『自己犠牲ゲーム』
「ううっ、、、」
左頬の冷たい感覚と寝心地の悪さに目を覚ます。目を開けた目と鼻の先には涎を白い地面に塗りたくりながら寝ている一角がいた。
「うわぁっ!」
「んん、、っ、、どうしたんすか先輩、、」
一角が重い瞼を開け、腰を上げた。
「先輩、ここどこっすか?」
寝起きとは思えないほど目をガンギメして辺りを見回す。そしてお芝居レベルで顔を真っ青にする。四コマ漫画より顔の変化が激しい。
なんて面白くないことを考えている場合じゃ無いらしい。当たりには上下左右前後の六方向が真っ白の壁で塗りたくられ、前の壁には黒い線が一本縦に入っている。扉は見当たらない。一つわかることはヤバいという曖昧なことだけだ。そして生存本能がこれは危険だと脳に信号を送っている。
「お前も知らないか、、」
「とりあえずみなさん起こしましょうか、」
「冷静だな。」
「頼りにならない先輩のためですよ。」
「はいはい。」
俺は飛騨先輩の肩をゆする。飛騨先輩は「ううぅ、、」と吠えた後右目を開いた。寝起きでも整った顔立ちは本当に綺麗だ。高くてはっきりした鼻筋と面長の顔が塩系のイケメンの最高峰と物語っている。
「どこだ、ここ。」
「豆腐の内面です。」
「にしてはカチコチだな。」
俺のしょーもないボケに対して飛騨先輩は手で地面をコツコツと鳴らしながらツッコんだ。プラスチックか、はたまた加工された石なのか、明らかに冷たすぎる壁や床は傷ひとつなく、最先端技術には圧巻だ。
芋づる式に飛騨先輩が白銀さんを起こし、白銀さんが金城さんを起こし、白銀さんが香織さんを起しました。うんとこしょ。どっこいしょ。それでもカブは抜けません、と言いたくなるような文脈だ。
新玉さんを一角が起こし、俺が桂を起こしたことで8人全員が起きたことになった。全員が揃っている安心感からかまだ頭が回っておらず、目を擦りながらモーニングルーティンを過ごしている。今が朝かどうかは確かでは無いが。
新玉さんと飛騨先輩は壁を触りながら部屋をぐるぐると回っている。俺はというと一本の黒い線を観察していた。全方向が真っ白のせいで方向感覚と距離感覚がめちゃくちゃになる。それでも黒い線を印にするとあり程度は動きやすいだろうと思ったからだ。
俺は右手の人差し指で黒い線をなぞる。冷たいというより冷んやりとした感覚が皮膚に伝わる。分からないことだらけだが少し黒い線はへこんでいることがわかった。
「おーい、これ何かわかるか?」
新玉さんが招集する。新玉さんは両手に一本ずつ黒いコード?を持っていた。そのコードの元を辿ると壁にめり込んでいる。黒い線の反対側の壁だ。
「なんか飛び出てません?」
桂の言う通り電線的なものが4、5本飛び出ている。なんか噴水みたいだな。なんて思っていたら、何を考えているのか桂が両方の電線を掴んだ。
「うわぁぁっ!痛っっ!」
ガシャン!
大きな声と急な行動に驚き、桂にみんなが近寄る。俺の嫌な予感は実際あまり当たらない。ただ、今回は違う気がする。俺しか気づいていないかもしれないが。声と同時に黒い線が扉となり、両サイドに開いたのだ。
「桂君、大丈夫?」
小走りで金城さんが桂に駆け寄り、左手を見ている。俺は黒い線に爪をめり込ませ、開こうと力一杯外に力を入れた。しかし文字通りびくともしない。
俺は諦めて桂の方へ向かう。桂は水を救うような手の形で真っ赤な手のひらを天井に向けている。
「何があったんですか?」
「電流、、?」
俺の質問に桂は答えきれずにいる。桂自身も何が起こったのかわかっていないのだろう。
「ビリビリ来るやつだ!」
「明らかにビリビリではなかったでしょ。」
白銀さんに俺はツッコむ。遠目から見てもあれはビリビリでは無かった。表現するなら、、「バチっ!」とか言うレベルのやつだ。
「君ら
飛騨先輩が続ける。
「出口もない。扉もない、食料も水も無い。2日で死ぬぞ。」
「飛騨先輩は少し現実主義過ぎますよ。すぐ禿げちゃいますよ。大丈夫ですって。」
「じゃあ一角、大丈夫なところを説明してくれ。」
「まず一つ、みんながいることです。みんながいることで安心感が出ます。」
「安心感じゃ腹は膨れねぇぞ。」
「そして誰かが死んだらその人を食べましょう。」
「急にデンジャラス過ぎるだろ。安心感どこ行った。」
一角のボケで空気は少し和む。状況は何一つ変わっていないが、心は軽くなる。本当にこう言う時は一角はありがたい。一家に一台欲しいぐらいだ。
「あのっ!窒息死は無いと思います。、、」
香織がわざわざ手を挙げてそう言った。俺も含め7人は説明を促すように視線を向ける。
そしてその意思を受け取ったかのように理由を話し出した。
「さっきからこの部屋、音が反響しないんです。桂君が叫んだ時も、普通こんなに小さな部屋だったら何度も反響してもおかしく無いのに。だから多分音が逃げる小さな穴が壁にいくつもあると、、思います。」
「確かに目に見えないレベルならあってもおかしくは無いか、、、」
「天才すぎるっ、、、」
俺も一角と同じ意見だ。音が反響しないかなんて普通気づくか?
「どっかの使えない監督よりよっぽどすごいじゃない。」
「おい誰だ今急に俺を使えないやつ呼ばわりしたのわ!」
「太陽でーす。」
「俺のせいにすんなよ、遥、」
俺たちは豆腐に閉じ込められても意外と通常運転らしい。いつも通り楽しくまでとはいかないまでもパニックを起こすようなことはなかった。
「すいません、出口あったって言ったら怒りますか?」
俺がおふざけ口調で聞くと全員がバッと振り返った。早くここから出たいと言うのは間違いではないらしい。
「さっきあの壁が開いて扉になったんですよ。」
「うっそだぁ。」
「俺1人の力じゃ開かなかったんですけど力貸してもらっていいですか?」
俺は一角を無視して協力を求めた。実際俺1人では無理でも、割と運動のできる一角や桂、肩幅の大きい飛騨先輩や現役ド直球の新玉さんが力を合わせたらそれはもう比べものにならないだろう。
「よし行くぞ。」
「せーのっ!」
新玉さんの掛け声を金城さんが奪い、筋肉5人組が力を入れて扉を開こうとした。
「頑張れー!」
「ファイトー!」
女性陣の応援を力に変え俺たちは本気で扉を開こうとした。
「全然開かない、、」
「本当にこれ扉なのか?」
各々が不満の声を口に出す。俺もここが扉がどうか自信がなくなってきた。さっきと変わらず動く気配すらない。
「開け〜ゴマ!」
「一角、お前何やってんだ。」
「こう言うのは呪文って相場が決まってるんすよ。」
「どこの相場だよそれ。少なからず日本ではない。」
「ジュッモンです。」
「日本みたいに言うな。」
「ねぇ、これちょっと見てよ。」
今度は白銀さんが皆の注目を集める。白銀さんが持っていたのは、何処にあったのか、A4サイズの紙を2回折したぐらいの大きさの白い紙だった。
「裏に、、、、、、」
俺たちは手紙を中心に円を描き、それと同時に白銀さんは手紙を裏返した。
『今からあなた達、8人にデスゲームをしてもらいます。初めにやってもらうのは「自己犠牲ゲーム」です。このデスゲームで生き残ることが出来るのは1人です。さぁ、デスゲームを始めましょう。』
なんのイタズラか。その問いの答えは運命の悪戯、とでも言うのが正解か。不穏な空気が俺たちが作った円の中を循環する。
ゴジック体で書かれた文字が俺たちの心を縛る。あの一角ですら、手紙から焦点を外せていない。
「嘘、だよね?流石に、、、漫画じゃあるまいし。」
「テレビの企画か何かでしょ!きっとそうだって!」
白銀さんと金城さんがなんとか空気を変えようと声を吐き出す。舞台では実力派の2人でも、今はそれが演技であることは誰の目にも明らかだった。
夢なんかじゃない。そんなこと分かっている。全員が分かっている。夢なんかじゃない、扉なんてない、逃げ道なんてない。あるのは絶望と地獄までの片道切符だけだ。
ゲームの駒はもう揃ったと言わんばかりの白い部屋。俺たちに逃げ場は無いらしい。
「扉ってさ、いつ開いた?」
桂が俺に問う。俺は答える前に気づいた。いや、気づいていて、目を逸らしていたのかもしれない。俺はゆっくりと口を開ける。
「桂がコードを持った時。」
さっきの何倍も空気が重くなる。何がデスゲームだ。こんなのあんまりだろ。
「じゃあ簡単な話じゃ無いっすか!こうやってコードとコードを繋げればいいんです。」
一角がそう言って黒い絶縁体の部分を持ち、噴水のように飛び出る電線同士をくっつける。全員が振り向き、黒い線を凝視した。黒い線は開くことなく、音一つ立たず絶望を与えた。
「あれ?電流、流れて無いっすよ。、、」
一角はそのまま飛び出た電線を触る。
「いったぁぁい!」
ガシャン!
