三 濡れそぼる運命 七

 足の感触に、かすかな違和感があった。恩田もほぼ同時に察知したらしく、歩みがなくなる。


「先輩……これ、レールか何かの跡じゃないでしょうか」


 闇に半分溶けかけたような恩田の影がゆらぎ、懐中電灯の光が地面を照らした。一定の間隔を保った二本の細長い溝が、延々と続いている。


「そうだな。となれば、自然にできた洞窟じゃないってことか」

「最初は自然にできたもので、あとから人の手が加わったのかもしれませんよ」


 捉えどころがないようでいて、変なところで鋭い考察をする恩田であった。


「可能性は否定できないな」

「ちょっとたどってみませんか?」


 恩田の誘いは、岩瀬にとっても悩ましい。岩瀬はちらっと背後に首を曲げた。出入口の光は、もうずいぶんとかすかになっている。すぐに引き上げるなら全てが元通りだ……好奇心を犠牲にできれば、だが。


「ね、いいでしょ? せっかくここまできたんだし」

「コンコルド効果だな」


 約五十年前に英仏両国が共同開発し、鳴り物入りで完成した超音速旅客機コンコルド。しかし、採算がとれないことが開発段階から何度も専門家によって指摘されていた。結果として計画は完遂されたが、指摘の通りに赤字を垂れ流して運航中止になってしまう。転じて、失敗の可能性が濃厚なのにもかかわらず面子やそれまでの出費を惜しんで損切りしようとしない行動を指す。


「酷いです、先輩。こういうときは虎穴に入らずんば虎子を得ずでしょう?」


 恩田はわざとらしく頬を膨らませた。


「いや、残念だが……」


 結論を申し渡そうとする直前、恩田が何気なく懐中電灯の向きを地面から洞窟の奥へと直した。その弾みで、右側の壁に何かが描かれているのが岩瀬にはわかった。


「懐中電灯をこっちに向けてくれ」


 岩瀬が指をさした方へ、恩田が光を伸ばした。かすれて消えかかった絵が晒された。


 昔話にでてくるような農家の戸口を挟み、時代劇の農民のような格好をした少女が少年とむかいあっている。少年もまた少女と似たような古さの姿だが、頭から角が二本生えていた。もっとも、二人とも顔を除けばぼんやりした身体の線と着物の柄くらいしか残ってない。幽霊さながらだ。


「瓜子姫と……あま……?」


 恩田は空いている方の左手で自分の下顎を押さえた。


 絵の上に、題名らしきものが記してある。絵よりも更に汚損が酷く、途中までしか読めない。


天邪鬼あまのじゃくか」

「知ってるんですか?」

「ただのおとぎ話だよ」


 日本各地にある民話。優しい老夫婦に育てられた瓜子姫のところに、両親の不在を狙ってやってきた天邪鬼が戸を開けるよう頼んでくる。最初は断る瓜子姫だが、天邪鬼が少しだけ少しだけと懇願するのについ乗せられて戸を開けていき、しまいには天邪鬼を家に入れてしまう。

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