第34話「『七草』は関係ない」
数時間後!
「ま、待った!」
「ああ? なにを
「終わりだ、終わり! 今日の練習はもう、終わり……!」
五十郎の周りにはバラバラ死体さながら、彼が破壊した石像の頭や手足が転がっている……と思いきや、それらはひとりでに転がって集まり、元の形に戻ろうとしはじめた。
ま、まだやる気か!?
五十郎はぎょっとした。
『練習に付き合ってやるよ』――鈴木の言葉に嘘偽りはなかった。五十郎はあれからずっと、鈴木が『忍法
勿論、『おまえが死ぬまで』という言葉にも嘘偽りはなかった。鈴木が
だからこそ、意味がある。
とはいえ、このまま続けていたら、まちがいなく死ぬ。なにせ、五十郎の疲労は
そういうわけで『待った』をかけた五十郎であったが、彼自身の耳には、その言葉はむなしく響いた。鈴木には、『待った』を聞く理由がないからだ。鈴木はこのまま、練習を続行するだろう……五十郎が『死ぬまで』。
はやまったか……? 体力があるうちに、逃げておくべきだったかもしれない。
五十郎はそう思い、またもや覚悟を決めた。
「……まあ、いいだろう」
が、しかし! あにはからんや、鈴木は同意! いつのまにか修復が完了していた祇園人形も、底なし沼にはまった自動車みたいに、無音で床に沈みはじめる。
「えっ?」
「続けてえのか?」
祇園人形が
「続けたくないです!」
「じゃあ、さっさと帰れ」
そう言うと、鈴木は『
「……おれが死ぬまで練習しなくていいのか?」
鈴木、タブレット端末を操作しながら答えて
「おまえが死ぬまで練習するとも。おまえが『忍法祇園
五十郎がぽかんとしていると、鈴木が呆れたように補足する。
「そりゃ、そうだろ。貼山靠が祇園に直撃したら、おまえは死ぬ。祇園が死ぬかどうかはわからねえが、おまえはまちがいなく死ぬ。『忍法祇園梵鐘』で
「いや、そうじゃなくって……おれを殺さなくていいのか?」
鈴木は五十郎に横目をくれた。
「殺されてえのか?」
「殺されたくないです!」
五十郎は死にかけのセミみたいに、仰向けのままじたばたして鈴木から遠ざかった。それで気がついたが、事務所内からは、練習の痕跡――五十郎が踏み砕いた床や、破壊した祇園人形の欠片――はすっかり消え失せていた。どうやら、本当に今日の練習は終わりらしい。
「まえに言っただろ? クソにはクソの――依頼仲介業者には依頼仲介業者の信用があるんだよ。おまえが望んだ練習でおまえを殺しちまったら、過失致死。だが、おまえは『練習は終わり』だと言った。いま殺しちまったら、殺人だ。そんな真似をしたら、信用を失うからな」
五十郎は、鈴木の説明を理解することはできたが、納得することはできなかった。しかし、それでよいのだろうとも思った。
「わからねえってツラをしているな?」
鈴木は、そんな五十郎の心中を
「おれに言わせりゃあ、おまえのほうがわからねえがな」
五十郎はむっとして問う。
「なにがわからない?」
「おまえはいま、死ぬために頑張っているんだぜ?」
それは、
「さっきも言ったが、貼山靠が祇園に直撃したら、おまえは死ぬ。それなのに、おまえは貼山靠の練習をしている。わからねえな? 万にひとつ、祇園を殺せて『七草』になれたとしても、死んじまってちゃあ意味がねえだろうに」
……五十郎は
『七草』になってはじめて、元が取れると思っていた。
忍学で犠牲になった人生の元が取れると。
いまでもそう思っている……『七草』になったあと、やりたいことがあるのかどうかは、まだわかっていないけれど。
「『七草』は関係ない」
「……なに?」
だが、ことここに至って、五十郎は認めざるを得なかった。
もはや『七草』は関係ないのだ。
その理由のひとつは、自覚できていた。
おのが人生の元を取れぬことよりも、あの地獄の日々が無駄になることよりも、恐れるべきことがある。
この世界の『都合』に、未来永劫、祇園鐘音が生殺しにされつづけることだ。程度はちがえど、同じく『都合』に呪われた天堂五十郎に見過ごせることではない。祇園鐘音が、『都合』に呪われていることにさえ気づいていないとあっては。
五十郎には祇園が、家庭内暴力に晒されながら、その異常性を知らぬがゆえ、自然なものとして受け入れている子どものように見えていた。
かつて祇園に
「じゃあ、なにが関係あるんだよ?」
「……」
史上、これほどまでに答えにくい質問があろうか!
「それは……祇園に借りがあって……あいつ、死にたがってるし……それはもう、どうしようもなくて……おれにも、ちょっとだけ似たような経験があって、どうしようもないのもわかるから……それなら、殺してやりたいっていうか……そのためなら、命を賭けてもいいかなって……?」
しかし、五十郎は途切れ途切れながらも、頑張って答えた。鈴木は
改めて言葉にしようとすると、まだなにか言語化できていないことがあるような気がしたが、いまはこれが精一杯だった。
「わははははははははははは!」
鈴木はたちまち
鈴木、
「お、おまえ……おまえ、マジかよ!? もう思い残すことはねえってか!? あとは祇園と心中するだけだって!? 祇園に冥途の土産でももらったのかよ!? その土産の名は、ひょっとして……思い出!? エッチな思い出ですか!? そうとは知らず、悪かった! おれのつくった人形で、思い出させちまったか!? なんなら、ひとつお持ち帰りするか!? いや、帰ったら本物がいるんだったな! 今夜も思い出、つくるんですか!? あやかりてえなあ! わはははははははははははは! はっはっはっはっはっはっはっ……!」
五十郎は鈴木の下ネタを無視して、事務所を辞した。ただ、「思い出」という聞き慣れない単語だけは、やけに耳に残った。
遠く、鈴木の笑い声が響くなか、五十郎は雑居ビルの狭い階段をおりながら思った。
この日々は『思い出』なのか……?
そして時は流れる。
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