2章 楽しい(?)新婚生活編

第8話 ビバ! 大嘘ラブラブ新婚生活

 ふわりと青臭い土の香りがして、リンナは目を瞬く。

「すごい森……」

 見上げれば首が痛くなるような、大きな針葉樹である。閉じた林冠と暗い地面。ふかふかと湿り気を帯びた林床を目で辿れば、ざわざわと葉擦れの音がする。


 ……しかし、転移ステーションを出て最初の景色がこれとは驚いた。旧都の文明が、まさかこれほど大自然に飲み込まれているとは……。

「言っておくが、街がないわけじゃないからな」

「あ、よかった」

 考えを見透かしたように言われて、リンナは舌を出した。



 ぽくぽくと木道を二、三分歩けば、森が途切れて開けた丘に出る。前方から風が吹き寄せた瞬間、リンナは「わあ」と声を上げていた。

 深緑の山々に囲まれて、石造りの家々が並ぶ街の景色を一望する。街の向こうに目をやれば、広い湖が空を映して青く輝いていた。


 街から湖を挟んだ対岸に、四つの尖塔がそびえ立つ城がある。そちらを指さして、アルラスが目を細めた。

「かつては、あそこが王の住まう城だった」

「立派なお城ですね」

「今の都にある城の方が、だいぶ大きくて優雅な造りをしているがな」

「私は砦のある領地で育ったので、これくらい無骨な方が慣れてるかも」

 言いながら、街へ降りる坂道を降りてゆく。ちょっと気を抜くとつんのめってしまいそうな、急な坂である。馬車はおろか、荷車でさえ昇り降りは大変だろう。

 改めて見てみれば、街には狭い道が多く、そのどれもがうねって見通しが悪い。起伏の激しい谷間に家々が乱立しているのだ。


「この街で生まれ育ったんですか?」

「兄や乳兄弟なんかと、よくそこらを駆け回っては捕まえられていたよ」

 いろいろと寛容な時代だった、とアルラスが街を見回しながら呟く。

「あの頃は、まだ魔獣がいなかったからな」

 そう零してから、アルラスは一拍おいて、「忘れてくれ」と片手で口を覆った。


(魔獣……)

 その言葉に、リンナは生まれ育ったセラクタルタ領を思い返す。


 セラクタルタ領は国境に面しており、その立地から、辺境だの僻地だのと誹りを免れない。

 国境線には高さにして三階建ての砦が長く築かれ、昼夜を通して反対側の監視が行われている。砦の向こうは魔獣の棲む土地である。


 リンナは、砦の向こうを知らない。


「二百年前は、魔獣がいなかったんですか?」

「忘れてくれと言ったろう」

「魔獣って、大きいんですか? どんな見た目をしているの?」

 アルラスはすっかり黙ってしまった。何も答えないという意思表示である。こうなっては仕方ないので、リンナは渋々口を閉じた。



 大きな往来に差し掛かり、人通りが増えてきた頃、「さて」とアルラスはすっかりしらばっくれて言った。

「迎えが来ているはずだから、大人しくしていなさい」

「迎え?」

 アルラスの見る方に視線をやった瞬間、彼が横で特大のため息とともに天を仰いだ。


 満面の笑みを浮かべた紳士が、道の端に留めた馬車の前で小躍りしている。いかにも執事といった風貌で、白いものが混じった髪をひとつに結わえ、丁寧に撫でつけた髪型だ。

 そんな上品な初老の紳士が、脇を締めて小さくステップを踏んでいるというギャップである。


 腕を組んで、アルラスが顎をしゃくる。

「ちなみにあれが、俺を除いて最年長だ」

「お城の雰囲気はだいたい分かりました」

 リンナは大きく頷いた。



 ***


「初めまして、ロガスと申します。幼少の頃からレイテーク城に勤めて、現在は家令のようなものをしております」

「初めまして、ロガスさん」

 握手を求められたので手を差し出すと、予想の三割増くらいの強さで握り返される。


「旦那様を、どうぞよろしくお願いいたしします」

「あは、あはは……」

 熱のこもった口調に、リンナは乾いた笑いを返すしかない。

「あまり圧をかけないでやってくれ、慣れない土地で緊張しているんだ」

 アルラスが割って入ると、ロガスは笑顔で手を離した。


 促されて馬車に乗り込む。灰色の石畳がきっちりと敷かれた通りを抜けて、街外れから森の中の小径へと入った。暗い森に真昼の木漏れ日が輝き、まるで星空のようにも思えた。ときどき、冴え渡るように鮮やかな緑が日向できらめく。

