三 濡れそぼる運命 四

 川は、いざとなったら水門によって分断される運命となっている。勝田川という名前なのは往路の最中にネットで調べた。両岸をコンクリートで固められた、およそ風光明媚とはほど遠い川ではある。水深はそれなりにあるし、ヘドロや生ゴミの臭いはしない。川底には溜まっているかもしれないが、水質調査にきたのではない。


 ただ、当然ながら川は海へと至る。勝田川の河口……水門から南にあたる……で、戦後間もない時分に無残な事故があった。海岸に漂着した機雷の処理に失敗して爆発事故が起こり、作業に当たっていた旧海軍の人間二名と野次馬十名ならびに非常線を管理していた警官一名がまとめて爆死した。


 この、不幸としかいいようのない一件で勝田川は何度も当時のマスコミに連呼されることになってしまった。正確には勝田川の河口なのだが、いつの間にか勝田川全体と結びつけられるようになってしまった。一つには、亡くなった人々がそろって勝田川流域の住民だったということも影響していた。それやこれやで『勝田川機雷爆発事故』と呼ばれる。


 勝田川そのものは、この川を挟んだ戦いで平安時代末期に源氏の軍勢が平氏のそれを追い払って名づけられた。そもそも両氏の勢力圏が重なりあった地域だったらしい。そんな縁起のいい……源氏にとってだが……名前なだけに、なおさら残念な出来事だった。


 川に沿って北へ進めば上流に行くことになる。さかのぼって二キロもないところに山があった。それほど大きくも高くもなく、頂上はせいぜい二百メートルほどだ。


 突然視野が真っ暗になった。


「だーれだ?」

「やめろよ」


 怒ったつもりはない。声ですぐ恩田とわかる。ただ、ホラフキさんを思い出させるようないたずらは正直なところ勘弁してほしかった。


「あれっ!? 先輩、ひょっとして怒っちゃいました?」


 両手を岩瀬の顔から外し、恩田はいたずらっぽく笑った。


「いや、怒ってはないけど」

「ですよねー。ちょっと意識しちゃいますよねー」

「あのな!」

「冗談ですよ、冗談」

「……」


 恩田のセンスは掴みどころがない。


「それより先輩、提案しといてなんですけど地味な橋ですよね」

「ああ」


 そういう恩田は、くるぶしまでの茶色いブーツといい小豆色のロングスカートといいなかなかのお洒落だった。短めの髪も丁寧にセットしている。そこで気づいた。いつものスラックスではない。さらに、肩からさげた小ぶりな黒いバッグもいいアクセントになっていた。


 対して岩瀬はというと、我ながら野暮ったい。厚着してきただけに、湿布は目だたないのだけが幸いだ。こうなると、臭いが控えめなのもありがたい。


「でも、その分あたし達が目だつかも?」

「追悼行事なんだぞ、一応」

「あー、そうでしたよね」


 呼びかけ人の割には、恩田は軽くすませた。


「とにかく、撮影しよう」

「先輩!」


 恩田はバッグを開けて中身をごそごそした。


「じゃーん。自撮り棒でーす」

「用意がいいな」

「あたし、提案者ですから」


 心持ち、恩田は胸を反らした。


「では……」

「はーい、チーズ!」


 二人で橋のたもとを背景にした。


「記事は俺が書こうか?」

「はい、お願いします。あたしにメールくれたら写真を添えて上げときますから」

「よし、じゃあこれで……」


 調べたことを活用すればそれなりの文章になる。

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