第14話 誰もいない
「それから君は時々不可思議な事をいうことがあるよね。
手のひらから僕へと彼女の熱が伝わってくる。
慌てて離れようとしたものの、しかし矢上のまっすぐな瞳に身動きする事すら出来なかった。
矢上はすぐに手を離して、僕へと微笑みを漏らした。
どこまでも見透かされているかのような、不思議な笑みだと思った。
「違うかな」
矢上の問いかけに僕はうなずく事も、首を振る事もなく、ただ呪縛にかかったのかように身じろぎ一つ出来なかった。
息を飲み込む。やっぱり矢上はもしかして僕の力の事を知っているのだろうか。いやそんなはずはない。
そんな僕の想いに気がついているのかいないのか、矢上は僕へとあでやかに微笑む。その笑みに少しだけ胸がうずくような気がしていた。
「さてと、そろそろ行こう。皆を待たせても悪いし」
気がつくともう
僕は何と言って良いのかわからずに、矢上の方へと振り返りもせずにやや早足で歩き始めていた。しかし矢上はそれに怒るでも笑うでもなく、僕の隣に並んで歩き始める。
しばらくの間、何の会話をするでもなく、ただ懐中電灯を頼りに歩き始める。まだ完全に暗闇という訳でも無かったけれど、気をつけていないと足下が見えづらい。確かに一人で歩くには、少々怖い場所かもしれない。
何となくばつが悪く感じて、僕の表情にもそれが浮かんでいたかもしれない。だけど矢上は気にした様子もなく、うれしさがこぼれるような笑顔を振りまいていた。
「しかし、全く君は不可思議だ」
矢上は楽しそうに笑いながら告げると、そのまま僕へと手を差し出してくる。
肝試しで男女二人なのだから、手をつなごうという事なのだろう。
別に女性と手をつなぐことが、それほど恥ずかしいという歳でもない。なんだかんだで麗奈とはよくつないでいる、というか引っ張られているし。昨日
いや逡巡を覚えるのは、だからかもしれない。彼女とつないだ手で、別の女の子と手をつなぐのはためらいを感じるのかもしれない。別に桜乃と付き合っている訳でもなければ、矢上に不満がある訳でも無い。意味のない尻込みに僕は苦笑いを浮かべて、それからすぐに矢上の手をとっていた。
古い考えかもしれないけれど、こういう時にエスコートするのは男性の役割だと思う。矢上は求めていないかもしれないけれど、僕はそうあるべきだと思う。
ただ昨日つないだばかりの温もりがなぜか思い起こされて、どこか罪悪感すらも思い浮かべていた。何に対して悪いと考えているのかもよくわからなかったけれど、それでも手の中の体温を感じていてはいけない気がして、僕はもういちど苦い笑みをこぼした。
しばらく歩くとすぐに肝試しの終着点。麗奈のしていた怪談話の防空壕が見えてくる。
もっとも麗奈の話は中途半端に終わっていたからどんな話だったのかは知らないし、防空壕とはいっても今となってはただのちょっと大きな洞穴にすぎない。
洞穴の前には柵がはってあって、中には入れないようになっていた。いやなっていたのだろう。長年の風雪のせいか、かなり朽ち果てていてほとんど用をなしていない。入ろうと思えば、いくらでも入れるだろう。
辺りを見回してみると、先に到着しているはずの四人の姿は無かった。最初の打ち合わせでは、ここで待っているはずだった。
もしかするとどこかで隠れて脅かすつもりなのかもしれない。
「麗奈、響。どこにいる。脅かすつもりなら無駄だぞ」
僕は声を大きくあげると、あたりを懐中電灯で照らしてみる。しかしこの辺りの隠れられそうな場所には誰の姿もない。それほど木が生い茂っているという訳でもなかったから、すぐ近くには人がいそうもなかった。
「大志。楠木。どこにいるんだ?」
皆を呼びかけてみるけれど、誰の姿もない。一本道だからすれ違ったなんて事もないはずだ。
「隠れているのかな。まぁ、そのうち飽きて出てくるんじゃないか」
矢上も皆が隠れていると思っているのか、近くにあった倒木の上に腰掛ける。確かにすれ違っていない以上、他の皆もこの辺りにいるはずだ。
「
矢上が隣をぽんと叩いて催促していた。
隠れている皆も皆だけど、まったく気にした様子もない矢上も矢上だなと呆れて半分に思う。
ただとりいそぎ危険が迫っている訳でもないだろうから、僕は矢上の隣に腰掛ける。
「今日も楽しかったね」
矢上はすっかりいつも通りの話を始めていて、もしも隠れて見ているのだとすれば、特に面白みもないだろうなと思う。確かにそのうち飽きて出てくるかもしれない。
海でどうだったとか、課題がどうのだとか、他愛もない話を続けていた。
ボーイッシュというか、普段はあまり女性を感じさせない矢上ではあったが、こうして二人で話していると嫌でも彼女の体温を感じさせてどこか意識してしまっていた。そしてそれがまんざらでもない自分にも気がついて、少しため息をもらす。
ただ話を続けていたけれど、ふと気がつくとそれなりの時間が流れていた。いくらなんでも脅かすために隠れているにしては不自然な時間だ。
「矢上。いくらなんでもおかしくないか。こんなにみんな戻ってこないなんて」
「そうかな。
矢上は落ち着いた声で泰然として答える。しかし僕にはそうは思えない。
いや確かに響であればやりかねないのだけれど、やや短気な麗奈には耐えられるとは思えないし、ましてや大志や楠木がそこまで付き合うとも思えない。
大志はお腹がすいたから帰ろうとか言い出しそうだし、楠木のは隠れている事に不安を覚えているだろうと思う。
僕の不安に気がついたのか、矢上も始めて辺りを見回していた。自分の懐中電灯で辺りを照らしている。
不安が僕の中に満ちていく。いや普段であれば、まだ心配はしていなかったかもしれない。だけど僕が見た予知夢の事もあった。麗奈に何かが起きていないとも限らない。
そう思うとどんどん僕の中で悪い考えが充満していく。焦燥にかられて、僕はすっと立ち上がる。
「もしかしたら何かあったのかもしれないし、ちょっと辺りをみてくる。矢上はここにいてくれ。すれ違いになるとまずいから、絶対そこを動くなよ」
僕はそう言い放つと、すぐに走り出していた。
「え? いや、浩一」
後ろで矢上が何か呼んでいたようだったが、僕はひとまず辺りを見回ってみることにした。もしも本当に隠れているのだとしたら、四人でいられる場所は限られているし、あまり遠い場所にはいないだろう。すぐに戻ってこれるはずだ。
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