「なん、、で、、」
今度は全員が目にした。扉が開いたことを。そして全員がその先も目にした。同じような部屋がその先にももう一つあることを。
「嘘だろ、、、」
誰の声か、もうそんなことどうでもいい。
これで終わりじゃ無い。それだけで俺たちの心をへし折るのは簡単だった。
「、、、ざけるな、、ふざけるな。なんなんだよこれ、、、」
一角が完全にまいってしまった。そりゃそうだ、身を挺して出来たことが自分を含めた全員を地の底に落としたことなんだから。
「落ち着けって一角、俺たちみんないるんだ!安心感あるだろ。」
「安心感はないかな。」
新玉さんの励ましの言葉に水を差すように白銀さんが否定する。でもその声は絶望というより「呆れた。」という感情が混ざっている気がした。
「確かに安心感はないな。」
「この状況で安心できる奴がいたらそれはもう病気だろ。」
飛騨先輩も空気を変えようと物理的に立ち上がった。
「デスゲームなんかクソ喰らえだ。みんなで脱出する方法を考えよう!8人よれば文珠の知恵だ!」
「8人でやっと普通のやつの3人分かよ。」
「もうこれ無理でしょ」
飛騨先輩と白銀さんが半笑いでツッコむ。
新玉さんがまとめてくれている。こっちには学校でもトップレベルの頭脳を持つ香織も、メンタル強者の一角もいる。デスゲーム運営者よ、かかって来い。
「しゃぁ!俺たちに敵はいねぇぞ。デスゲーム運営者よ、かかって来い!」
さっきまでは虚ろだった一角も元気を取り戻し俺の心を代弁してくれた。
「まずは状況を整理しよう。タイムリミットは俺たちが死ぬまで、大体2日ぐらい。目標は全員無事に脱出。あるのは電線と一応他の部屋に繋がる出口もある。」
新玉さんが頭を捻り、状況を整理してくれた。しかし、考えれば考えるほど詰んでいる。抜け道も逃げ道も無い。
「とりあえず色々検証してみない?筋肉達、取り敢えず一回そこ持って。」
「なんでだよ。」
いつもは金城さんには敬語の飛騨先輩が強めに聞く。筋肉達とか言われたら流石に桂でも怒るだろう。
「一応この部屋から出れるんなら外から開けれるんじゃ無いの?」
「じゃあ俺が確かめるから、遥さんが電撃喰らって」
飛騨先輩の顔を見てちょっとびっくりしてしまった。あまり表情を変えない飛騨先輩が今まで見たことない笑顔でそう言った。満面の笑みだ。例えるなら初めてゲームを買ってもらった無邪気な子供のような笑顔。
一方それに対して金城さんはサンタさんが親だと知った時のような「もうドン引き」という言葉が顔から出ている。
「こう言うのは男が行くの!」
「出た出た。男のくせに〜とか言う奴いるよなー。そんなんだから彼氏できないんだよ。」
最後の一言を聞いた瞬間の金城さんのアッパーの速さはプロ並みだった。的確にみぞおちに拳をめり込ませた。飛騨先輩は「ウゥッ」と呻き声をあげ猫背のまま3歩下がった。
「ドンマイ、今のは太陽が悪いよ。」
ポンポンと左肩を叩く新玉さんは必死に笑いを堪えているようだった。
「俺やりますよ。」
俺はそう言って2本の電線の前に立つ。いざ立ってみると桂や一角の姿がフラッシュバックし、足が震えてきた。
「流石っす先輩。じゃあ先輩以外の皆さんで取り敢えず次の部屋行ってみましょうか。」
「おい、一角、それ帰ってくる気ねぇだろ。」
「そんなわけ無いじゃ無いっすか。ちょっと冒険しに行くだけですよ。」
「武田君。そんなにいじっちゃ歩が泣いちゃうでしょ。」
「泣かねぇよ。」
電流を喰らった2人組がよってたかって俺をいじりやがる。泣いちゃうぞ。
「んで、誰が行く?」
新玉さんがやっと話を前に進める。このままの1歩進んで2歩下がるの進展速度だと終わりが見えない。なんなら「1歩進んで2歩下がる」は下がり続けている。
「2人ぐらいでいいんじゃ無いか?」
「「賛成」」
飛騨先輩に全員が賛成し行く人数が決まった。
「じゃあ僕は香織さんは行くべきだと思います。」
