三 濡れそぼる運命 八
民話によって、瓜子姫は天邪鬼に食べられたり閉じ込められたりする。それから天邪鬼は瓜子姫になりすまして悪さを企むが、大抵は侍や僧侶に見破られて破滅する。
「どうして、こんなところに……」
「さぁなあ。普通はお寺で四天王に踏みつけられたりしているんだが」
「やっぱり謎があるんですよ! これ、すごいスクープになるかも?」
「俺達は新聞記者じゃないんだぞ」
「でも、『たもかん』が力を取り戻すきっかけになるかも知れないじゃないですか」
「君、幽霊会員じゃなかったの?」
「やる気のない先輩達のせいでクサってただけですー」
ふざけた口調でさりげなく岩瀬も批判された。
「わかったよ。行けるところまで行こう。だが、危険になりそうならすぐ引き返すからな」
「ありがとうございまーす! そうこなくっちゃ」
行進再開となった。単調な一本道が、だらだらと時間を奪っていく。淡々と、愚痴も不平もこぼさずに岩瀬は恩田の背中を追った。
たっぷり三十分ほどたっただろうか。期せずして、またしても二人そろって足が地面に吸いつきかねない事態となった。
道が初めて二股に別れている。しかし、一方は意図的にコンクリートで塞がれていた。もう一方は相変わらず闇の中に消えている。いずれの道も、序盤から地面にうがたれた二本の線は途切れていない。
二股の境目に当たる中央には立札があった。高さは岩瀬の胸くらいで、札の部分は彼の片腕くらいの幅をしている。
立札には赤い両端矢印がはっきりと書かれていて、塞がれた方を示す矢印の上には『すずり山鉱山跡』とあった。もう一方の上には『覚正村』とある。
「かくしょうむら……?」
岩瀬でなくとも首をかしげるだろう。平成の市町村合併で、この県には自治体としての村は存在しない。
「あたし、聞いたことだけあります。平家の落人伝説とかで有名な村だって」
「なら、調べればいろいろ資料がでてくるかもな」
「小さいときにちょっと知ったくらいですけどね」
「恩田って地元だったのか?」
「あーっ、先輩。今さらそれ聞いちゃいます? この県から一歩もでたことないですよーだ」
「すまん。知らなかったからってそう怒るなよ」
「ちゃんとプロフィール欄にも書いておいたのに」
「わかったわかった。俺が不注意だった」
「本当に反省してます?」
「ああ」
「じゃあ、帰りは家まで送ってくださいね」
「い、いきなりどうしてそうなるんだ」
「だって、一人だと危ないじゃないですか」
「懐中電灯があるんだろう?」
「これは最後の手段です。男の人がいた方がずっと安心できます」
「俺、たいして喧嘩強くないぞ」
「そういう問題じゃありません。とにかく、送ってくれますよね?」
強張った顔がぐいぐい迫ってくる。
「い、いいよ。そうしよう」
「わーいありがとうござ……」
機嫌を直し、両手を広げて飛び跳ねた恩田の台詞が急停止した。
「どうした?」
「あれ……」
恩田が導くままに、岩瀬は立札の上を注目した。くすんだ灰色の天井に、頭からすっぽり赤い布をかぶった人間のような生き物……いや化け物が描かれている。手足はなく、丸い両目だけが辛うじてそれと理解できた。化け物の足元には、下手くそな赤い字で『ホラフキさん』と書いてあった。
「な……どうして……!?」
ただの都市伝説ではなかったのか。または、集団ヒステリーがもたらす幻覚で説明がついたはずだ。
ぽん、と肩を叩かれさすがの岩瀬も叫びだすところだった。慌てて振り向いても誰もいない。ついで、頭に砂かなにかが落ちてきた。顎を天井に向けると、間接照明のさなかを大小様々な破片が雨あられと落ちてくる。
「きゃあーっ!」
恩田が悲鳴とともに懐中電灯を落とした。
その直後、剥がれ落ちた天井の塊が二人を直撃した。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます