第9話 書庫ではやけどに気をつけて



「こ、これは……」

 玄関ホールに足を踏み入れて、リンナは目を丸くした。

 三階分の広い吹き抜けだが、その空間に、細い鉄線がいくつも張り巡らされている。各階どうしを縦に繋いでいるものや、吹き抜けを横断するものなど縦横無尽である。


「あれらは、城内で荷物などを自動で輸送するのに使う」

 見ろ、と指し示された方向にリンナは目を向けた。

 ちょうど右手の方から、何やら大きな籠が鉄線に吊るされたまま通路から出てくる。二階の高さである。

 リンナたちが見守る前で、籠は音もなく頭上を通過し、三階の通路へ吸い込まれていった。


「あれは、今日の洗濯物です。洗い場で自動で洗濯された後ですね。これから陽当たりの良いテラスまで洗濯物が運ばれるので、わたしがそれを干します」

 リピテが指をさして言う。

「それでは、わたしはここで失礼いたします」と、彼女は洗濯物が運ばれていった方へと歩いていった。


 どうやらこの城は、炊事や洗濯、掃除などの保守管理の大部分が自動化されているらしい。

「便利なおうち……」

 近くに張られていた鉄線を指でつつくと、アルラスが身をかがめた。

「間違っても、自分を運んでもらおうとぶら下がらないようにしなさい」


 加えて嫌味ったらしく囁くことには、「重量オーバーだからな」と。


「じゃあ、改修してください」

 甘えるふりで脇腹に肘鉄を突きこめば、アルラスが口の中で罵詈雑言を唱えた。一瞬だけ思い切り睨まれる。

「……改修したとて、手間がかかる割に得られるメリットが少ない。そもそも、これの移動速度は人が歩くよりも遅いぞ」

 確かに、それならわざわざ人の移動に転用する必要もなさそうだ。



「だいたい、君が一番気になっているのは、うちのハウスキーピング術じゃないだろう?」

 耳打ちされて、リンナはぴくりと眉を上げる。そうだ、このお城には、呪術に関する資料がたくさんあるって……!


「ヘレック、荷物を頼む」

 アルラスの言葉に、彼は頷いてリンナの鞄を受け取った。ロガスの姿は既になく、玄関ホールに二人揃って残される。


 人の気配がないのを三秒ほど確認してから、アルラスが腰に手を当てて深々と息を吐いた。

「……よし、上手く誤魔化せたな」

「いえ、酷い演技でしたよ。何とかなったのは私のおかげですね」

「減らないのはこの口か?」

「いたぁい」

 頬をつねられて呻く。ぱっと手が離れたと思えば、アルラスはそのまま奥の廊下を指さした。


「さて、書庫へ行くぞ」

 気をつけろ、と真剣な声で言われる。

「何せ、古今東西の魔術書を手当たり次第に集めてある。中には開ける手順を間違うと噛みつくものもあるから、怪しいものがあったら俺に言ってから触りなさい」

 アルラスが何を言っているのか分からず、リンナは中空を見上げたまま固まった。ついにおかしくなっちゃったのかしら?