「その心は?」
「洞察力がすごいと思ってます。音の反響とか、だったら行くべきは筋肉の飛騨先輩と頭脳の香織さんが効率的だと思ったので。」
「おい、筋肉の飛騨先輩ってなんだよ。」
先輩なのにも関わらず一角や桂からもからかわれる飛騨先輩もしっかりとムードメーカーなのだろう。そしてその彼女はツッコミもできる白銀さんだ。ギャグという観点においては無敵の陣と言って差し支えない。
話が脱線したが桂の案には誰も反対しなかった。実際桂の言う通りだと思う。
「じゃあ決まり事を作ろう。まず壁が閉まったら、意思疎通ができるかどうか声を出してみる。聞こえたら返事してくれ。聞こえなかったら、次は裏側から開けれるか試してみる。無理そうだったら軽く次の部屋を見て回る。10分かそこらかたったらもう一度開けてくれ。」
「了解です。」
俺は飛騨先輩の案を一文字も聞き逃さないつもりで脳内に焼き付けた後しっかりと頷いた。
「じゃあ行きますよ。」
俺はバクバクとなる心臓に手を当てる。皆んな、今は次の部屋に行く2人を見守っている。
「ふぅー、、、はっ、、」
大きく息を吸い、両手で同時に電線の先っちょを掴んだ。2人が完全に次の部屋に行くまでこの手は離せない。
バチっ!!、、、
「いってぇ、、、、」
身体中に電気が通っている感覚がある。実際には通っていないのだろうが心臓や脳もビリビリする。雷に打たれたらこんな感じなのだろうか?なんて考えらると思ったがそんな余裕は無い。
「歩!もう大丈夫!」
桂の声が聞こえたと同時に後ろに吹っ飛ぶように手を離す。
ガシャン!
扉は閉まり、壁となった。少したっても声はしない。壁を通しての意思疎通は無理らしい。予想通り壁が開くことも無い。あとは10分待つだけだ。
手がジンジンする。この小刻みの震えの理由が出口への期待なのか電撃の痛みなのかは分からない。ただ、じっと白い面に囲まれた部屋で一本の黒い線を見つめていた。
誰も言葉を発さない。ここにいる全員が2人の無事の帰還と出口の報告を望んで待っている。
「大丈夫かな、、、?」
白い部屋にぽつりと一つ。心臓の音にかき消されそうな白銀さんの不安の声は思いとなり、人に伝播していった。
「大丈夫じゃ無いっすかね、飛騨先輩もいるし。」
「それが心配なんじゃん。」
飛騨先輩の彼女である白銀さんは、やはり迷いもあっただろう。一角の言葉も届かない。心配で当然だと思うし、それにどうこう言える筋合いもない。
「確かに香織先輩は可愛いですけど飛騨先輩だって耐えれるでしょ。」
「そう言う話出してんじゃないの。」
一角の
「白銀さん、心配だと思いますが、飛騨先輩を信じてみるのもいいんじゃないですか?」
俺が今だにジンジンする手で拳を作りながらそう言った。
「あんた、たまにはかっこいい事言えんじゃん。桂だと思ったよ。」
「いや、僕は役を演じてるだけですよ。カッコいいと思ったのなら、それは新玉先輩の台本です。」
「この謙虚さには敵わんわ。太陽にも見習わせないと。」
結局俺が何を言おうといい感じに落ち着くのがこの仲間達の良いところだ。新玉さんは照れて下を向いている。
「もうそろそろですかね?」
「あー、うちがやるよ。」
金城さんがちょっと待ったと言わんばかりに俺を止める。
「良いですって、女性は体を大切にしてください。」
「うわ、体とか言わないの」
「そう言う意味じゃ無いですよ。」
「これ以上やると歩君、何あるか分からないよ?」
「それは皆んな同じです。」と言おうとしたが引く時は引く男の北川 歩。将棋では後ろに下がれないが引き際が大事な時ぐらいは分かるつもりだ。体力温存の意味も込めてここはお言葉に甘えることにした。
「じゃあ行くねーって、聞こえないか。」
そう言って虫を触るレベルでゆっくりと伝染に手を伸ばす。喉まで「俺がやりますよ。」
がでかかっている。なんなら口を開けたらそれしか出てこないまである。
ガシャン!
もうどうにもならないことを考えているうちに扉が開いた。俺は引き寄せられるように2人の姿を瞳に映す。その光景だけで、結果は分かったように思えた。
下を向き、小刻みに震える香織。出る時とは明らかに違う、脱力感に包まれたような飛騨先輩。どちらも生気が感じ取れない。一体何を見たのか。何を知ってあんなにも絶望感しているのだろう。答えはもうこの部屋の中にいる。
「痛かったー、、、」
自分の手を見ながらグーパーグーパーと手を閉じたり開いたりしている金城さん以外は沈黙していた。
「おかえり」も「お疲れ」もかけられない。悲しき結果の報告に俺たちは固唾を飲んで構えていた。
「良かった、、帰ってきてくれて、、、」
白銀さんが飛騨先輩の胸に飛びついた。飛騨先輩は「おう、安心して待っててくれて良かったんだぞ。」と力無くそう言った。そして何があったのかを話し出した。
「次の部屋にはあからさまなドアがあったよ。まるで次の部屋があると暗示しているように。ドアは鍵がかかっていて開かなかった。んで、次の部屋にも手紙があった。あとこことは違って丁寧に丸いテーブルに囲まれて、椅子も置かれて合ったよ。7個のな。」
怖かった。少なからず分かることは、出口はなく、希望も消えたと言うことだった。香織は飛騨先輩が話している間、ずっと下を見ているだけだった。
「その手紙の内容、聞いても良いか?」
新玉さんが重い口を開けた。白くて静かな部屋に爆音で嫌な空気が流れる。香織がそっと新玉さんに手紙を差し出す。さっきより二回りほど大きな紙で文字も心なしか小さくなったように感じた。
『今からあなた達、7人にデスゲームをしてもらいます。次にやってもらうのは「投票ゲーム」です。このゲームはあなた達の中から1人、死ぬべき人を選んで貰います。やり方は問いません。ですが最終的には紙に名前を書いて貰い、投票で選んで貰います。このデスゲームで生き残ることが出来るのは1人です。さぁ、デスゲームを始めましょう。』
1枚目と比べ少し分量が多くなっている。こんな説明、されたところで納得できるわけがないのに。
「完全にふざけてやがる。クソが、、」
一角は吐き捨てるようにそう言った。「7人」その言い方も頭に血が上る。こんなふざけたゲームで俺たちは今、何をさせられているのだろう。
「その、投票の紙は合ったのか?」
「見つからなかった。机の上には投票箱みたいに小さな穴があっただけだった。」
新玉さんの問いに淡白に答える。投票用の紙がない?今の話だと記入するためのペンなども無いってことか?考えれば考えるほど分からなくなってくる。
「じゃあ投票なんて出来ないんじゃ無いの?」
白銀さんが現実逃避するように自分に言い聞かせた。
「今はそんな話してる場合じゃ無いと思います。とりあえずここから8人全員で揃う方法を考えませんか?」
桂の声。その通りだ。俺も含めた全員がパニックで問題を見誤っている。どうやって投票するかじゃ無い。どうやってここから抜け出すかが問題なのだ。
「確かにそうだと思うよ!でもどうしようもないじゃん!まだ幸い、時間はあるんだしさ!順序立てて考えようよ!!」
参ったように白銀さんは桂に当たり散らした。でも言い終わって我に帰ったのかすぐに縮こまった。
「大丈夫。俺がいる。」
飛騨先輩が白銀さんの頭にそっと左手を添えた。子供のように撫でるのではなく、左手を優しく包み込むように置いてあげていた。
その場の誰もがカッコいいと思ったが皆等しく口には出さなかった。次の部屋を見てきた本人がそう言える。それは本当に強い人だけが言えるんだと思う。
しかし、「幸い、時間はある」そんな甘いことを考えていたのが間違いだった。これはデスゲームなのだ。
「天井、、こんなに低かったですか、、、?」
「「え?」」
