回りにドアノブを回して、舌打ちをすると、ドアを右足で強く蹴った。暗い顔の一角が席に戻ると桂が話し出した。


「みんな、僕と約束をしてくれないかな。もう自分から死ぬなんてことはやめよう。誰もこの中の誰かが死ぬなんて望んじゃいない。もう何も言えずに人が死ぬのを見届けるのは嫌なんだ。」

「やめろ、、言うな。」


 一角が桂に対して「やめろ」と強く出たことに少し怯えた。一角はいつも人懐っこいと言うか一風変わってると言うか、俺たちに完全な敬語を使うわけではないが上下関係はしっかりとわきまえていた。だからこそ、桂も驚きを隠さないでいた。


「確かにそうだと思います。実際、北川先輩が電線を握った時、何も言えない自分が無力で、嫌な人間だと思い知らされました。それでも僕のために、次に進むために出してくれた勇気を否定したくない。」

 一角が柄にもなく真面目なこと言った。下を向いたまま、一息で。言い終わった後大きく息を吸い、息を吐いた。そんな一角の様子に俺は心を抉られた。


 俺は相手のことも考えず自分のエゴを押し付けているんだと知った。そしてそんな俺のエゴをそんなふうに受け止めていたことも。少し前の自分を恨む。自分がどうなっても、と自分を傷つけることで他者を傷つけていることを俺はまだわかっていなかった。


「ごめん。そうじゃないんだ。これは僕のわがままなんだ。ただ、自分から命を絶って欲しくない。そんなので僕が生かされても、生きてる僕が苦しい。」

 桂は自分の心の底から思ったことを口にしたんだと思う。なんの悪気もなく、だからこそ、その言葉選びは白銀さんを傷つけた。


「そんなのって何?太陽の死がそんなのってこと?ふざけないで。そんなこと言われるために太陽は死んだんじゃ無い!」

 白銀さんの口から出た、「太陽の死」と言う言葉。俺はそれを聞きたく無かった。もう、ここにいる全員が飛騨先輩の死を割り切ってしまったように思えたから。


「すいません。そんなつもりじゃ、、」


 桂が下を向く。一角からも白銀さんからも否定され、落ち込んでいた。ここにいる全員が自分の無力さに打ちひしがれているのは間違いない。

 嫌な空気はこの部屋からの逃げ道を無くし、まるで俺たちのようにこの部屋に留まり続けていた。


「投票ってどうやるのかな、、、?」

 下を向きながら白銀さんがボソッと呟いた。俺たちはそれを不思議に眺める。ただ何かを察したかのように沈黙を続けた。


「さっさと私に投票して、、お願い。太陽がいないのに生きてる意味なんか無い。」

「それは違うでしょ。何のために飛騨先輩が死んだんですか!白銀さんを守るためでしょ?!」


 白銀さんの「死にたい」と言う趣旨の言葉を聞いた時、気づけば声を荒げて立っていた。


「太陽が死んだのは私を守るためなんかじゃ無い!あんたを守るためにあの部屋に残ったんでしょ!あんたが死ねばよかったんだ!」

 言い切って、ハッと息を吸った。追い詰められて、地のどん底まで落ちて、つい口走った言葉なのだろう。でもそれを俺は分かっていても傷ついた。


「そうですよね、、ごめんなさい。俺が、、」

 その後の言葉は出て来なかった。胸の奥で引っ掛かるように咳止められている。


「ごめん違うの。私が悪い。全部私が悪いの。なんで太陽があんたを助けたのか、分かる気がする。太陽が慰めようとした時、私、太陽を拒絶しちゃった。何も悪く無いのに、、全部私のせい、、太陽が死んだのも、みんなが責任感じてるのも。全部、、、」


 一角も桂も白銀さんと目を合わせようとしなかった。俺はその残酷な景色を立ったまま、上から見ていた。金城さんと新玉さんは何かを言おうと言葉を選ぶが何も出て来ないようだった。たとえ、今全員がこのデスゲームから出る事ができても、前までのように仲良くする事はもうできない。そんな気がした。


 「あんたが死ねばよかったんだ。」その言葉は謝罪されても尚、俺の心臓に残り続けた。脳裏に浮かぶ飛騨先輩はクールでそれでいていじられると強い口調で笑ってツッコむ。誰かが困っていたら寄り添うんじゃなく、自分で立てるように杖を貸す。そんな気配りのできるお人好しさん。もう居ないんだと思う度、俺が死んだ方が良いんじゃないかと思ってしまう。