 実に幻想的な風景だ。――隣で、特大のため息をついているアルラスがいなければ。


「……さっきから何なんですか?」

「俺たちの出会いの物語を考えていた。やっぱり街角でぶつかるのが王道か」

「嘘くさいだけでなくダサいです」

 率直な感想を述べると、目に見えてアルラスの機嫌が降下する。

「もう少し夫を立てるふりでもしてみたらどうなんだ?」

「いやでーす」

 両手をひらひらさせて、リンナはそっぽを向いた。


「いっそ、今は喧嘩中ということにしておくのはどうです? ラブラブ新婚夫婦のふりをするよりは現実的だと思います」

「なるほど、名案だ。君との間に火種になりそうな話題はいくらでもあるぞ」

「奇遇です。私もね、言いたいことなら一分以内に三十は出てきますよ」


 顔をつき合わせて睨み合ったところで、いきなり馬車が大きく跳ねた。思わず悲鳴を上げてアルラスの胸に手をつく。

 すぐさま御者台に続く窓が開かれ、「申し訳ありません、石を踏んでしまったようで……」とロガスが慌てて顔を覗かせた。その両目が真ん丸に見開かれてから、糸のように細められる。

「……と、おやおや、どうやらお邪魔をしてしまったようですね! ふふふ」

 ぽっと頬を赤らめる素振りまでして、ロガスはそそくさと窓を閉じた。不思議に思いながら顔を正面に戻せば、目と鼻の先にアルラスの顔がある。


 あんまり驚いて、咄嗟に手が伸びていた。

「おい、なにをする」

 いきなり手のひらで顔を押しのけられ、アルラスが座面にひっくり返る。「ごめんなさい、つい」と口先だけはしおらしく謝って、リンナは心臓の上に手を当ててみた。

(身体の時間が早くなった?)

 にわかに速くなった鼓動を感じながら、リンナは首を傾げた。



 ***


 城は深い森の中に埋もれるようにして建っていた。

 城を囲む森の地面は、浮き上がり、剥がれ、荒れ果てた石畳である。連続する凹凸を大股で越えながら、リンナは首を上げて城の外壁を見やる。


「かつては、軍の施設や魔術の研究所、使用人らの寝泊まりする官舎なんかがあった。商店なんかも並んでいて、まあちょっとした城下町だ。そのどれもが既に取り壊されて、今残っているのは城そのものと小さな庭だけだな」

 ロガスは馬車を置きに城の裏手に行ってしまった。城門を目指して並んで二人歩きながら、リンナは不思議な心地であたりを見回す。


「そうして、湖の対岸にある街に人がみんな移っていったんですか?」

「更にもう少ししたら、みんな新しい都に出て行ってしまった」

 アルラスがひょいと肩を竦めた。それほど気にしている風でもない様子だった。「そんなものだ」と言いながら、それでも城下街があった森を見る目は少し寂しそうでもある。


「まあ、人が少ない方が、俺が生きていく上では好都合だからな」

「別に、人がいるところに住んでいたって良いんじゃないですか?」

「俺の素性がバレると色々と面倒だろう」

「ぱっと見普通の人と変わりませんが」

「色々あるんだ」

 ふうん、と言いながら、リンナは木の根に蹴躓いてつんのめった。地面に倒れ込みそうになったリンナの背を、アルラスが咄嗟に支える。すぐに立ち直したのに、腰に回された手がなぜか離れていかない。



