第21話「ここでまたもやあらわれましたる忍法者こそ、我らが祇園鐘音!」

 このあいだは、どこまで話したか……そうそう、核戦争が起きて世界は滅んだが、日本だけは忍者のおかげで生き残ったってところまでか。


 戦後まもなく、政府は忍者の抹殺をはかった。『狡兎こうと死して走狗そうく煮らる』ってやつだ。江戸時代がしのばれるぜ。


 そりゃそうだよな? 政府が忍者と手を組んだのは、核抑止力に代わる力を得るためだ。世界が滅んで抑止力が不要になった瞬間、忍者も不要になったってわけよ。

 まあ、理由はそれだけじゃねえがな。やつらは、忍者が……天然者が恐ろしくなったのさ。核兵器でさえ殺せねえ存在が。


 政府は在野の天然者を一箇所に集めて、一網打尽にしようと目論んだ。

 どうやって集めたかって? 忍法者は腕比べが好きだからな……

 さて、天然者たちがのこのこやってきたところに、政府は子飼いの忍者――服部家と養殖者と自衛隊を投入し、これを殲滅せんめつしようとした。

 だが、たったひとりの忍者に返り討ちにされた……そう、祇園だよ。

 やつの『忍法祇園梵鐘ぎおんぼんしょう』は無敵だ。服部家も養殖者も自衛隊も、ことごとく風のまえの塵と同じ運命を辿った。

 天然者たちは、花吹雪みたいに舞う塵を肴に酒をわしたものよ。ああ、政府のくわだては天然者には筒抜けだったからな。諜報戦もまた、忍者の華。天然者たちは、はなからスポーツ観戦気分だったわけだ。


 この事件を機に、政府と在野の天然者とのあいだで、相互不可侵・不干渉の約定やくじょうが交わされた。仲介したのは、やっぱり服部だ。

 話ははやかった。天然者は、裏切り者のお上に一泡吹かせてやれて満足していたし――天然者にはアウトローが多いんだ――なにより、服部が根回しを済ませていたからだ。殲滅作戦がはじまるまえにな。やつは、作戦は失敗すると確信していたのさ。食えねえ野郎だぜ。

 こうして天然者は、文字どおりのアウトロー――法網ほうもうの外の存在になったわけだ。


 それが祇園となんの関係がある? ってツラをしているな? ひひひ、お楽しみはここからだぜ。


 約定が交わされたあと……天然者は暇になった!

 そりゃそうだ。忍者ってのは戦国時代からずっと、時の権力者に雇われて忍法をふるってきた。現代の権力者と物別れになっちまえば、暇になって当然だ。

 しょうがねえから、天然者たちは忍法を磨く日々に戻った。慶長から平成に至るまでと同じようにな。またいずれ、忍法をふるうべきときが来ると信じて……


 だが、そのときは思ったよりはやくやってきた!

 企業が天然者を雇いはじめたんだ。もちろん、サラリーマンとしてじゃねえぜ……尖兵としてだ。企業間戦争のな。天然者はなにをしたって罪に問われねえし、死んだって事件にもならねえんだから、企業にとって、これほど使い勝手のいい工作員もいなかった。当時はまだ、PNCもなかったしな。

 そうそう、おまえが使っているアサニンギルドは、このときできたんだぜ。いくら企業が天然者を雇いてえと思ってたって、相手は忍者だ。カタギがナシをつけられる相手じゃねえ。そこで、繋ぎをになおうってやつがつくったのよ。


 それまで諜報活動やサイバー戦が主だった企業間戦争は、天然者の参戦によって新たな局面を見せはじめた。

 端的にいやあ、刃傷にんじょうが日常になって、企業は常にてめえの重役たちの命を守る必要に迫られたのよ。


 ここでまたもやあらわれましたる忍法者こそ、我らが祇園鐘音!