 一つ、白銀さんの言葉を訂正するのなら飛騨先輩は俺を助けるためだけにあの部屋に残ったんじゃないんだと思う。最後の言葉、「千代を守ってくれ。頼んだ。」あの言葉は俺に託したように思えた。だからあれは白銀さんを助けようとした気持ちが含まれているんじゃないかと感じる。


「白銀さん。」

 俺は言葉を選ぶ前に声を出した。


「俺、飛騨先輩に最後、千代を頼んだって言われました。やっぱり飛騨先輩は白銀さんを大切に思っていたんです。だから、、なんと言うかその、飛騨先輩としても、自分を責めて欲しくないと思いますよ。」

 これが俺の今出来る最大限の励ましだった。他人から見れば励ましになっていないと言われるかもしれない。白銀さんからは勝手に太陽をわかった気になるなと言われるかもしれない。それでも俺は飛騨先輩の思いを憶測でも伝えたかった。


「そうだよね。ごめんね。やっぱり私、性格悪いや。」

 白銀さんは両目から溢れ出る大きな雫を両手で何度も何度も拭いながら笑って見せた。一年以上見てきた白銀さんの中で今が一番素敵な女性に見える。弱い俺でも人を励ますことぐらいは出来るんだと勇気づけられた。


「俺!飛騨先輩には色んなことしてもらいました!アイス奢ってもらったし!リア充爆発しろって言ったら頭チョップされたこともあります!サークル誘ってくれたのも飛騨先輩なんです!数え切れないほど恩があるんです。だからその恩、白銀さんに返させてください。生きてください。飛騨先輩の分も!」


 一角が急に立ったかと思えば止まらぬ勢いで飛騨先輩の感謝を述べ始めた。普段無意識に地雷を踏み抜く一角の励ましには肝を冷やしたがやはり一角の周りから少しずつ空気が暖かくなるような気がした。肝だけでなく背筋も凍ったが。


「そうそう、アイツには何回も『そんなんだから彼氏できないんだ。』って言われたし、この仕返しは千代にやるんだからまだ死んじゃだめだよ。」

 金城さんが後に続く。

「最初に演劇やろうって言って入ってくれたのが太陽なんだ。俺だってこん中では負けないぐらいアイツに恩がある。簡単に恋人死なせちゃ合わす顔がねぇ。」

 新玉さんも後に続いて感謝を述べる。みんな瞳に涙を溜めて、時にはこぼして、思いを伝えた。


「僕も飛騨先輩にはアイス奢って貰ったし、劇の練習にも付き合って貰ったし、コツも教えて貰ったし、いっぱい貰ってる。だから何か一つでも返さなきゃいけない。このままお別れなんて嫌だ。」

「わっ、私も、、ほら、、、あんまり私と喋ってくれなかったけど、、、あのっ、、色々やってくれたし、出来ることはやりたい。」


 俺たち同級生組もみんな、飛騨先輩に数え切れないほどの思い出と感謝がある。

 白銀さんの涙は止まっていた。でも1人1人の思いを胸に留めたように胸を両手で押さえ、しみじみと思い出に浸っているようだった。


 入った時のような重い空気も少しは軽くなり、もう一度、俺たちは協力して前を向こうとした。でもやはり見えるのは白い壁だけ。自分の力の無さと相手との実力差に膝をつくしか無かった。


「とりあえず、このまま待っていたってさっきみたいに天井が落ちてきて終わりだ。出来ることをやろう。」

 新玉さんが俺たちに意見を求めるように視線を配る。俺たちは「天井」という言葉を聞き、上を見た。俺たちの知っている天井とは違い、手を伸ばしてもまだ遠くにそれはあった。


「でも何もなくない?テーブルの下とか、」

 金城さんは丸テーブルの下を覗き込むように屈んだ。もちろんそこには何もなく、支柱が地面と繋がっているだけだった。上の面には第二関節ぐらいまでなら指が入りそうな細い隙間があるだけでペンも何も置かれていない。恐らく偵察前とは何も変わっていないのだろう。