「まあ、要するに――」

 アルラスの視線を追って、前方に顔を向ける。

 城門の前で、侍女が両手を口に当てて喜色を浮かべている。その横で勢いよく指笛を鳴らしているのは下男だろうか。二人とも見るからに嬉しそうで、遠目にも笑っているのがよく分かる。


 アルラスが耳元で囁く。

「――彼らは俺が不老不死とは知らないし、俺がかつての王弟だということも、それらが機密だとも知らないわけだ」

「つまり、訳アリの偽装結婚だと知られちゃ駄目ってことですね?」

「話が早くて結構。賢い子だ」

 甘やかすように言われて、リンナは耳を疑った。眉をひそめて見上げると、言葉とは裏腹に小馬鹿にしたような顔である。


「流石に到着早々大げんかではあまりに不自然だろう。しかし、どうやら君には人前で態度を装うといった高等技能はないようだからな、俺がいくらでも取り繕ってやろう。君は素のままでいればいい」

 偉そうな態度で言われて、リンナは口元を引き攣らせる。


「それ、私が何か言うたびに『やれやれ……』みたいな態度を取られるってことですよね」

「おお、賢い賢い」

「やめて! 何でそう私の嫌がることばっかり思いつくんですか」

 憤慨して肩を怒らせたリンナは、これこそ思うつぼだと必死に自分に言い聞かせた。これで私が文句を言ったりしたら、それで馬鹿にされるんだわ。


(こっちだって黙って嫌がらせされるばかりじゃないのよ)

 勢いよく鼻を鳴らして、リンナは素早くアルラスの腕に前腕を回した。

「これからよろしくお願いしますね――アルラス」

 わざと甘えるように肩口へ頬を寄せる。「お……」とアルラスは何かを言いかけて、それきり黙ってしまった。


「何で黙るんですか!」

 いつもの減らず口はどうしたの、と睨みつける。

 いつにないしかめっ面を見て、リンナはにんまりと口角を上げた。彼は実に不機嫌そうである。

(なるほど、こういうのが嫌なわけね)


 これは良いことを知った。確かに、嫌いな相手からベタベタされ、それを拒否する素振りを見せることもできないのは大変なストレスだろう。


「さ、行きましょ! ダーリン!」

 ぐいと腕を引いて歩き出す。「誰がダーリンだ」と憎まれ口を聞きながら、リンナは挑戦的に城を見上げた。


 まずは女主人としてこの城を掌握し、発言権を得ることから始めよう。これほどの規模のお城だ、きっと使用人などは二百人を優に超えるだろう。

 その過半数も懐柔できれば万々歳である。



 ***


「紹介しよう、こちらはレイテーク城の管理、保全担当のリピテ」

「リピテと申します。奥方様の身辺に関しても担当させていただきます」

 一礼してリピテが顔を上げる。十代後半といった年頃に見える。きらきらとこちらを見つめている目は、まるで夢見る少女だった。丸みのある頬が赤らんでいる。


「そして、こちらがうちの料理長兼、警備担当のヘレック」

「料理長と警備を兼任!?」

 そんな兼業、聞いたことがない。目を剥いて食いついたリンナをよそに、へレックは平然と一礼してみせる。赤みがかった癖毛とそばかすが特徴的な、目が真ん丸な青年である。


「へレックです。ここに来る前は都の魔術研に勤めていました。料理に関しても、別れた彼女がいつも美味しいと言っていたので、腕前は確かだと思います。まあ、彼女の胃袋は掴みきれなかったんですけどね! ははは、はは……」


 ……これはどうやら様子がおかしい。

 乾いた笑い声を上げるへレックから視線を外し、リンナは城の外壁を端から端まで眺めた。しんとして、物音ひとつしない。


「……他の皆様は、お城の中に?」

 慎重に確認したリンナを見下ろして、アルラスが首を傾げる。

「ロガスは厩舎に行っているぞ」

「いえ、ロガスさんのことではなくって」

 片手を左右に振って、リンナは城の方を指し示した。


「たとえば、庭師の方とかは?」

「あ、お庭のお掃除はわたしが担当しております!」

「門番とか」

「見張りは、僕とロガスさんと旦那様の三交替制です」


 これはいよいよ雲行きが怪しくなってきた。 

「アルラス」とリンナは努めて軽い口調で問う。


「このお城で働いている方って、何人くらいいらっしゃるの?」

「三人だ」

「だと思った!」

 被っていた猫を脱ぎ捨てて頭を抱える。考えてみれば分かったはずだ。人嫌いで、人に素性を知られるとまずいアルラスが、何十人何百人と使用人を雇って傍においているわけがない。


