第32話「『スラムダンク』! 『超必殺技』! 『ブレイクスルー』!」

 さて、その後、芝生広場で車座になって、サブカルティストたちが撮った複数の動画をi窓あいまっどの情報ウインドウで同時再生し、スローにしたりコマ送りにしたりしながらああだこうだと話しているとき、バスケットマンたちが言った。


「ディフェンスもオフェンスも申し分ない!」

「つぎはシュートだな!」

「天堂がスラムダンクを叩き込むところが観たい!」


 ……彼らは『祇園に強烈な一撃を当ててやれ』と言っているのだろうと、五十郎は推測した。

 そうしたいのはやまやまだが、問題はやはり『忍法祇園梵鐘ぼんしょう』だ。触れたものみな分解し、塵へと変えるあの力!

 恐らく、致命的な攻撃や状況を察知すると、自動的に発動するのだろう。これまでの五十郎との戦いで一度として発動していないのは、彼が一度として、致命的な攻撃を繰り出せていないからに過ぎない。


 しかし、バスケットマンたちの言うとおりだ。いずれは繰り出す必要がある――祇園を殺すために。致命的で、かつ『忍法祇園梵鐘』でも防げぬ『スラムダンク』を。


 問題は、五十郎にそのような技の心当たりがないことだった。なにせ、マシンピストルのフルオート射撃も、至近距離で使われた『忍法毛暗器へあんき』も通じないのだ。

 五十郎は、女性陣に囲まれてちやほやされている祇園を見た。祇園はママ友のひとりから水筒を受け取って、中身を飲んでいる。また『はじめて』をたしなんでいるようだ。


 ……祇園に聞いてみようか? いままでに、もっとも命の危険を感じた……いや、死ねるかもしれないと思った攻撃を。


 五十郎はすぐに、このアイデアを却下した。祇園は、いままでのすべての戦闘をつぶさに憶えているにちがいない。しかし、それぞれの戦闘で自分がどう思ったかは、憶えていないだろう。どうでもいいからだ。忍者は見聞きしたものは忘れないが、自分が言ったことや感じたことは忘れがちである。

 それに、仮に祇園が憶えていて『かようかようの攻撃だ』と回答したとしても、それが役に立つとは思えなかった。かつて有効だったその攻撃は、いまはもう『忍法祇園梵鐘』の全自動戦闘プログラムに記憶され、対策を講じられているにちがいないからだ……

 ……五十郎は沈思黙考ちんしもっこうを終えたとき、妙なことに気がついた。見物人たちの視線が情報ウインドウではなく、自分に向いているのだ。おまけに、ある者の目は真面目腐っている一方、ある者の目はニヤニヤしている。


「な、なんだよ……」


 五十郎が居心地の悪さを覚えてうめくと、男子大学生のひとりが、右手の人差し指と親指で眼鏡のつるをつまんで位置を直しながら、尋問じんもんするような調子で言った。


「天堂さん……なにかありました?」

「な、なにか? なんだよ、急に?」

「だって、目がいままでとちがうんだもの」

「……は!?」


 五十郎は隣のサブカルティストからスマートフォンを奪うと、自撮りモードにして自分の顔を映した。いつもの自分の目だったので、五十郎は抗議した。


「同じだろ!?」

「そうじゃなくって……祇園さんを見る目が」

「は!?」


 五十郎は見物人たちを見渡した。みんな、うんうんと頷いている。一体なにがどうちがうのか? 五十郎は気になって、代表者たる男子大学生を見て説明をうながしたが、彼は全然ちがうことを言った。


「もしかして、天堂さん……やりました?」

「……なにを?」


 男子大学生は、右手の親指で眼鏡の右端を、人差し指で左端を押さえて位置を直しながら、詰問きつもんするような調子で言った。


「そりゃ、ナニをですよ」


 五十郎は質問の意図を理解するのに、数秒を要した。


「……ば、ばかな!? なにを言っている!?」


 五十郎の狼狽ろうばいは、ひとびとの心のなかでくすぶっていた火に油をそそいだ!


「だから、ナニですよ!」

「エッチ!」

「むっつりスケベ!」

「青少年保護育成条例違反だ!」

「二年以下の懲役または百万円以下の罰金!」

「いや、ふたりは真摯しんしな交際関係にあるのかもしれませんよ!」

「それなら不起訴になるかもしれませんね!?」

「そこのところ、どうなんですか!?」

「証拠を準備しなければ!」

「最高の弁護団を用意しますよ!」


 五十郎は一度でも彼らに感謝した自分を愚かしく思った!


 このクソばかどもめ、なんてことを言いだすんだ!? 女性陣の耳にも届いてしまっているようだ、視線が痛い! あっ、ママ友たちが祇園を心配して話しかけている! おれのほうをちらちら見ながら! おれは無実なのに! そもそも祇園は未成年じゃあないのに!

 とにかく、さっさと話題を変えなければ! なにかないか、このばかども全員の興味をくような話題は! そ、そうだ!


「そ、そんなことはどうでもいいだろ! それより、知恵を貸してくれ! 祇園を一発でノックアウトできるような技に心当たりはないか!?」


 火勢が弱まった。五十郎は好機と見て、


「『スラムダンク』! 『超必殺技』! 『ブレイクスルー』!」


 彼らに馴染み深い単語に置き換えて訴えた。

 すると、大学生が首を傾げた。


「……夜の?」

「昼のだよ!」


 そういうわけで、会議がひらかれた。五十郎が主旨を述べる。


「みんなも知ってのとおり、おれはまだ一度も、祇園に有効打を当てられていない。でも、そう遠くない未来、そのチャンスを引き寄せるつもりだ。

 。祇園には、同じ技は通用しない可能性があるからだ……

 はい、どうぞ」


 サラリーマンのひとりが挙手したので、五十郎は発言をうながした。


「その技の要件はなんでしょうか?」

「そうですね……」


 五十郎は情報ウインドウで動画投稿サイトにアクセスし、検索して、


「……少なくとも、これより速い必要があります」


 マシンピストルのフルオート射撃の動画を見せた。本当は『忍法髪暗器』の毛が伸びる速度と言いたいところだったが、共有できないので、やむを得ない。


「それから、一点集中の攻撃ではなく、面の攻撃である必要があります」


 マシンピストルの弾丸も『忍法髪暗器』の剛毛も『忍法祇園梵鐘』に阻まれて、祇園にダメージを与えることはなかった。共通するのは、どちらも一発一発、一本一本は点の攻撃であることだ。五十郎は、面の攻撃のほうがまだ可能性があると考えた。


「銃弾より速い攻撃か……」


 バスケットマンがお手上げのニュアンスで呟く。

 いくらなんでも、無茶振りが過ぎたか?

 と五十郎が思っていると、大学生が挙手して言った。


「でも、ニュートン力学では、あらゆる速度は相対速度ですから! ものすごい速度で突っ込んできた祇園さんに、天堂さんがものすごい速度でカウンターを決めれば、それは祇園さんにとってはもう、ものすごい速度になりますから! 銃弾より速い攻撃と言えますよ!」


 それに応じる挙手あり! サブカルティストだ! 目を輝かせている!


「それなら――」

「待った!」


 五十郎はサブカルティストの口をふさいだ。そして、三尺四方にしか聞こえぬ忍者の声音で言った。


「祇園は地獄耳だ。その技の動画はないか? ある? ならミュートにして、みんなで見てみよう」


 サブカルティストがkypeけわいぷのグループチャットに動画のURLを貼る。

 そのサムネイルいかにと見れば、色鮮やかな2DCG――山水図のごとき景色を背に立つ、筋骨隆々たる男性ふたりのドット絵であった。旧世紀の格闘ゲームのプレイ動画のようだ。再生時間は短い。

 見物人たちが見守るなか、五十郎はURLをタップし、動画を再生した。


「……こ、これは!? この技は――!?」


 ……動画を視聴し終えた面々は、目配めくばせを交わし合い、頷き合った。多くを語る必要はなかった。互いに互いの口元が緩んでいることを見て取ったからだ。全会一致で、サブカルティストの提案が採用された瞬間だった。


 これだ! この技だ! この技なら、祇園を殺せるかもしれない!


 そう思った五十郎の胸に、忍学在学中に行方不明になって以来、ずっと忘れていた感情が訪れた。罪悪感である。

 見物人たちは、五十郎が祇園を殺そうとしていることを知らない。夢にも思っていないだろう。つまり五十郎は、彼らを騙して、祇園暗殺に協力させていることになる……


 妙だな、と五十郎は思った。いままでのアサニンのキャリアにおいて、暗殺のために他人を騙したことなど、いくらでもあったからだ。なぜいまになって、罪悪感を思い出したのだろう……?


「あとは、練習あるのみだな!」

「え?」


 五十郎の自問自答は、バスケットマンの言葉によって中断された。


「練習だよ、練習」

「ぶっつけ本番、ってわけにはいかないだろ?」


 最後のバスケットマンは、人差し指の上でボールを回しながら、


「反復練習あるのみだ……おれも、旧世紀のバスケ漫画に影響されて一週間に二万本のシュートを打ったら」


 と言うと、振り向きざま、ジャンプシュートを打った。遠く、金網の向こうのバスケットゴールに向かって、ボールが大きな弧を描く。その行方を見届けることなく、彼は五十郎に向き直って顎をしゃくった。


「これ、このとおり」


 ボールはリングの中央を通り抜け、ゴールネットを波飛沫なみしぶきみたいに揺らした……




 練習!

 反復練習!

 言われてみれば、そのとおりだ。

 しかし一体、どこで誰を相手に練習すればいいのか?

 当然、祇園相手に練習するわけにはいかない。手のうちをさらすことになるからだ。

 だが、ほかにあてはない。

 そもそも、練習なんてできるのか? 祇園を殺す技の練習だぞ? まちがいなく、練習中に相手を殺してしまうだろう。


 ……いや、いた。

 ひとりだけ、いた。練習相手をつとめられるやつが……


 だが、しかし……

 でも、背に腹は……

 と、いえども……




 ――翌日の昼下がり!

 五十郎はひとり、新宿区歌舞伎町の雑居ビルのまえにいた――クソにも劣る依頼仲介業者にして『忍法混凝土遁こんくりとん』の使い手、自称鈴木と五度相見あいまみえるために!

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