 核戦争と例の事件を経て、やつが防衛戦に滅法強いってことは、忍法者もそうでない者もみんな知っていた。

 だから、企業はこぞってやつを重役の用忍棒にした。やつはああいう性格だから、頼まれたら断らなかった。


 そう……『こぞってやつを用忍棒にした』んだよ。どういうことかわかるか? ひひひ……

 やつを用忍棒にした重役はみんな、死ぬか、死にそうな目に遭って、そのたびにやつはお役御免になったのよ。


 みんな、知らなかったのさ……ひひひひひ、祇園は地雷みてえなもんでよ。踏んだら最後、ひでえ目に遭うが……避けて通れば、なにもしてこねえってことをな。


 なぜかって? やつは、ミサイル防衛と防衛戦のためだけに……反撃のためだけにつくられた忍者だったからさ。やつは、自分から誰かを攻撃するとか、誰かを守るとか、そういうことはできねえようにつくられたんだ。そんなことをしたら、それだけ反撃の備えが失われるからな。

 だから、やつは用忍棒として雇われながら護衛対象を見殺しにして、クビになった。

 そして、なにも知らない別の企業に雇われて……また、護衛対象を見殺しにした。


 これが何度も繰り返された。


 重役を見殺しにされた企業はみんな、祇園の欠陥を外部に漏らさなかったからな。だってよ、知らなかったとはいえ間抜けすぎるし、情けなさすぎるだろ? 大枚はたいて雇った用忍棒が、使えねえどころか、そもそもひとを守れなかったなんてよ。おまけに、強すぎてけじめをつけさせることもできねえから、五体満足で退職してもらうしかなかったなんてよ! そんな話、競合他社に知れたらいい面の皮だ。

 そうそう、競合他社の重役を殺すため、身分を隠し、わざと祇園を用忍棒として紹介するやつもいた。

 とにかくそんなわけで、祇園が用忍棒として雇われなくなったのは、やつが当時のすべての大企業の重役をひとり以上見殺しにしてからだった。


 とはいえ、これで祇園が用忍棒として使えないことは知れ渡ったわけだし、これ以上、やつが経済界を悩ませることはない……


 かに思われた。

 だが、祇園が本当に始末にえなくなるのは、ここからだった。


 おまえも知ってのとおり、忍者ってのは天然・養殖を問わず、てめえが言ったことは忘れても、見聞きしたことは忘れねえ。諜報活動は忍者の本分のひとつだからな。

 そして、祇園もまた忍者だ。

 大企業の連中は、それを忘れていた。


 つまり、祇園を雇ったことのある大企業の連中は、ことここにいたって気付いたわけだ。てめえらの企業秘密や醜聞しゅうぶんが、服を着て歩いているってことにな。


 もちろん、祇園は忍者だから、企業秘密を漏らしはしねえんだが、忍者ならぬ身にゃあ通じぬ理屈よ。

 それに、祇園が忍法にかけられて企業秘密を漏らす可能性があると言われりゃあ、首を横には振れねえ。忍法の可能性は無限だからな。


 最初にこの情報漏洩リスクに思い当たった大企業は、アサニンを放って祇園の口封じを試みたが、核ミサイルでもれねえやつだ、そんじょそこらの忍者に殺れるわけがねえ。ほかの企業も追従ついじゅうしてアサニンを放ったが、同じ結果に終わった。

 ついには、大企業で金を出し合って、祇園暗殺のためのチームをつくり差し向けたが、これも失敗に終わった。そもそも、企業が期待していたほど、手練てだれの忍者は集まらなかったしな。『君子危うきに近寄らず』ってやつよ。


 こんなことを何年も続けているうちに、さらに悪い知らせがもたらされた。

 祇園の姿が、何年経っても変わらねえ――やつに老化のきざしがねえって知らせが、それよ。

 忍法を極めた忍者のひと握りに見られる現象だが、祇園ならさもありなん。これで、自然死も期待できなくなった。


 手詰まりにおちいった大企業の連中の意見は、わかれにわかれた。


 ある連中は、祇園を監視――と言やあ聞こえはいいが、見守ることにした。機嫌をうかがうことにしたと言ってもいい。

 つまり、忍者を雇って二十四時間祇園を監視して、情報漏洩に備えるようにした。

 祇園にらざる刺激があれば、これを排除した。そういう刺激がなんらかの化学反応を起こして、祇園に情報漏洩をうながすかもしれねえと恐れてな。まるで生娘きむすめを持つ男親のごときありさまよ。

 また別の連中は、りずに祇園の暗殺を試みた。忍法の無限は可能性だから、いつかは『忍法祇園梵鐘』も破れるはずだと信じてな。

 当然、こいつは『要らざる刺激』だから、祇園の周りじゃあ、大企業が雇った忍者同士が相争うことにもなった。

 またまた別の連中は、祇園をリスクとして許容して、その存在自体を無視することにした……


 そうして、いまにいたるってわけだ。

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