「噛みつくって、本がですか?」

「そうだ。痛いのも厄介だが、紙に血がついて読めなくなるのが一番問題だな」

「血が出るほど噛むんだ……」

 大真面目な返事に、リンナは引きつった顔で頷く。


 ――どうやら、とんでもない城に来てしまったらしい。



 ***


「元々は食堂と図書館が併設されていた建物だが、間の壁をぶち抜いて、地下を含む計三階建ての書庫にしたんだ」

 渡り廊下を歩きながら、前方に見える建物をアルラスが指さした。

「地下は閉架になっているから、自分では降りないようにしなさい。一階の端末で資料を呼び出せるようにしてある」

「地下って、例の危ない本なんかが置いてあるんでしょう」

「察しがよくて結構」


 木目の綺麗な扉を引いて、アルラスは芝居がかった仕草で一礼した。

「それではお嬢様、どうぞ中へ」

 からかわれているのを感じながら、リンナは仰々しく髪を払い除ける。

「さてさて、いったいどんな程度のものかしらね」と言ってのけた直後に、足が止まる。


 渡り廊下は書庫の二階に繋がっていた。

 視線を向ければ、大きなガラス張りの窓から昼間の陽射しが降り注いでいる。食堂として使われていたのだろう、机が並べられているスペースは吹き抜けになっており、明るい。

 他方、窓から距離を置いて、薄暗い空間に書架がいくつも並んでいる。入口からは、書架の奥行きまでは見通せない。

 古い本のかおり。少し埃臭いような、かび臭いような、静かなにおいである。


 すごい、と思わず唇が動いていた。

(こんなに大きい書庫を個人で所有しているなんて……)

 つと見入ってしまったのをごまかすように、リンナは大げさに咳払いをした。


「こ……この程度の書庫で、私を満足させられ――えっ! あれは、幻の『新米呪術師のための儀式手順入門 第4巻』!?」

「声がでかいぞ」

 思わず書庫へ駆け込みそうになったリンナを後ろから捕まえて、アルラスがため息をつく。


「落ち着きなさい、本は逃げない」

「逃げるものなんです、私の中では。だって私が生まれたときには、呪術の本はみんな焼かれた後でした」

 アルラスは何かを言いかけて黙った。旧都に来てから、彼のこんな仕草を何度も見た気がする。



 書庫の入口で立ち止まり、リンナはアルラスの目を見て呟いた。

「……呪術書の焚書って、誰がやったんですか?」

 彼が二百年前から生きている人だと分かったときから、ずっと聞こうと思っていたことだった。

 アルラスはすっかり黙ってしまう。


「閣下のお兄様が、呪術師によって暗殺されかけて――それで、呪術師は人から忌み嫌われて、本もすべて焼かれたって読みました」

「……ああ」とアルラスは低い声で頷いた。「物知りだな」


 リンナは書庫を一瞥する。静謐で秩序だった空間だ。

「焚書は王家の主導で行われたんですか?」

 アルラスは答えなかった。

 鋭い視線を後ろ頭に感じて、リンナは長い息を吐く。ポケットに両手を突っ込み、わざとらしく気楽に肩をすくめてみせた。


「王弟閣下ともなれば、検閲の目を逃れるのも簡単……と。道理で、珍しい資料が残っている訳ですね。まあ、せめてここに資料が保管されているのが、今となっては救いですが」

 書庫に足を踏み入れれば、ことんと踵が音を立てる。手入れがされているのか、階段は少しも軋まない。


「私、昔生きていた呪術師たちのことが知りたいんです。彼らの書いた言葉が読みたい」

 だって、彼らなら、きっと私のことを分かってくれる。

 だから私はここに来た。


 滑らかな手すりに指を置きながら、リンナは一段ずつ、ゆっくりと吹き抜けの階段を降りてゆく。アルラスは口を挟まない。


「呪術師がただの一人も残らない、徹底的な弾圧。大規模な焚書。呪術師たちは貴族御用達の暗殺者だったって話もある。それまで散々利用してきたくせに、いきなり呪術を根絶やしにするなんてひどいわ。一体だれが、そんなことを始めたのかしら」


 一階のラウンジに立って、リンナは肩越しにアルラスを見上げた。彼はじっとこちらを見下ろしている。


 二百年前から老いも狂いもせずに生きている人。手が温かくて、胸が脈打っていて、口が悪くて態度も陰険で、面倒見が良くて優しいひと。私の知らない時代のことを知っている人。

