第22話「いまはまだ」

「わかったか?」


 祇園を殺すためには、祇園のことを知る必要がある。その一環として、祇園暗殺の理由を知りたい……

 そう考えてから早数日、すったもんだのすえ、ついに念願叶って祇園暗殺の理由を知ることができた五十郎であったが、その真実が彼にもたらしたのは、むしろ反動であった。

 五十郎は困惑する!


 な、なんてこった!

 祇園は、あいつは……

 

 生まれてこのかた、誰からも利用されつづけてきただけなのに――核ミサイルからこの国を守りさえしたのに――いまや誰からも邪魔者扱いされ、死を望まれている!

 

 ま、まさか!

 まさかこの仕事が!

 

 ……だが、いまは知った。

 それで……どうする?


「おい! わかったか? と聞いているんだぜ!」


 大きな音が、五十郎を現実に呼び戻した。

 見れば、いつのまにか床から五本目の腕が生えていて、事務机を叩いていた(ちなみに、ほかの四本の腕はいまも五十郎の四肢を掴み、彼に長座体前屈みたいなポーズを取らせている)。

 事務机のへりに座る鈴木が、呆れた様子で繰り返す。


「わかったか? おれが『本当の依頼人が誰かなんてどうでもよくなる』って言った意味がよ」

「……」


 五十郎は沈黙をもって肯定の代わりとした。鈴木は満足げに頷きながら、答え合わせをするように続ける。


「やつは不発弾みてえなものなのさ。いつ、なにがきっかけで爆発するとも知れず、爆発したら最後、なにもかもが炎上して灰燼かいじんに帰す。誰もが処理してほしがっている。誰もが同じ理由でな。だから、誰が依頼人でも同じこと……」


 鈴木が一拍置くと、五十郎の視線の高さが上がった。自動車整備用リフトが自動車を持ち上げるように、彼の四肢を掴む四本のコンクリート製の腕が彼を持ち上げたのだ。


「そして、誰が依頼されても同じことだ。誰にもやつを処理することはできねえんだからな。わかったか? こいつは、おまえの手には負えねえヤマだってことがよ。わかったよな? わかったなら――さっさと依頼をキャンセルしろ!」


 その怒号を合図に、四本のコンクリート製の腕が植物を想起させるしなりを見せ、五十郎を事務所の外へ投げ捨てた!


「……ん?」


 しかるに、つぎの瞬間、鈴木の視界に入ったのは、床に散らばるコンクリート片だった。『忍法混凝土遁こんくりとん』の成れの果てである。その中心では、五十郎が二本の脚で立ち、残心を取っていた。

 一体なにが起きたのか?

 五十郎は、彼の四肢を掴んでいた四本の腕が彼を投じるべく手を離すや、逆にそのうち二本の腕を握り返し、自由になった両脚で残る二本の腕を破壊、しかるのち掌中の二本の腕を握り潰したのである。

 祇園に投げられつづけた経験が、はからずも活きたのだった。

 この反撃は予想外であったらしい、眉根を寄せる鈴木に一抹の愉悦を覚えつつ、五十郎は答えた。


「キャンセルはしない……

「なんだと? そりゃ、どういう……」


 鈴木が問いを重ねたときすでに、五十郎はきびすを返している。


「確かめたいことがあるからな……」


 おのれに言い聞かせるように呟きながら。


 そうとも。

 確かめなければならぬ。

 祇園が、おのれを取り巻く窮極きゅうきょくの理不尽をどう受け止めているのか……

 その答えによっては、おれは……

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