第33話「これが祇園を殺す技!」

「キャンセルしにきたのか?」

「ご挨拶だな」


 鉄板みたいなドアをあけた五十郎を出迎えたのは、いつもと同じ鈴木の質問だった。


「このあいだ、『いまはまだ』とか抜かしていたじゃあねえか……気を持たせやがって、いまはどうなんだ?」


 コンクリート打ちっ放しの事務所に、変わったところはない。一組の事務机と椅子があるだけだ。その椅子に深く座ってタブレット端末を操作している鈴木にも、変わったところはない。紺色のスーツをちょっと着崩しているくらいだ。


「キャンセルはしない」

「ご挨拶だな」


 五十郎が答えると、鈴木はタブレット端末を見たまま、肩を僅かに上下させた。どうやら、はなから全然期待していなかったようだ。


「じゃあ、なにをしにきたんだ?」


 鈴木はない。ゲームに集中しているのだろう。五十郎に興味がないのだ。ゆえに、まずは興味をかねばならぬ。


「あんたに、おれを殺す口実を用意してやる」


 鈴木は自動追尾カメラのレンズみたいに目玉だけを動かして、瞳孔に五十郎を映した。


「おれを殺したいだろ? 殺せるものなら。おれがキャンセルしないから、小遣い稼ぎがとどこおっているんだものな?」

「ちったあ……」


 食い気味に言いながら、鈴木は椅子の背もたれから背を離し、事務机にタブレット端末を置いて、左手で頬杖を突いた。右手はまだ、タブレット端末の画面上にある。


「『忍法五車ごしゃの術』が上手くなったな……で?」

「おれの練習に付き合え……祇園を殺す技の練習に」

「笑い草だな。まだ、そんなことを言ってんのか……ただ、春の夜の夢のごとし。それがどうして、おまえを殺す口実になる?」

「笑い草だな。まだ、わからないのか? 『忍法混凝土遁こんくりとん』で、おれを殺しにかかっていいって言ってるんだ」


 鈴木の右手が止まった。

 にわかに戦慄せんりつが走る! 五十郎は叫んだ!


「ただし、条件がある!」


 直後、五十郎はつんのめって、バランスを崩した。足元を見れば、右足の下の床が足の裏の形に陥没している。顔を上げれば、床から生えたコンクリート製の拳が、振り下ろす先を探して震えながら床に沈んでいっていた。『忍法混凝土遁』だ! 油断も隙もあったものではない。


「聞くだけ、聞いてやろう」


 鈴木は両肘を事務机に突いて、組んだ手の上に顎を乗せていた。


「おれを殺しにかかっていいのは、あんたが『忍法混凝土遁』でつくった人型の人形だけだ。ほかはダメ! 床を陥没させるのも、床や壁や天井から腕や脚だけを生やすのもダメ! 練習にならないから、ダメ!」


 五十郎は床から足を引っこ抜きながら、念を押した。『忍法混凝土遁』の応用力たるや、容易ならざるものがある、と思いながら。

 鈴木は組んだ手の上に顎をねじり込むように首を振り、呆れたように言った。


「注文の多い養殖者だな……」

「安心しろ、あんたを食い殺しやしない。それに、悪い話じゃないだろ? あんたは練習中の事故で、おれを殺せるかもしれないんだからな。本当の依頼人への言い訳も立つ」


 鈴木は声もなく笑った。


「おまえ、おれをなめてるだろ?」


 スポンジから型を抜くときのような音がした――左右から。


 その正体いかにといえば、水底みなそこより浮き上がるかのよう、壁より抜けでて立ち、がらんどうを殿堂ならしめる裸像六点、いずれ劣らぬ肉体美をあらわす。さもありなん、その根源の祇園鐘音に発すれば。記憶の型にて像をる、あっぱれ『忍法混凝土遁』。


「……あ、悪趣味な真似を!」


 右に三体、左に三体! 合わせて六体の祇園人形に囲まれて、五十郎はうめいた!


「よかれと思ってこしらえてやったのに、なんたる言い草! 祇園を殺す技の練習をしてえんだろ? なら練習相手も、せめて形くれえは祇園じゃなくっちゃあな!」


 実のところ、鈴木の口上は途中から五十郎の耳に届いていなかった。見れば見るほど、六体の祇園人形のできのよさが感じられる一方、つぎからつぎへと由無よしなごとが浮かんできて、五十郎はそれどころではなかったからだ。


 1/1スケールの祇園鐘音人形……凄い再現度だ! 色以外、何度か見た、祇園の白い裸身とほとんど同じ……

 ということは、鈴木も祇園の裸を見たことがあるのか!? いつ、どこで、どういう状況で!?