 王家が抱える最高機密で、その正体を知られてしまえば生きて自由の身にはなれない人。

 私の伴侶。私が殺すひと。



 アルラスの視線を受け止めて、リンナは浅く口角を上げた。頬に手を添え、小指で唇をなぞる。

「――あんまり昔のことを探ると、私、大変なことになったりしないですよね?」


 階段の上、光の射さない書庫の入り口で、彼は静かに微笑んでいた。

 微笑むだけで、答えなかった。



 ***


「おい、待ちなさい、前が見えない量の本を抱えて、そんな……」

 ぶつぶつと小声で独り言を言いながら書架の間を歩くリンナの後ろを、アルラスはずっと心配そうについて回る。その視線は、不安定に揺れる本の山に釘付けだった。

「貸しなさい、こら、危ないからっ」

「嫌です、閣下に渡したら本を焼かれるかも」

「焼かない! 焼かないから寄越しなさい」

「そんな言葉、信じられるとでも――」

 腕の中がふいに軽くなり、リンナは目を瞬いた。驚いてから、すぐに唇を尖らせる。


「あのな」とアルラスは書架に手をついてため息をついた。

「……確かに、焚書はあった。王家が一枚噛んでいたのも事実だし、俺が立場を使って、ここにあるような資料を私的に確保したのも事実だよ」

 革張りの重い本を一冊胸元に抱えて、リンナは上目遣いにアルラスを見る。見れば、思ったより彼は真剣な表情でこちらを覗き込んでいた。


「でもな、それにも事情があったんだ。君の推察通り、君が知るべきじゃない事情だ。俺はそれを墓場まで持っていかなきゃならない。だから、こうして君を頼っている」


 思わずといったように肩を掴まれ、身体が硬くなった。距離を取ろうと半身になって退くが、踏み台に足がぶつかって止まる。


「信じてくれ、頼む……」

 肩を掴んでいた手が力なく落ちて、リンナの肘を緩く握ったまま動かなくなった。

「初めてなんだ。君なら、現状を打開できる、そんな気がする。こんな風に思うのなんて、この二百年で初めてだ」


 深く項垂れるアルラスの、切なげな顔を、リンナは何も言えずに見上げていた。あんまり驚きすぎて声も出なかった。


「閣下、」

 やっとの思いで呼びかけると、アルラスは我に返ったように顔を上げた。ぱっと手が離れる。

「すまない」

 耳元を赤らめ、彼は一歩下がった。「柄にもないことを言った」と、顔を背ける。

「今日の俺は、どうやら変みたいだ」


 困惑しているみたいに視線を彷徨わせるアルラスを見て、リンナは目を伏せた。「ごめんなさい」と呟く。

「今までどんなに探しても見つけられなかった資料があんまりたくさん揃っているから、驚いてしまったみたい。本当は嬉しいんです。でも、少しショックで」

 これほど多くの資料が、一般の人の目に触れられないよう消し去られたのだ。


「それは」とアルラスは言葉を選ぶそぶりを見せた。

 しんと静まった図書館の片隅に、二人の呼吸だけが響く。

「ここにある本は、ずっと君を待っていたんだ。そう思うのはどうだろう」

 そう言って、アルラスが身をかがめた。

「――俺たちは二百年、ここで待っていたんだ」


 気取った言い方で、彼はくるりと踵を返す。机のあるラウンジに向かって歩いてゆく背中を見ながら、リンナは詰めていた息を吐いた。






 背後に回していた片手を、そっと前に戻す。小指だけを立てた右手を見下ろして、彼女は気まずい思いでアルラスを一瞥する。


「……あの人、ちょっと呪いが効きすぎだわ」

 小指を口元にやって、そっと指の付け根に口づける。簡単な儀式をもって、リンナはアルラスにかけていた呪いを解いた。彼は何も知らずに向こうへ歩いてゆく。


 ――魅了の呪い。愛の魔法。

 現存する本にも書かれている、有名なおまじないである。ひとを操れると知った人が真っ先に思い浮かべる呪文。

 小指に口づけて短い呪文を唱えるだけの、ささやかな願掛けも、リンナの手にかかれば強い呪いになる。