香織の言葉に命令されるように俺たちは揃って天井を見上げた。いや、見上げたなんて言える距離に天井は無かった。もう手を伸ばせば届く距離に天井があった。
「初めからこれぐらいだったよな、、、?」
恐らく初めの高さを知らない一角が声を震わせてそう言った。みんなが望んでいる。これは疑心暗鬼が生んだただの脳の錯覚か何かだと。でもそんなわけなかった。一度部屋から出た香織がそう言っているのだから間違いない。
「絶対に天井は低くなってるな。なんで低くなってるかは多分、、みんなわかってると思うけど。この部屋俺たちが起きた時は高さも横幅も全て同じ長さぐらいだった。でも今は明らかに天井が低い。」
「でも新玉さん。これが最後まで下がり切るかどうかは分からなくないですか?」
俺は考えようともせずそんなことを口走ってしまった。新玉さんに聞いたところで確信的な答えが返ってくるはずないのに。自分でも素っ頓狂な問いだということぐらい分かっている。でも無意識に問うてしまったのは俺の心の弱さだろう。
「デスゲームだぞ。下がり切らないわけがない。」
この一声で俺たちは割り切るしかなくなった。これはデスゲームだと。これは殺し合いなのだと認めざる負えなくなった。
「皆さん、俺が開けるんで、出てください。」
「いや、ちょっと、、」
誰かが俺を止める声、そんなことどうでも良かった。このゲームの名前通り、自己犠牲という名の逃げでクリアしてやるよ。そんな思いが脳裏を駆け巡る。
「おい、待て、!」
飛騨先輩の叫ぶ声。その声に後押しされ、俺は電線の前に膝をついた。大丈夫。まだチャンスはある。次の部屋に行けば、出口が見つかるかもしれない。大丈夫。誰も傷つかないんだ。俺みたいな雑用と裏方役なんて、舞台から真っ先に締め出されるべきだ。大丈夫。次の部屋に行けば、出口が見つかるかもしれない。
パンッ、、、!
誰かが誰かを叩く音、その音と同時に視界が斜めに倒れてゆく。自分が叩かれたことに気づくまで、少し時間がかかった。
「歩!何してんだ!」
「え?、、、」
桂の声に驚き、視線を左上に上げる。怒ると言うか、叱ると言うか、こんなに声を荒げる桂を俺は劇でも見たことがなかった。
「まずはみんなで考えようよ!死に急ぐのはそれからだ!言っとくけどな、まだ一角じゃ劇は成り立たないぞ。」
「劇って、、、なんの話してんだよ。今はそんなこと考えてる場合じゃないだろ。」
「それなら考えさせた歩が悪い。」
桂は口角をニヤッと上げた。俺はその似合わない顔に吹き出すのを我慢した。
体を支えるため地面に触れている右手の甲にそっと冷たい感覚を感じた。俺は反射的に右手を引っ込めてその方向を見た。
「ごっ、ごめん、、嫌だった?」
香織も俺の右手を握っていた、両手を引っ込めて下を向いた。
「いや、ごめん、ちょっとびっくりしただけだから。」
「まずは落ち着こ。大丈夫。みんながいるから。」
香織の声は少し震えていて、自分に言い聞かせているようにも思えた。
「そうっすよ先輩。先輩みたいなアマちゃんは死ぬには早いっす。」
「アマちゃんって、、、」
俺はドヤ顔をしている一角を見て吹き出した。まだ俺は死ねないらしい。なら残りの僅かなこの命、みんなのために使おうじゃないか。
「みなさんすいません。でももう大丈夫です。みんなで脱出しましょう。」
俺は少し首を傾げ、立ち上がりながら微笑んだ。俺の珍しい表情に、新玉さんは少し目を大きくした。演技なんかじゃないけど、みんなと同じ舞台に立てたら、幸せだろうなと不覚にも思ってしまった。
しかし状況は悪化する一方だった。もう新玉さんは腕を曲げた状態で手を上げても天井に着くほどの高さになってしまった。ここで一度寝てしまったらもう目を覚ますことはできないんだと思う。
さっきのおかげで前向きになれた俺でも、心が折れかけていないと言えば嘘になるし、ずっと励ましている桂や飛騨先輩のメンタルは到底計り知れるものではなかった。