 ……そうだ、『忍法祇園梵鐘ぼんしょう』が発動したときにちがいない! 『あの路地』でも、祇園は『忍法祇園梵鐘』のせいで服まで塵になって、裸になってしまっていたじゃあないか! なんたる欠陥忍法! なにかにつけてひとをあせらせやがって、いい加減にしろ!


「さあ、練習をはじめようじゃねえか!」


 鈴木の嘲笑が、五十郎を現実に引き戻す!

 気づけば、六体の祇園人形のうち四体が、それぞれ五十郎の前後左右に立っていた。前後の人形の後ろには、さらに一体ずつが立っている。包囲網に穴があいたときにカバーするためであろう。


「安心しろ、『忍法祇園梵鐘』は使えねえからよ!」

「使えて堪るか!」


 その言葉を合図に、前方の祇園人形がコンクリートの強度を感じさせない、しなやかな身のこなしで間合いを詰めてきた。

 五十郎は右手をまえに出し、半身になって待ち受ける。

 この祇園人形の攻撃をどうさばいても、ほかの祇園人形がその隙を突いて攻撃してくる。その連携にコンマ一秒の遅れもないであろうことは、容易に想像できる。鈴木がすべての祇園人形をコントロールしているのだから。

 五十郎は覚悟を決めた。


 鈴木は『祇園を殺す技』を信じていない。

 だからいま、五十郎を全力――ではない気がするが、とにかく殺しにかかっている。

 逆に言えば、鈴木に『祇園を殺す技』を信じさせることができれば……


 前方の祇園人形の右正拳突き! 堂にったる腰の切り!

 五十郎は右足で左斜め前に踏み込みざま、右腕を曲げた。

 右正拳突きの側面に右肘を当て、捌く。

 その勢いのまま、腰を左に捻りながら落とせば、前のめりになっている祇園人形に、五十郎の背中――『面』が向いた。

 五十郎の脳裏に、旧世紀の格闘ゲームのプレイ動画がよみがえる!

 五十郎は右足で床を蹴り、


「これが祇園を殺す技! 鉄山靠てつざんこう――」


 前方の祇園人形に背中からぶつかった!

 これぞ、五十郎と見物人たちが会議の果てに見出した『祇園を殺す技』であった!

 五十郎と祇園人形は対向! よって、祇園人形から見た鉄山靠の攻撃速度には、祇園人形の攻撃速度が加算される! そして、背中という名の『面』による打撃! その威力いかにといえば、


「――だああああっ!?」


 五十郎は技を繰り出したはいいものの、はじめてゆえ残心を取ることができず、その勢いのまま前方に倒れ、転がってしまった。うつぶせの状態で止まったので顔を上げれば、目のまえには事務机。さらに視線を上げれば、鈴木の冷ややかな目……


貼山靠てんざんこうだ」

「……え?」

「その技の正式名称だよ。なんで鉄山靠とまちがえられる――あるいは、混同されるようになったのかは、諸説あるがな」


 五十郎は『忍法火遁の術』が暴発しそうな感じがした。いまの彼は隙だらけ、まもなく六体の祇園人形から総攻撃を受けて死ぬ定めにあるのだから、いっそのこと、この体温の上昇を利用して『忍法火遁の術』を使い、焼身自殺を遂げようかとさえ思った。

 しかし幸いにも、五十郎の頭はすぐ冷えた。


「いいんじゃねえか?」

「……え?」

「祇園を殺す技だよ。完成度は最大限好意的に解釈して1%ってところだが、それでこれだからな」


 鈴木がそう言って、顎をしゃくって五十郎の後ろを示したからだ。

 釣られて振り向けば、四体の祇園人形が見えた。

 二体減っていた。

 五十郎の鉄山靠――もとい貼山靠が直撃した一体が砕け散りながら吹き飛び、それに激突したもう一体も、粉微塵になったのだった。

 そしていま五十郎の目のまえでさらに三体減り、一体になった。四体が融合して、一体になったのだ。その意味するところは明白だった。

 五十郎は鈴木に向き直った。鈴木は五十郎を見下ろしたままだった。彼は右手で手招きをして、言った。


「立ちな。練習に付き合ってやるよ……おまえが死ぬまで」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る