三 濡れそぼる運命 六

 地図からして、階段はとぐろを巻くように山肌を登り降りするようだ。


「けっこう長引くかもな。時間は大丈夫なのか?」

「はい」

「途中で苦しくなったら素直にいえよ」

「先輩こそいいんですか?」


 軽くあおるような口調だったが、冗談なのはわかりきっている。返事の代わりにさっさと進んだ。アザがぎしぎし痛んだものの、リハビリとでも思えばよかろう。医師からは特に禁止されてなかったのだし。


 しばらくは、黙々と膝を上げ下げした。


「先輩」

「なんだ?」


 岩瀬が振り返ると、恩田は彼より一メートルほど低い場所にいた。


「ここ、洞窟みたいなのがあります」


 恩田が指摘したところには、なるほど五角形を長細く引き伸ばしたような穴があった。雑草や木に阻まれて、岩瀬は気づかなかった。


「先輩、知ってました?」

「いや……」


 さすがに、すずり山までは詳しく検索していない。


「立入禁止とはなってませんし、ちょっと入ってみましょうよ」

「うーん……」


 登山道ならまだしも、この容態で洞窟とは。


「明かりなら、あたしが持ってますから」


 恩田はバッグから小さな懐中電灯をだした。スイッチをつけると、白昼なのにかすかな光が帯になって見えた。


「いつも身につけているのか?」

「はい。最近は陽が短いですし、夜道で変な人に会ったら目潰しに使えますし」


 恩田はさらりと説明した。女性がそうした用心をせねばならない世の中なのは、岩瀬からしても放置できることではない。もっとも、今は別な議論をせねばならない。


「そうだなぁ……」

「ね、先輩。せめて一メートルくらいでも」

「どうしてそうこだわるんだ?」

「だって気になるじゃないですか。先輩は無視できますか?」

「いや……だが、山頂に行くのが……」

「あとでもいいでしょう? 五十センチでもいいですから」

「まあ、そこまでいうなら」

「やったーっ! じゃ、私が先になりますね」


 明かりを持っているのは恩田だから、これは当然だろう。


 岩瀬が道を譲ると、恩田は自慢の懐中電灯をつけていそいそと出入口をくぐった。こうして前後が入れかわった。


 すぐに、地面はむきだしの岩で壁と天井はコンクリートで補強されていることがわかった。どれほど頑丈なのかまでははっきりしない。


 天井からはひっきりなしに水滴が落ち、濡れそぼった地面は油断しているとすぐに滑ってしまいそうだ。図らずもゆっくり移動することになったのはありがたかった。


 想像よりはずっと暖かい。風邪を引いたりはしないのだろうが、無計画に奥を極めようとするのは慎まねばならない。

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