「旦那様、もしかして奥方様は人がたくさんいる賑やかなお城を想像していたんじゃないですか!?」

「お、奥方様、僕たち一人あたり百人くらいは働きます、実質三百人です!」

 慌てふためくのはリピテとへレックである。懸命に弁明する二人を、こちらも慌てて落ち着かせる。


「ごめんなさい、不満がある訳じゃないんです。ただ、本当に何も聞いていなかったものですから、驚いて……」

 アルラスを振り返り、リンナは白々しく頬に手を当てた。

「あなたったら、いつだって説明が少ないんだから。口を開けば意地悪ばかりで、ほんとうに性格の悪いお・ひ・と」

 もう、と胸の辺りを指先でつっついてやると、一瞬、恐ろしいほどの殺気が漂った。恐る恐る視線を上げれば、両目をかっぴらいたアルラスがこちらを睨めつけている。


「……そうだな、君があんまり可愛いものだから、俺はつい言葉を忘れてしまうようだ」

 服ごしに背中をつねられて、リンナの頬は明確に引きつった。負けじと爪先を踵で踏み潰してやれば、頭上で押し殺した呻き声がする。



「おやおや、まだ城門すら開けていなかったんですか」

 閉じたままの城門の向こうから、ロガスがふらりと姿を現す。「大広間で待っていたんですよ」と言いながら、彼は大股で五歩ほど下がった。

「へレック、奥方様をご案内して差し上げなさい」

 ロガスに合図されて、へレックは浅く頷いた。


「下がってください」

 へレックの声音が変わる。にわかに真剣味を帯びた声に、リンナは目を丸くした。アルラスに促されて数歩下がる。


 蔦の絡んだ鉄格子と、流線型を描く金属の装飾。左右に苔むした柱を構え、黒ずんだ門は堅牢に城への入り口を塞いでいる。

 一対の門には錠前のようなものは見受けられず、押せば簡単に開いてしまいそうにも見えた。来客を出迎えるための、華やかな飾りの門だと。


 ――そうでないことは、見れば分かる。


 門の鉄格子の間に、揺らめく膜が張っている。さざ波のように震えては、虹色の輝きを放つ。油膜にも似ていたが、あのようにぎらつく光はなく、ずっと柔らかい色彩である。

 膜が大きく揺れた直後、門の向こうのロガスの姿が、ぼやけて消えた。その光景の違和感に、一拍遅れて気づく。消えたのはロガスだけで、その背後の景色はさっきと全く変わらないのだ。ロガスだけが、こちらから見えなくなった。

 ……いや、初めから彼は門の向こうになどいなかったのだろうか?



「奥方様は、この城を、歴史に取り残された、古くて寂しい遺跡と思っておられるかもしれません」


 腕を真っ直ぐに伸ばして両手を前に突きだし、へレックが呟く。

「けれどここは、この国で最も高度な魔術で守護され、すべてを魔術によって制御されている、世界で唯一の城です」

 若い青年の瞳が、瑞々しく輝いていた。


「わたしたち、普通のメイドや兵士の百倍は働きます」

 リピテが熱のこもった声で囁く。

「この城のシステムは、すべて旦那様が作られました。この城では、わたしみたいに不器用でどじでおっちょこちょいなメイドだって、人一倍にお役目を果たせるんです」


 すべてが魔術で制御された城。ひとりの人間が作り上げた、一体のシステム。

 門の向こうに見えていたロガスは、恐らく城内から投影された幻影だ。そうした魔術は現に存在する。

 だが、全身を映し出し、まるでその場にいるかのように見せる魔術なんて、聞いたことがない。



「さしずめ、この門すべてが大きな画面だと思ってくれればいい」とアルラスは指をさした。


「この門は、門の前に立つ人間の目の位置を認識し、その地点から門の向こうが自然に見える光景を算出して映し出す。現状では十人以上の人間が一度に訪問すると後ろの人間が無視されてしまうが、こんなところに何十人も客が来ることはない。十分な性能だ」