「ねぇ、歩君。椅子の裏、何か貼ってない?」

 俺は香織の言われた通りに自分の座っている椅子の裏を見る。クシャ、という音を立てた椅子の裏には明らかに何かが貼り付けられていた。


「何これ、、」

 椅子の裏には紙が貼り付けられてあった。ピンピンに削られた2Bの鉛筆と一緒に。


 俺は紙を裏返す。デスゲームのルールを書いた紙より二倍ぐらい大きいこの紙にはこう書かれてあった。

『武田一角は過去に1人、自殺に追い込んだことがある。 全ての紙の中に2枚、嘘が書かれた紙が入っている。』


「は、、、?」

 俺は無意識のうちにそう呟いた。


「一角、、お前、嘘だよな、、、」

 俺はかがんだ状態で、机に隠れて首から上しか見えない一角を見てそう言った。いつもの一角が、知らない人のように思えた。そして、これが嘘じゃないのなら人ではなく、ただの化け物だ。


「一角、嘘だよな?」

「先輩?どうしたんすかそんな顔して。小学生が見たら泣き出しますよ。」

 いつもと何も変わらない一角。それでも全てが違うように感じた。


 おかしいと思うことはあった。投票ゲームなどと言ってはいるが実際はこのまま進めば自分から死ぬ人が名乗り出てその人に投票してゲームは終わる。一つ目の自己犠牲ゲームと何も変わらない展開になるのではないかと。


 そしてもう一つ。説明用紙に書かれていた「死ぬべき人を選んで」と言う文言。そんなの嫌いな人。なんて言う低俗な理由でしか選べないのではないか?と。


 俺だけ時間が止まったように固まった。それでも手は小刻みに震えている。

「それ、、何?」

 俺の左隣に座っている香織が紙の内容を見ようと顔を覗かせた。俺は咄嗟に紙を背中まで持って行った。俺が座っていた椅子を挟んで俺の後ろに紙を隠した。香織からは見えない。しかし俺の右隣には白銀さんが座っていた。この距離だ見えないはずがなかった。


「え?嘘、、一角君、、」

「本当に何なんですか先輩達、、」

 一角も本格的に疑問に思ったらしく声のトーンを落として聞いてきた。


「これ、、」

 俺は立って皆の見える位置にその紙を出した。一角以外はその紙を見た後、一角に視線を集めた。これが嘘であることを願って。


「いやいや、、そんな、、そんなこと俺しないっすよ。、、信じてくれますよね、、、」

 虚しくも誰も首を縦には振らなかった。


「全ての紙ってどう言うこと?」

 金城さんが一角をよそにそう言った。一角は「俺を無視するの?」みたいな顔して金城さんを見つめている。


「もしかして、ほら、、あった。」

 新玉さんがものの数秒で紙の位置を探し当てた。全員の座っている椅子の下に、鉛筆と同じ大きさの紙が置かれてあった。


『金城遥は過去に源香織をいじめ、お金を奪っていた。 全ての紙の中に2枚、嘘が書かれた紙が入っている。』

 新玉さんは俺の紙の上にもう一枚こう書かれた紙を重ねた。俺はすぐさま香織に目をやった。


「ねぇ!そんなことしてない!私してない!香織!やってないって言って!」

 金城さんが上擦った声で香織を見てそう言った。一角も、俺も、全員がその答えを待つ形となった。少しの間沈黙が走る。


「やってないですって言え!」

 金城さんが怒鳴り上げた。その声は必死にそう言わせるような、覇気さえ感じた。香織は怯えてか、震えて俺の左腕を掴んだ。小刻みに震えている。俺は香織を守るように金城さんと向かい合った。


「北川君?何?やったとでも言いたいつもり?」

「いえ、香織の答えを聞くまでは待つつもりです。」


 俺は威圧に押され二、三歩下がろうと足を引っ込めるが、すぐさま背中にくっついた香織に当たったので諦めた。


「落ち着け、これがまだ本当だと決まったわけじゃない。一回座れ。」

 新玉さんが宥めるように席に誘導した。でも俺の左腕は何故か香織に持たれたままだ。


 金城さんが紙の上にもう一枚紙を重ねた。


『新玉涼は演劇で得た利益を私情に使っている。 全ての紙の中に2枚、嘘が書かれた紙が入っている。』


 同じことを繰り返すように新玉さんの方に向く。新玉さんは目を大きく開き、固まっていた。


「嘘、、、ですよね。」

 桂がつぶやくように質問した。正直これは捉え方にもよると思う。演劇で得た利益だ。俺たちにはそれなりのお金は払われているし残りのお金は正直どうなっていようと俺は気にしない。


「ごめん、、、俺の夢が自分の劇団を作って監督するって言うのは知ってるよな。それで、演劇で得たお金の4割ぐらいはみんなの給料的なものになって、5割ぐらいは舞台とか衣装とかのお金で無くなる。残りの1割は家族の無料チケットにしてみんなに渡してるんだけど、、それでも余った分を自分の夢のために貯金してたんだ。ごめん。許してもらうつもりはない。ただ謝らせてくれ。」


 俺たちは黙って聞いていた。実際何もおかしな話ではない。劇の設定やセリフ、次の舞台の枠の確保や経理の部分まで全て新玉さんがやってくれているのだ。俺は怒ったりはしない。ただ、それを後出しジャンケンのように言われるのは少し違う気がすると言うのも正直な感想だ。


「真面目すぎですよ。謝らなくていいですって。それぐらいで怒りはしませんよ。でも次からはちゃんと言ってくださいね。」

 俺の正面で新玉さんを桂が忠告していた。これに関して誰も咎める人はいなかった。


「私も、、」

 香織がそう言って又紙を重ねた。


『飛騨太陽は死んでいる。 全ての紙の中に2枚、嘘が書かれた紙が入っている。』


 一番短い文のはずなのに俺は理解するのに一番時間がかかった。簡単な話、何を言っているのだと思った。


 ただ、それを話し合う前にその紙を上書きするかのように白銀さんが新しい紙を放り投げた。


『北川歩は万引きをしたことがある。 全ての紙の中に2枚、嘘が書かれた紙が入っている。』


 次は俺に視線が集まってくるのがわかった。標的にされるとはこう言うことなのかと身に染みて感じた。それだけじゃない。何故それを知っているのかと言う疑問も沸々と湧いてきた。


「これは、、やりそうですね。」

「おい、適当抜かすな。まぁ桂は知ってると思うが。小2の時にどうしても欲しいお菓子があってそれで、、、結局バレてめっちゃ怒られたんだけど。」

「お菓子、、自分で買えよ。」

 標的を脱した新玉さんが俺にギリギリ聞こえる声量でそう言った。


「買えたら買ってますよ。うちの家、お小遣いなかったんですって。」

 少し思ってしまう。落差が酷くないかと。他の人は自殺とかいじめとかそんな、言ってしまえば投票されても文句はないものだ。でも俺のや新玉さんのは本当だったとしても許される範囲ではないだろうか。


 自分で言うのもなんだが、小2の頃の万引きは魔が刺したてそれでいてしっかりと反省したのなら他人がやいやい言うほどのものでもない。

 新玉さんのだってそうだ。余った少しのお金を自分の夢ために貯金したぐらいメンバーの俺たちにとっちゃ些細な話だ。新玉さんは留年までしてくれているのだしそれぐらい当然と言えば当然だ。


『今西桂は放火をしたことがある。 全ての紙の中に2枚、嘘が書かれた紙が入っている。』

 考え事をしているともう次の紙が置かれていたらしい。桂が乗せた紙だったらしい。


「犯罪じゃん、、、」

 白銀さんがその紙を見ながらそう言った。また重い物だ。俺の万引きも犯罪ではあるが放火とは比べ物にならない。規模にもよるが。


「これは、、」

 バンッ!


 桂が話しはじめようとした時一角が、おそらく最後の紙を今までの紙を叩きつけるように重ねた。


『白銀千代は彼氏が3人いる。 全ての紙の中に2枚、嘘が書かれた紙が入っている。』


「これ、どう言うことっすか。」

 一角が怒りをあらわにした。白銀さんを強く睨む。その顔は少し悲しそうで、失望したような顔をしていた。


「なんで、、いや、違う、、私の彼氏は太陽だけだよ。こんなの嘘だよ。いるわけない。」

 声が震えていた。修羅場と言って差し支えないほど情報が混濁したこの部屋は今までに無く、ギスギスしていた。


 各々が色々と考えていたんだと思う。俺たちがどうこうする話でも無い。でも白銀さんの話がもし本当だとするなら俺は白銀さんを信用できなくなるかもしれない。


 全てを包み隠さず話すのが友達だとは思わない。だが、友達の知らない裏の一面をそんな簡単に受け入れられるほど俺たちはまだ大人じゃ無かった。


 誰が誰を許すか。社会で罰せられたからと言って皆の目が白紙に戻るわけでは無い。それすらも罰かであるように、生きていかなければならない。


「すみません。僕のも嘘です。放火なんて、流石にしません。」

 桂が手を小刻みに振るわせながらそう言った。穏やかな桂のことだ、放火なんてするとは思えない。でもそれは桂に限ったことじゃ無い。だからまだ手を差し伸べてやらなかった。


