ニ トラウマの発掘 七
神出の
『テレビかなにかで発表されたのか?』
『はい。ネットでもニュースになってます』
信じられない。陳腐ながら、その一言だった。
あれほどうっとおしかったのは、逆から考えればそれだけ負の存在感があったことでもある。個人的には気にくわないが、仲良くしている会員もいた。帰宅したら、神出にどう対応するかを練りあげようとも考えていた。
もっとも、はっきりと損害を受けたのでもない。なんともいえないもどかしさだ。まるで、上等な料理と生ゴミを交互に食べているような。
『ほかのみんなは知ってるのか?』
一分ほど時間をかけて、ようやく有意義な質問がでてきた。
『はい、たいていは。まだの人も少しはいると思いますけど』
『会長は?』
会長も幽霊会員ぶりでは恩田といい勝負だ。
『特になにもないです』
期待に応える無気力ぶりだ。もはやどうでもいい。
『じゃあ、個人個人でお悔やみでも述べたらいいんじゃないか?』
『たもかん、どうなっちゃうんでしょう』
『別にどうにもならんだろう。最近はだべり部屋みたいになってるし』
神出が、不本意な理由で消えた。拍子抜けするとともに、『たもかん』への愛着も消えてしまった。我ながら驚くほどに。
『そうですよね。私も、一回もみんなとどこかにいったことないですし』
『どっちかというと、そっちが深刻だよ』
『あ、それなら先輩。ちょっと閃いたんですけど、現地集合・現地解散で記念写真だけサイトにあげるっていうのはどうでしょう?』
なるほど、それなら感染の危険は最小限になる。つけ加えるなら全会員が少なくとも二回はワクチンを接種している。
『いいな、それ。でも、どこにいく?』
近場は開発しつくされているのも、会活動が行き詰まっている原因だった。
『ちょうど暇潰しにネットやってて、
『へー、遠いの?』
『いえ、大学からなら電車で三十分ぐらいのところです。リンク貼っときましょうか?』
『ああ、頼む』
すぐに恩田は実行した。開いてみたら、彼女のいうとおりだった。
『いいね、これ。でも、神出が死んだばかりだし今すぐは無理かな』
『じゃあ先輩、神出君追悼イベントにしちゃいましょうよ』
『え?』
『神出君だって、彼なりにたもかんのこと真剣に考えてたじゃないですか。お葬式とかにはいけないけど、かわりに彼が喜びそうなことをするのは供養になると思いますよ』
なんとなく、恩田の主張に危ういものを感じた。内容そのものは非の打ち所がない。岩瀬も感心しつつ……腑に落ちない。どこか、純粋でないものを感じた。
『俺も賛成だ。ただ、みんなが落ち着くまで待った方がいいんじゃないか?』
『そうですね。じゃあ今日は置いておいて、明日改めてみんなと相談するということでいいですか?』
『そうだな。それがいい』
『ありがとうございます。じゃあ』
会話は終わった。ある意味で、受診より疲れた。コップの水を飲んでみたら、氷が溶けきってぬるくなっていた。
「おさげしてもよろしいですか?」
ウェイトレスが、空になった皿を見つけてやってきた。
「はい、お願いします」
ウェイトレスとともに皿が消え、急に目の前の空間ががらんどうになった。追加注文でもするならともかく、そろそろ店をでる時だろう。
席をたち、金を払った岩瀬はすぐ書店を目指した。五分とかからなかった。
『合理主義と新大陸の魔女』は、意外にもあっさりと探し当てられた。手間が省けてありがたい。さっそく支払いをすませて、ようやく家路となった。電車でも構わないが、バス停があったのでそちらにする。
買ったばかりの本を開きたいのは山々ながら、夢中になりすぎてバスを逃すのはナンセンスだ。十分ほど辛抱して、やってきたバスに乗った。
座席はどこでも座り放題だ。手間がかからないよう、最前列を選んだ。ここでも、読書は我慢せねばならない。代わりにスマホでネットニュースを読んだ。恩田が知らせたとおり、地元の交通事故が掲載されている。神出は大学生Aと紹介されているが、首の骨を折って死亡とあった。事故の原因になったのは普通乗用車で、運転していたB氏は四十代の会社員だそうだ。神出には悪いが、どちらかといえばB氏こそ災難だろう。
スマホを切って胸ポケットにもどした。ふと窓の外に顔を向けると、反対車線に何台かのパトカーが止まっていた。三角コーンをならべて作った範囲の中で、制服姿の警官達が路上に線を引いたりなにかを書き込んだりしている。
タイミングといい場所といい、明らかに神出の事故現場だ。反対車線なのであっという間に過ぎさったものの、記憶にはしっかり焼きつけられた。
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