第15話 防空壕の中で
「
大声で皆を呼んでみるが、誰からも返答はなかった。
いくら響や麗奈がいたずら好きだとはいっても、ここまでするのはおかしい。もし隠れているのであれば、不安を感じ始めた僕に笑いながら出てくるはずだ。
やはり何かあったのだろうか。この辺りは慣れた場所でもなかったから、あまり遠くまでいくと戻れなくなるかもしれない。振り返って来た道を引き返して防空壕の前まで戻ってきていた。
「
そこにいると思って声をかける。しかし倒木の上に腰掛けていたはずの矢上の姿は、そこには無かった。
愕然として目を見開く。それほど遠くにいった訳じゃない。ここから離れたのは、ほんの数分程度のはずだ。それなのにどうして矢上の姿がないんだ。
「矢上、矢上どこだよ」
大声で叫ぶものの、しかしその声はむなしく響いただけで誰も答えてはくれない。
「矢上っ、いたずらならやめてくれ。矢上っ」
何度も呼びかけてみるけれど、どこからも返答はなかった。
「麗奈、響、大志、楠木。誰かいないのかよ!?」
必死の呼びかけにも誰の声も聞こえない。同時に「防空壕を掘っていた人は一人ずつ」と言いかけていた麗奈の話を思い出していた。
一人ずつなんだよ、いなくなったとでもいうのかよ。そんな怪談にありがちな話が実際にあってたまるか。いらだちと焦りが僕の心を突き動かしていた。何をしたらいいかもわからなかったけれど、他の皆はもちろん矢上までもがここからいなくなっていた。
神隠しだとでもいうのか。そんなバカな。ありえない。ありえないだろ。
辺りを見回してみるが、しかし誰の姿も見えない。ただ少なくとも矢上はそう遠くには行っていないはずだ。せめてどっちに向かったのかさえわかれば。
何とか落ち着こうとするものの、心臓がばくばくと音を立てて鼓動し、最悪の事態を想像しては慌てて首を振るう。その瞬間だった。
『いやぁっ!?』
甲高い声が聞こえた。妙に反響してはいたが、それは確かに麗奈の声だった。おそらくは聞こえてきたのは防空壕の奥の方からだ。麗奈はこの中に入っていたのか。
慌てて僕は防空壕の柵をなぎ倒すようにして、中に入っていく。
「麗奈!? どこだ。ここにいるのかっ!?」
叫び声は洞窟の壁に反射して、何度も響き渡っていた。だけどそれに対する返答はない。防空壕の中は入り口から差し込んでくる光を除いて、ほとんど明かりも差し込んでこない。懐中電灯を奥の方へと向けたその瞬間だった。
突然誰かの姿が見えた。一瞬のことだったから、ほとんど姿も見えなかった。
ただそいつは走ってきていたのか、僕をぶつかりながらも押しのけて外へ向かっていく。
「うわっ!?」
「くっ……!?」
たたらを踏みながら、なんとか体勢を整える。相手はわずかなうめき声を漏らしたが、もうそこには姿がない。
「麗奈かっ!?」
なんとか呼びかけるが返答はない。
「麗奈じゃないのかっ。誰だよっ!? 麗奈はっ」
もういちど問いかけた声にも返事はない。今の誰かを追いかけるべきかどうか迷う。
ただそのすぐ後に聞こえてきた声に、僕はこの場に踏みとどまる。
「……お兄ちゃんっ」
気をつけていなければ聞き取れないほど微かにだが、奥の方から僕を呼ぶ声が聞こえてきていた。間違いない。麗奈の声だ。
「麗奈っ。いまいくっ」
急いで声の方へと向かうと、すぐに地面にうずくまっている麗奈の姿が見えた。
「どうしたっ、麗奈」
「お兄ちゃん? うわぁぁぁぁぁん」
麗奈は僕の姿を見て取るなり、立ち上がって僕の方へと飛び込んでくる。
だけど触れたその姿に違和感を覚えて、胸の中にいる麗奈へと視線を向ける。闇の中ではっきりとはわからなかったけれど、服がずいぶんと汚れ乱れているように思えた。いくらかすれて破れているようにも見える。
ただ様子からすれば、まだそれ以上の何かがあった訳ではないようだったのは不幸中の幸いだったかもしれない。
さっきの奴の仕業だろうか。僕の声が聞こえたから慌てて逃げたのかもしれない。だとすれば間一髪というところだったかもしれない。ぎりぎりでも麗奈を救えたことにほっと息を吐き出す。
「怖かった。怖かったよぅ」
麗奈はまるで子供のように泣きじゃくっていて、いつもの麗奈よりもずっと弱々しく見えた。夏だというのに身体が震えていて、思わずぎゅっと抱きしめる。
「もう大丈夫だ。何があったんだ。響の奴はどうしたんだ?」
「わかんない。わかんないけど、月野くん、ちょっと中を見てみるっていって防空壕の中に入っちゃったの。でもなかなか戻ってこないから私もちょっと中に入ってみて、少ししたらいきなり誰かが私の手を掴んで、それで……」
しどろもどろになりつつも、麗奈は何とか状況を説明しようとしていた。
さっきぶつかった相手が、麗奈を襲った犯人に違いないと思う。ただ冷静に状況をとらえるなら、響が暗闇に乗じて襲いかかったと考えるのが自然かもしれない。
たださすがに響が麗奈を襲うなんて思えなかったし、思いたくもなかった。麗奈が一人で防空壕の中に入るところを、たまたま見つけた誰かが後をつけたのかもしれないし、そうであって欲しいと思う。
防空壕の中は意外と広くて、いくつか道が分かれているようだった。もしかしたら天然の洞窟とつながっていたのかもしれない。麗奈の声がかなり小さく聞こえたことからも、中ではあまり声が響かないようだ。響の事だから夢中になりすぎて奥までいってしまって、気がついていないのかもしれない。
どちらにしてもこのままここにいる訳にもいかなかった。
「とにかくここを出よう。他のみんながどうしているのかも気になるし」
着替えもしないといけないし、とここは言葉にはせずに続ける。麗奈は気がついてはいないようだったが、衣服は引き裂かれたのか、倒れた時に破れたのか、あまり良い状態とは言えなかった。少しでも早く何とかしてあげたかった。
麗奈の手を握り、軽く頭の上に手を置く。ぽんぽんと頭をなでてやると、少し落ち着いたのか麗奈の表情がゆるんでいくようにも思えた。
それにしても麗奈がお兄ちゃんと呼ぶなんて、いつぶりのことだろう。小さな頃はお兄ちゃんと呼んでいた時もあったと思うけれど、いつもは名前で呼び捨てだった。双子で歳が同じなのだから、兄妹とはいっても普段はそれほど意識したことはない。
だけど思わずそう呼んだということは、それだけ切羽詰まった想いをしていたという事だろう。頼れる誰かがきてくれた事に、やっと安心して漏れてしまったに違いない。
麗奈にこんな想いをさせた奴は絶対に許さない。許すもんか。そう心に誓う。
でもいまはとにかく麗奈を落ち着かせよう。防空壕の中から外に向かっていく。
そのまましばらく歩くと、すぐに外の光が見えてきていた。月明かりというものは案外明るいもんなんだなと、外の光をみながら思う。
「麗奈、もうすぐ外だ」
意識しない内に次第に歩みが速まり、そしてもといた森の中へと飛び出す。
それと同時にその声は響いた。
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