「ちょっと待ってよ、数が合わないじゃん。私と一角と千代と桂が嘘って、、」

 金城さんが3人に順に視線を移す。嘘をついている奴は出てこいと言わんばかりに。


「誰か何とかして証明できないかな?」

 新玉さんが優しい声色でみんなにお願いする。誰が本当かは分からない。ただ、受け止めてあげられるのなら出来る限り受け止めてあげたい。


「ごめんなさい。出来ないです。ただ、金城先輩がいじめてたは本当だと思います」

 桂の言葉に金城さんが取り乱し、つつかれて反撃するかのように怒鳴り返した。

「私はやってない!香織!お前がやってないって言えば済むんだよ。」

「私は、、、」


 香織は席を立ち部屋の隅っこまで逃げようとする。後ろ向きに早歩きで下がる。俺はそれを見てすぐ叫んだ。この部屋の端には


「危ないッ!!」

 俺は香織の方に走る。すぐそこだ。もう少しで手を伸ばせば届く距離。まだ余裕があった。香織と俺は手を繋ぎ、床に転んだ。俺はすぐさま起き上がり、さっきまでは無かった床の穴を覗いた。


「何、これ、、、」

 その穴は奥深くまで続いていて、落ちたら闇の中に飲み込まれ、二度と帰ってくることは出来ないと語っているようだった。今回はこれがタイムリミットなんだろう。部屋の4つの隅に少しカーブを描いて穴が開いてあったのだ。


 心臓の音がやけにうるさい。呼吸もそれに釣られ浅くなる。怖い、その思いだけが視界を狭めた。


「落ち着いて、、大丈夫。」

 耳元でそっと囁く香織の声。視界が一瞬、元に戻った気がした。背中に触れる手の感触。俺はゆっくりと息を吸った。


「ごめん、ありがとう、、もう落ち着いた。」

「そう、良かった。」

 笑顔で香織は俺の手の上に左手を重ねた。その手はやけに冷たく、汗で濡れていた。


「みんな、争っている場合じゃ無い。何とかして生き残る方法を考えよう。」

 新玉さんがそう言った。全員がとりあえず下の席に座る。


「状況を整理しよう。今事実だとわかっているのが俺のと歩と太陽のが真実か。それで桂、千代、遥、一角の中に嘘が2つあるということか。」

 新玉さんがそう締めくくる。内容を言わないのは言い争いを防ぐためだろう。


「あのっ、、でもおかしく無いですか?、、元々飛騨さんが死ぬのを知っていたような書き方じゃ無いですか。」

「どう言うことだ?」

 新玉さんが香織に聞き返す。


「例えば飛騨さんじゃ無くて、私がさっきの時に部屋に残ったとすると嘘の数は3つになるじゃ無いですか。じゃあ後から紙を書き換えた事になりません?」

「確かにそうだな。でも最後の最後で太陽があの部屋に残り、その間俺たちはこの部屋にいた。これじゃあ、すり替えられないだろ。」


 いつ、どうやって相手はこの紙をすり替えたのか。今考えるべきでは無いのかもしれないが、脱出の糸口は掴めそうだ。


「イスに秘密があるんじゃ無いですか。」

 俺は後ろの穴の大きさを確認し席を立った。壁沿いの穴は少しずつこちらに寄ってきている。まるでこのテーブルを中心として、半径を小さくしていくように。


「このイス、地面とくっついて離れねぇ。」

 新玉さんが足で踏ん張り上に持ち上げようとするが全く動かない。椅子の裏も特に変な部分はなく、謎を解く鍵を見つけることは出来なかった。


 一角や金城さん。白銀さんや桂達4人は各々何かを考えてるようで話に入ってくることはなかった。でも、まずは関係を正すところから始めないと何も変わらないのは誰もがわかっていた事だった。