「正直もうそろそろやばいぞ。」
飛騨先輩が天井を眺め、手を伸ばした。しかしそれは伸ばしたと言える距離にはなく、あと数センチ下がれば飛騨先輩と新玉さんはしゃがむ必要があるんじゃないかというレベルだ。無論俺も人の事ばかり気遣っていられる余裕はない。
「ねぇ、、どうしよう。」
白銀さんが飛騨先輩の腕を掴む。飛騨先輩は「暑苦しい。」と言うような顔で腕を振り払った。さっきの言葉はどこへ行ったのやら。
誰も白銀さんの問いに答えることが出来ない。ただ、その沈黙が空気を重くし、天井を下げる。
「もう無理、、私、、怖いよ。、、」
金城さんが床に膝をつき、崩れ落ちた。コンッと言う音が静かに響く。音が伝わるように不安も広がっていった。
「お願い、、誰か、、やだよ、、死にたくないよ。まだやりたい事だっていっぱいあるの!ねぇ、お願い。」
白銀さんが金城さんの不安を受けたかのように泣き出した。俺はそんな白銀さん達をただ冷徹に見つめることしかできなかった。
「落ち着け、やりたい事があるのはみんな同じだ。だからみんなで考えるんだろ。」
「うるさいッ!分かってるよ、、、でももう無理だよ。みんなで考えて何も出来なかった、、だから諦めよ。」
飛騨先輩は慰めようと頭の上に手を置こうとしたが白銀さんはその腕をはたいた。
「拒絶」と言う言葉が頭をよぎった。飛騨先輩は、はたかれた自分の手を少し見たあと何事もなかったかのように白銀さんの背中をさすった。
もう見ていられなかった。誰も慰める気力も余裕もない。一番楽な逃げ方をしてごめんと言いたい。しんどい思いをさせてごめんと言いたい。でもその言葉は腹の奥にこびりついて出てこなかった。
俺は少ししゃがみながら電線の方へと寄って行った。
「皆さん。すみませんさっきの言葉を無かったことにしようとかいう気はありません。ただ、みんなの気持ちを聞けて良かったです。」
俺は振り返り、思ったことを口にした。みんなは悟ったらしく、俺と目も合わせることなく背中を向けた。「最後」この言葉は敢えて使わなかった。使いたく無かったから。
もう一度振り返り「いきます」と呟いて電線を握った。鼻水を啜る音。みんなが歩いてゆく音、自分の涙。色んなものが混ざり合って、痛覚も無く、開いた音も聞こえなかった。
ガシャン!
みんな、行ったかな。俺は後ろに倒れ込んだ。もう体が動かない。瞼を開くので精一杯だった。寝転んだままでも手を伸ばせばもう少しで届きそうな距離に白い空がある。
俺は瞼を閉じようとした。その時服が引っ張られたような感覚があった。体が痺れてわからないが視界が動いている。服が地面と擦れる音がする。
「え?、、」
「お前はまだ死ぬべきじゃない。」
「なんで、、出たんじゃ、、、」
「無駄口叩けるなら大丈夫そうだな。」
もう天井が近い。俺の動かない体を無理やり引っ張っている。しゃがんだままでももう背中に天井が当たっている。そんな状態で俺は出口の前まで連れてこられた。
「頼むから俺を無駄死にはさせるなよ。」
しんどい体制で歩いているから足音がよく聞こえる。少しずつ、それでも、どんどん離れていた。
「ダメです!早く戻って!」
「もう間に合わねぇよ。」
俺は残った力を振り絞って首を持ち上げた。腰まで上げれば頭が天井にぶつかるほどの高さ。俺を見て、こう言った。
「千代を守ってくれ。頼んだ。」
「飛騨先輩、、」
ガシャン!
俺は桂に腕を引っ張られそのまま始めて次の部屋の扉をくぐった。しまった扉のこちら側には黒い線はなく、本当にただの壁にしか見えない。俺はその壁に泣きじゃくりながら香織に背中をさすられるのだった。
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