三 濡れそぼる運命 二

 分厚い表紙を開くと見開きの口絵が現れた。古めかしい法廷で、被告を斜め前から見て描いたものだ。映画などでよくある、古い仕たての洋服を着た老婆がそれで、背景にはいかめしい制服姿の役人が二人いた。役人の一人は刺股さすまた風の武器を両手で持っている。老婆の両脇には、教会のベンチのような長椅子がいくつもあった。席は全部、傍聴人とおぼしき人々で埋まっている。


『一六八七年十一月二十日、アメリカ合衆国マサチューセッツ州の街マギレムでおこなわれた魔女裁判。中央は有罪を宣告されたベッティ・ランコール』


 口絵の下にはそう説明があった。


 つまり、この本はアメリカ合衆国の近代合理主義形成に旧大陸風の……というよりは旧時代風の……魔女裁判がどう影響を与えたのかを考察する内容だった。岩瀬は哲学を学んでいないので、難解なのは覚悟せねばならない。一気に理解する必要はないので時間をかけてじっくり読もうと決意した。


 ひとまずさわりだけ目を通すと、マギレムの魔女裁判について細かく述べてあった。当時のマギレムは人口数百人の農村だったが、地主の娘が突然悪魔に取り憑かれたとされて大騒ぎになった。


 実際には、友人達と廃屋の探検ごっこをしていてわざとそんな様子を装っただけだった。一七世紀の末には魔女信仰や異端審問が廃れつつあったが、アメリカ合衆国の一部では本気で信じる人々が残っていた。


 つまるところ、引っ込みのつかなくなった地主の娘が次々と口から出任せをならべ、それを真に受けた大人達が魔女狩りを始めたというのが真相である。


 口絵にあるランコールは、悪魔憑きをでっち上げた娘の親に雇われていた。具体的には掃除係のメイドだ。彼女は地元警察の取り調べを受けた。そこに牧師がたちあったが、牧師は警官に拷問を促し、実行させた。こうして彼女はでたらめな共犯を『自白』させられた。

 

 芋づる式に魔女の仲間が逮捕されていったが、捜査を主導したのは警察ではなく牧師だった。純粋な信仰心からきた行為なら、まだしも弁護の余地はある。彼は、悪魔祓いのためと称して被告の家財道具を没収していた。それらを焼き払うふりをして、転売していたのがばれてしまった。


 牧師が信頼を失うとともに、マギレムの魔女裁判は尻すぼみになっていった。最終的には約三十人が告発され、裁判まで進んだのが七名。五名は無罪で二名が有罪となり、一名は裁判自体が無効とされ釈放となった。


 牧師が違法転売で逆に逮捕されたとき、ランコールはすでに処刑されていた。判決がでたあと、彼女は一転して無罪を主張したが誰も聞く耳を持とうとしなかった。


 犠牲者が気の毒なのは当然として、いうまでもなくこれは集団ヒステリーだ。『ホラフキさん』も似たようなものだ。だからこそ、久慈は勧めたにちがいない。


 スマホが振動した。


 『たもかん』のサイトで、恩田が神出の追悼行事を会員全員に呼びかけていた。湯梨水門橋の画像つきだ。いうまでもなく、簡単なお悔やみを冒頭に置いている。とりあえず参加者をはっきりさせてから予定を煮詰めるつもりのようだ。


 行事としてはなんの異論もない。しかし、参加有無の意思表示は明日の正午までとなっていた。いささか早すぎるのではないか。会自体が空中分解しかかっているので、どうせ待つだけ待っても意味がないと判断したのかもしれない。


 首筋を右手でもんだ。とたんに肘や二の腕がうずき、顔をしかめた。茶の一杯でも飲みたいところだが、身じろぎすらはばかってしまう。


 余計な詮索をするには、疲れがまだまだ残っていた。参加する、と返信してスマホを閉じた。

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