「ごめん、遥さん。私いじめられてました。謝ってもらってるし、貸したお金も返してもらってるけど、、、」

 香織の言葉を聞き、無意識のうちに金城さんを見ていた。金城さんは何かを諦めたような顔で香織を睨んでいた。


「じゃあ、一角か千代か桂の誰かが嘘って事になるが、、」

 金城さんはまだ香織を睨んでいた。俺は新玉さんに加勢するように2人を宥める。


「金城さん。ここは話が進んだって事にしときましょう。」

「そうね。うだうだ言ってもしょうがないものね。」

 それをいじめていた奴が言うか?と思ったが落ち着いてくれたので特にそれ以上食い下がることはなかった。


 現状、不確定要素はやはり誰が嘘か分からない状態である事だ。一角が人を自殺にまで追い込むほど何かするような奴では無いと思うのだがそれと同じぐらい飛騨先輩と白銀さんの恋も確かなものだったと思う。そして桂の放火は言わずもがなだ。


 罪の大きさとして、一角の方が嘘であってほしい。どれも嘘であってほしく無いのが真実で、悲しくもそれは現実にはならない。


「ねぇ、床、もう結構来てるよ。」

 香織が俺の裾を引っ張り視線を誘導させる。俺は振り返る間もなく、持って50分ぐらいだと悟った。


 不幸中の幸いと言うべきか、よく作られていると言うべきか、この部屋の出口のドアまでは丁寧に床が残ってある。だがそれが最後まで残るとは限らない。


「私に投票して。」

 白銀さんのが何かを決めたようにそう言った。三股は真実だと証明するかのように。新玉さんは驚いたように白銀さんを見る。


「ちょっと待ってください!飛騨先輩の死を無駄にするつもりですか?!」

 気づけば俺は声を荒げて白銀さんを見ていた。そして俺は皆の視線を集める。少しの罪悪感と枯れ果てた正義感が心を埋め尽くす。


「太陽が何?、、もう私には関係ないよ。」

 力なく発したその言葉に俺は反論できなかった。白銀さんの瞳は濡れていて、頬をつたる雫を見ていると胸が抉られる。


「それでも、、」

 何も言葉が口から出なかった。この後に続く言葉も、白銀さんを説得させる言葉も、自分の本当の思いすらも。


「私を信じて。それだけでいい。それ以外は何もいらない。命も全部。」

「信じてって何だよ。自分が三股してた尻軽女だって認めたらいいじゃねぇか。飛騨先輩すら信じれねぇ奴に信じろとか言われる筋合い無いんだよ。」

 一角が早口で捲し立てる。一角からすれば桂も白銀さんも嘘をついているように見えるんだろう。


「私は、、」

 白銀さんの声はそこで途絶えた。


「黙秘は肯定でいいですね。どっちにしろ僕は白銀さんを否定しますが。」

「違うっ、、、、」


「違うなら言葉にしてくださいよ!」

「一角、落ち着け。嘘かどうかは今はどうでも良い。それこそ罠にはまりに行っているようなもんだ。」

「どうでも良いんですか。飛騨先輩は白銀さんの為にいっぱいしてきたじゃ無いですか!それなのに三股とか、、新玉さんだってさっき恩があるって言ってたじゃ無いですか。そんな優しい飛騨先輩を騙して、僕は許せません。」


「もういいってば!さっさと私に投票して!許さなくても良い。私が三股してたのは認めるよ!だから何?もう太陽は死んでるの、、私にはもう関係ない。」

 ヒステリックになった白銀さんが一角を見ながら吠えた。ただ、最後の一言の声量はとても小さく、未練があったように思えた。


 金城さんはもう喋る気配はない。香織もさっきの喧嘩を、ただ悲しげに見つめているだけだった。俺は何も成し遂げていないのに、脱力感が体を駆け回り、頭が回らない。一角が一角らしくない。白銀さんが白銀さんらしくない。そんな恐怖に怖気付く。


「白銀先輩、その言葉は聞きたくなかった。やっぱり僕は許せません。ごめんなさい。」

 そう言って一角は『白銀千代は彼氏が3人いる。 全ての紙の中に2枚、嘘が書かれた紙が入っている。』と書かれた紙の裏に「白銀千代」と書いてテーブルの真ん中の穴に入れた。