「つまり、十人までなら、それぞれの視点から別の映像が見せられるってことですか?」

「城内に設置した応対用の姿見を起動させれば、姿を投影することも可能」

「すごい……」


 上気した頬で隣を見れば、アルラスが得意げに口の端を上げている。してやられた、と思った。

 悔しいと思うのに、それなのに、心が浮き立って仕方ない。


「良い城だろう?」

 目を細めて、アルラスは誇らしそうだった。憎まれ口はいくらでも思いついたが、あえてそれらを却下する。

「……ええ、最高」


 素直に頷くと、アルラスが破顔した。

「君は、たくさんの宝石よりこういうので喜んでくれると思って」

 大正解である。



 へレックに言われて、リンナは揺らめく門へと歩み出した。

 幻影が解かれたのだろう、城の入り口は先程までとは様変わりして、色とりどりの花で飾られている。歓迎ムードである。


「奥方様を、門のセキュリティに登録します。そこの突起に手を触れて、名前と、城主との続柄……何でも良いので、『城主の妻』とでも名乗ってください」

 説明を受けながら、リンナはおずおずと手を伸ばす。ひんやりと冷たい鉄格子に手のひらを触れた。


「私は、エディリンナ・リュヌエール」

 初めて口にした名前が、舌に違和感を残す。

 肩書き? ここで大人しく妻と名乗るのは何だか癪である。それでは何と言ったものか。

 少し迷ってから、リンナは顔を上げる。

「――私は、この城の主を尻に敷きに来ました!」


 拳を握って決然と叫んだ瞬間、「馬鹿者!」とアルラスが大声を上げた。

「その名乗り口上は、貴様が城を出入りするときに毎回言うんだぞ」

「ええ!? 聞いてないですけど」

「セキュリティ認証でふざける奴があるか! 今ごろ城の帳簿に、貴様のその馬鹿げた肩書きがしっかり刻み込まれているだろうよ」

「だ、だって知らなかったんですもん! すぐ消してください!」

「不正な操作を防止するため、記録の消去、改竄はできないようにしてある」


 厳格な口調で告げられ、リンナは青ざめる。じゃあ、これから城を出入りするたびに、毎度毎度こんなふざけたことを宣言しなければいけないのか。


(そんな重要な登録ならもっと早く言ってほしいわ)

 言葉を失ったリンナを眺め下ろして、アルラスが鼻を慣らした。


「……待ってろ。三日で城の登録システムを改修して、別名で登録できるようにしてやる」

「一日でやってください」

「半日で済ませる」

「だいたい、説明が足りないのよ、説明が」

「貴様の常識と理解力が不足しているんだぞ」


 散々言い合ってから、同時に我に返る。まずい。息を飲んで、ゆっくりとリピテたちの方を振り返った。

 二人揃って満面の笑みである。


「お二人とも、とっても仲がよろしいんですね」

「ねぇ! 素敵よね」


 にこにこと頷き合っている使用人ふたりに向かって、リンナとアルラスは「そんなんじゃない!」と同時に吠えた。



 一拍おいてから、リピテたちが首を傾げる。リンナは我に返って口を押さえた。

「そんなんじゃないって何!?」

「そんなんじゃなくないよな、俺たち仲良しだもんな」

 珍しくアルラスが『しくじった』と言わんばかりの表情である。

「もちろんですわよ、新婚ですもの」

 おほほ、と嘘くさい高笑いを森に響かせながら、リンナは開いた門をゆっくりと潜った。


 背中になまあたたかい視線を感じつつ、リンナとアルラスはそっと目配せをした。――新婚夫婦のふりって意外と難しくない?

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