 明るい吹き抜けに足を踏み入れて、彼の背中が光に包まれた。葉の落ちた冬の木立が、大きな窓の向こうに見えている。冬の白っぽい光がよく似合う後ろ姿だった。

 暗い書架の間に立ったまま、リンナは音もなく手を下ろした。


 ……こちらは、単身で相手の牙城に入っているのだ。おまけに、きな臭い事情まであるときた。

 何の対策もなしに、丸腰で心を許すと思ったら大間違いだわ。


 小さく独りごつ。

「いざ殺されそうになったら、呪いをかければ良さそうね」


 一息おいてから、「待ってください」とリンナは日向へと足早に駆け寄った。アルラスは資料を広げて待っている。



 ***


「旦那様、奥方様。もうすぐ夕食の準備ができます」

 リピテに呼ばれて、リンナとアルラスは同時に顔を上げた。

 書庫の入り口のところで、小柄な侍女がにこにこと待っている。


 気がつけば、外はもう真っ暗だった。いつの間にそんな時間が経っていたのだろう。机の上はたくさんの資料が散乱し、ノートには何ページにもわたって走り書きがされている。


 熱が冷めやらぬまま、リンナは惚けたようにアルラスを見上げた。目の前の資料はたくさん、まだちっとも読み込めていない。

「すみません、この呪文の解読だけ……」

 資料を抱えて眉を下げるリンナに、アルラスが呆れ顔で腕を組む。


 まったく、とぼやいてから、アルラスは「少ししたら行く」と階上に向かって答えた。はい、とリピテは笑顔で一礼して下がっていった。



 机に片手をついて、アルラスはリンナの手元を覗き込んだ。

「どれが気になってる?」

「呪文のここ、対象を指定する文言だと思うんですが、条件が変なんです」

 ああ、とアルラスが声を漏らした。

「俺に呪文のたぐいはとんと分からないが……確かその呪術なら、もう少し詳しい記述がされた本がある。閉架から取り寄せておこうか」

 そう言って、彼は部屋の隅の端末に近づいた。手前のキーボードで何やら入力しては、横の昇降機を何度も開け閉めしている。動かない昇降機を前に首を捻る姿に、リンナも首を傾げた。


 聞けば、本来なら資料が閉架から昇降機で運ばれてくるはずなのだという。

「しばらく使っていなかったから、どこかで不具合が出ているみたいだ」

 ため息をついて結論づけると、アルラスは腕をまくった。

「本が機構に挟まっていないかだけ確認してくる。ついでに目的の本を探しておくから、君は先に食堂へ行っていなさい」

 地下の閉架に続く階段へ向かおうとするアルラスを、リンナは咄嗟に呼び止める。


「私も行きたいです!」

 ……付き合いは浅いが、この嫌そうな顔は既に百回くらいは見たような気がする。



 ***


「何だか迷路みたいです」

「人が立ち入るように作っていないからな」

 書架と書架の間は、ほとんど肩幅と同じくらいだ。そのくせ高さは背伸びして手を伸ばしたよりも高く、照明も少ない。


 アルラスが高い位置でトーチライトを構え、棚に記された番号を確認する。舐めまわすように光が背表紙の上を走り、遠くの壁がほのかに照らされる。

 伸ばした手の先も見えないような暗さである。


「これ、本棚が倒れてきたら一巻の終わりだわ」

 臆しているのを悟られないように、リンナはわざと平然とした口調で呟いた。

「俺は何度本棚に潰されようが死なないが、君はそうじゃない。一人では閉架に入らないようにしなさい」

「死ぬのは前提なんだ……」

 ぞっとしない気持ちになりつつも、目は自然と題字を追っている。聞いたこともないような単語がいくつも並んでいる。


(呪術以外にも、魔術だったり、昔の文化に関する本もあるみたい)

 脅迫され、半ば連行されてきた城だけれど、ここに来て良かったかもしれない。内心で呟きながら、リンナは頭上を見やった。光が当たらないから見えづらいが、樹形図のようなレールが天井近くに張られている。あれで目的の本を一階まで運ぶのだろう。城内の輸送網と同じ仕組みだ。