「おい、一角、、、」

 この言葉が口に出ていたのかは分からない。その紙が入っていくのを見ながら俺は飛騨先輩との最後の約束を思い出していた。あの、託された想いを。


「やっぱりダメです。三股してても、許せなくても、白銀さんは死ぬべきじゃありません。」

「歩君。私のこと信じてくれるの、、?」

「いえ、俺は白銀さんのことは信じません。でも飛騨先輩のことを信じます。飛騨先輩が愛した白銀さんを守ります。その為に僕は生かされました。」

「歩君、ダメだよ、、そんなことしちゃ。」


 香織、、、俺は心の中で涙を流す。どれだけ弱くても、俺の隣にいてくれるのは香織だとそう思ってしまう。劇のように、自信に溢れている顔じゃない。でも、だからこそ、心に響く。


「僕に投票して下さい。お願いします。これ以上、自分のせいで人を殺したくないんです。飛騨先輩なら白銀さんを守れたはずなんです。託されたんです。誰も守れないんだったら助けられた意味がない、、、」

 僕の言葉には重みがないのかもしれない。ただのわがままかもしれない。それでも、自分の心に嘘はつきたくない。飛騨先輩に悲しい顔をさせたくない。仲間の約束を破りたくない。何より、託された想いを裏切りたくなかった。


「分かった。そこまで言うんなら俺も太陽が信じたお前を信じる事にする。」

「私は、、歩君には死んでほしくない。誰も投票できない。したくない。でも信じることは出来るから。」


 そう言って新玉さんと香織が裏にして投票口に紙を入れた。俺は桂の方を見る。桂は何も言わず、何も見せず、スッと紙を入れた。俺も前に習えで自分の名前を書き、紙を闇の中へ投入した。白銀さんも俺に投票するして後は金城さんがどうか、、


「私は、太陽がどうこうの前に自分が許せない。でもそれ以上に千代のことは許したくない。友達として、親友として。」

 「白銀千代」と書かれた紙を入れる。この時点で俺が白銀さんの票も合わせて4票、白銀さんへ一角と金城さんが計2票、もう俺の死は確定した。桂が誰にに入れてようともう結果は分かっている。


 この後白銀さんが生きれるかどうかは分からないでも飛騨先輩の思いは、繋がったんじゃないかと思った。もう穴は俺たちのすぐそこまできている。4歩下がれば真っ逆さまだ。

最後は白銀さんの番。白銀さんは自分の名前が書かれた紙を俺に見せて、投票口に投げ込んだ。


「何で、、?生きたいんじゃ」

「私は生きたいなんて言ってない。信じて欲しい。ってそう言ったの。あんたバカだね、、」


 その言葉の意味を理解する前に自分がもうすぐ死ぬと言うことを感じた。投票は終わったんだ。そうして俺は身構えた。


 無音で床が抜ける。白銀さんの体が視界から下に消えてゆく。暗闇まで落ち続け、見えなくなるまで俺は何が起きたか理解できなかった。


「え?、、、」

 隣で闇に消えていった白銀さんの隣を座っていた俺と金城さん、白銀さんの正面に座っていた桂にはトラウマを植え付けるのに十分な光景だった。


 俺は投票口を見る。いつの間にかその投票口は大きく開き、入れられた紙が取れるようになっていた。


「何で、、白銀さんが、、?」

 俺は誰よりも早くその7枚の紙を広げた。結果は白銀さんが5枚。俺の名前が書かれたものが2枚だった。


 何の言葉も出なかった。脳が完全に思考停止していた。何故?と言う疑問だけが脳内に浮かび続ける。俺の名前が書かれた筆跡は俺のものと女性らしい丸みを帯びた字だった。金城さんは白銀さんに投票しているし白銀さんも自分の名前を書いていた。だからこれは香織の紙の文字で間違いなかった。


「新玉さん、、、信じてくれるって、、、」

 新玉さんは俺に返事をするより先に投票口の底にあったこの部屋の鍵を取った。


「言っただろ。太陽が信じたお前を信じるって。太陽が信じた歩は何でもかんでも自己犠牲で片付ける歩じゃない。」

 そう言って席を立ち、振り返ってドアに向かっていく。


 白銀さんの言葉が頭をよぎる。「私は生きたいなんて言ってない。信じて欲しい。ってそう言ったの。」その言葉の本当の意味。守ると言う本当の意味。俺が白銀さんにすべき事は自己犠牲で対抗に出ることじゃなく、白銀さんを信じることだったのではないか。


 何も命を守ることだけが「守る」じゃないと分かると同時にその数倍のダメージを心に負った。みんなは一言も話さず出口に向かう。俺は自分の名前が書かれた投票用紙をグシャリと握り二つ目のドアを抜けた。

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