第13話 気の乗らない肝試し
「さてと昨日は結局肝試しは行えなかったからな。この夜こそ楽しもうじゃないか」
ちょうど日が沈んだところで、完全な闇というほどではないけれど、それなりには薄暗い。空が少しずつ藍色のインクで染められていて、僕は少しだけ不安を覚える。
肝試しを早めの時間にしたのは、おそらく響なりの気配りなのだろう。それでも僕はやっぱり気乗りはしなかった。ここで
僕が麗奈を刺すなんて事は絶対にないはず。僕はそもそもナイフを持っていない。でもだとすればあの夢は何だったのだろう。麗奈を少しでも危険から遠ざけたいと思うが、どうすればいいのかはわからない。
あの時に見えた麗奈は水着姿ではなかった。だから海にいる時は安心していられた。ただ細かい服装までは覚えていない。血にまみれた麗奈の姿だけが僕の脳裏に浮かぶ。
ただこんな場所でもなかったと思うから、ここで何かが起きる事もきっとないはずだと思う。だから安心だと心に言い聞かせていた。そんな確証はどこにもないのだけれど、そうする事で少しでも心を落ち着けたかった。
昨日はあまり乗り気そうに見えなかった麗奈だけれど、今日は楽しみにしているようだった。昨日はやはり少し疲れがあったのかもしれない。
僕が見る限りでは
反対するとしたら僕しかいなかったけれど、反対するだけにたる理由を思いつかなかった。だからせめてここで麗奈に何事もない事を祈り続けるしかない。
「えっと肝試しっていったら、やっぱり男女ペアの二人一組よね。組み合わせは決めるのも大変だから昨日の電車の座り順と同じでいいわよね。」
麗奈は楽しそうにてきぱきと決めていく。
電車の座り順という事は矢上と僕、響と麗奈、
「そうだね。それでいいよ」
矢上が真っ先にうなずく。たぶん矢上はこういった事に無頓着だから、特に異論は無いのだろう。他の皆もこれと言って反対はないようだった。
「じゃあ一組目が私と
相変わらずよく言えばてきぱきと、悪くいえば勝手に決めていく。でもこのグループはだいたい麗奈か響が何かを決めて、他の皆はそれについていく感じではあるから、誰も口を挟んだりはしない。
麗奈は昨日とは違ってずいぷん楽しそうではあったけれど、もともと麗奈は気まぐれな気分屋だから、特に理由はないのかもしれない。
麗奈は響に声をかけて、二人はすぐに歩き出していた。用意していた懐中電灯が、二人の足下を照らしている。
肝試しの順番が最後というのは、少し気にかかるところもある。麗奈が最初だから、少し距離が離れてしまう。もしも麗奈に何かがあった時に駆けつけるのが遅くなってしまう。ただ逆に僕と離れているということは、あの未来が近くはないという事でもある。
僕がナイフで刺すなんて事はなくても、僕が近くにいなければあの未来は実現しようがない。だから麗奈は安全でいられるはずだ。
実のところは確証なんてないから、自分に言い聞かせているに過ぎなかった。だけどそれでも少しだけ心が落ち着くのを感じている。
そうこうしているうちにも麗奈と響の姿は完全に見えなくなっていた。もっともコースは一本道の山道をしばらく歩くだけのものだ。この辺りはそれほど木々が生い茂っている訳でもないし、どこからでも海が見える。迷う事はないだろう。響が下調べをしているだけあって、危険はほとんどない。
「えーっと。じゃあ、そろそろ私達もいきますね」
「いってきまーす!」
楠木と大志の二人が、僕達に頭を下げて歩き始める。この二人はマイペースな者同士で、案外馬が合うようだ。今回の旅行でもたびたび一緒にいるところを見かけていた。
もっとも大志は食事の事以外にはほとんど興味がないから、実のところはあまり気にしていなかったのかもしれないし、楠木も何を考えているのかよくわからないので、特に深い関係はなかったのかもしれない。
「しかし二人で残るというのも、なんだか取り残されたみたいだね」
何となく言葉を漏らす。他にあまり人気も無いため、何だか寂しい気がする。
そして先にいった麗奈の事も気に掛かっていた。少しそわそわと気が急いていたかもしれない。
「まぁ、そういうな。あまり私と二人なんて事もないから、たまにはこういうのもいいだろう。うん、そうだね。せっかくだから少し話でもしようじゃないか」
矢上は意外と楽しそうで、軽やかな笑みを向けてきていた。矢上は乗り気そうではなかったものの、せっかくだから楽しもうとしているのかもしれない。
「今朝、二人で話したけどね」
朝の事を少し思い出す。そういえばああして二人で話す事は珍しいかもしれない。僕の近くにはだいたい麗奈がいたし、そうでなければ響か大志といる事が多い。矢上と二人で話すというのはあまりなかったかもしれない。
ただ妙に二人ということを強調されたことに、慌てて少し意地悪な返しになってしまったかもしれない。
「そうだったね。あれもまた新鮮だったよ」
矢上はいつも通りのジーンズにTシャツといったラフな姿ではあったけれど、こうして夜に過ごす事はなかったから、この時間も新鮮かもしれない。
麗奈以外の女の子と二人というのもあまりないから、少し緊張している気もする。
思い返せば昨夜は桜乃と一緒にいて、女の子と二人きりだったというのにあまり緊張していなかったと思う。桜乃を見た未来の事が気になっていたからか、あまりに不思議な彼女の態度に、それどころではなかったからかもしれない。
「そういえば聞きたかったのだけど、いつもは井坂さんにつれられて渋々という感じなのに、今回は珍しく二つ返事で一緒にくることに決めていたね。どうして今回に限ってはそんなに乗り気だったんだ。まさか目的地が海だから私達の水着姿が見られると思ったとかいう訳ではないんだろう」
少しからかうような口調で矢上が笑いかける。
もちろん水着姿に興味があった訳じゃない。未来を見てしまったからなのだけど、そう答える訳にもいかない。
「……たまたま気が向いただけだよ」
「ふぅん気が向いた、ね。まぁ、いいけど。それならせっかくきたんだから、少しくらい楽しそうにしてもいいんじゃないか。なんだか気に掛かる事があるように見えるぞ。君は井坂さんと、
矢上は僕の目をじっと見つめながら、不敵な笑みを浮かべていた。
気にしていた事に気がつかれて、思わず僕は息を飲み込む。
「確かにかなり綺麗な子だから、気にすること自体はまぁ不思議はないんだが。でも君は麗奈くんで見慣れているからか、あまり綺麗な女の子に目をやるような事はなかったと思うんだがね。いつもの君は女の子に興味がないんじゃないかと思うくらい冷静だし」
女の子に興味がないなんて事はないんだけれど、確かにあまり普段気にしている訳でないのは確かだ。
矢上は優しい瞳で僕を見つめていたが、しかしその裏側に隠し事をしても無駄だと詰められているような気すらして肩を震わせる。
前々から鋭いとは思っていたけれど、まさか桜乃を気にかけている事まで気がつかれているとは考えてもみなかった。皆がいる前ではなるべく気にしないようにしていたつもりだったのだけれど、どこで気がつかれたのだろうか。目を白黒させて矢上の顔を見つめる。
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