「お、あったな」

 と、アルラスが声を上げて天井を照らす。見れば、レールの途中で本が吊されたまま停止していた。どうやらあれが目的の本らしい。

 大きく背伸びをして、アルラスは宙づりになっていた本を回収する。革の表紙は浮き上がって半ばめくれ、紙も波打っているように見えた。あまり上等な製本ではない。


 アルラスの手元を覗き込んで、リンナは目を丸くした。題字も何もない。

「それは?」

「俺が生まれる二十年くらい前に現役だった呪術師の手記だ。彼女が作った呪文はいくつも残されているが、それらの試行錯誤の過程が残されている」

「なんでそんなものが、ここに?」


 何の気なしに問えば、彼は顔を背けた。

「その弟子たちの根城を焼き討ちした際に……」

 答えづらそうなアルラスに、思わず半目になってしまう。どうせそんなことだろうと思った。


 戻ろう、と合図をされて、リンナは素直に従った。あまり長居したい場所ではない。



 地下室からの階段を上がると、厨房の方で煙が上がっているのが窓越しに見えた。「お腹が空いてきちゃった」と呟いて、リンナは背後のアルラスを振り返る。

 小型のトーチライトを懐にしまいながら、アルラスは手にしていた手記をぱらりと開いた。



 ――瞬間、轟音とともに真っ赤な炎が吹き上げて、アルラスの上半身が火に包まれた。


「閣下!?」

 悲鳴を上げて、リンナはアルラスに駆け寄る。が、近づけない。


 火柱の中で、アルラスが片腕を鞭のように振るのが見えた。その直後に、炎が一瞬でかき消える。


「閣下、だいじょ――」

 慌てて安否を確認しようとして、声が喉で詰まった。




 肉の焼けるにおいがする。べちゃ、と、足元に何かが落ちる。視線を向けて後悔する。


「見ないほうがいい」と、片腕で顔を庇いながらアルラスが呻いた。その腕ごしに、白い頭蓋がちらと見えた。彼の顔は焼けただれていた。


 咄嗟に、手で口を覆っていた。吐き気が込み上げるのを必死に飲み下す。その様子を気配で察したのか、アルラスは口元だけで苦笑した。

「大丈夫だ。何も心配いらない。驚かせてしまったな」

 平然とした口調で語る、その声が、あんまりにも寂しげなのだ。


 絶対に吐いては駄目だと思った。「いえ」と、何とか声を絞り出す。



「悪い、俺が失念していた。この手記は開いた人間を攻撃する代物でな、禁書扱いで閉架に入れていたんだ」

 言いながら、アルラスの身体は明らかに異常を見せはじめていた。


 焼け落ちていたはずの頬が、見る見るうちに塞がってゆく。骨は隠れ、つるりとした肌が戻ってくる。

 まるで時間が巻き戻るように、回復や治癒などという言葉では片付けられない素早さで、完璧に修復されてゆく。


 ふた呼吸もしないうちに、アルラスの姿はすっかり元通りになっていた。服の前身頃はすっかり燃えてしまったが、布の残骸から見える胸元には、傷のひとつもない。


 ふつうの人間にはありえない有様だった。人智を越えた魔法。

 化け物、と単語が脳をよぎる。そんなこと考えてはいけない。



「君が無事でよかった、本当に」

 そういって微笑んで、それから、アルラスは眦を下げて「……ごめん」と俯いてしまう。


 アルラスの目に映る自分がどんな顔をしているか、リンナには分からなかった。ただ、目の前がぐるぐると回るような衝撃ばかりが渦巻いている。



『俺を殺してくれ』と、彼はいつだって、冗談めかして、ときに本気で言っていた。


(これが、不死の呪い……)

 呆然と立ち尽くしたまま、リンナはアルラスの顔を見上げていた。この人は、こんな呪いを身に宿したまま、二百年も生きてきたのか。


「閣下」

「エディリンナ」

 口を開きかけたリンナを遮って、アルラスは気楽な口調で言った。

「どうだ、面白い呪いだろう」

 そう語る彼の手が震えているのを目の端で見ながら、リンナはぎこちなく口角を上げた。


「ええ、とっても興味がそそられたところです」

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