ニ トラウマの発掘 六
岩瀬としても、ホラフキさんを神出ごと斬り捨てて終わりという結論が強く頭に浮かんだ。
もっと重要なのは、自分が耳にした言葉と過去の記憶だ。
「ところで、おケガは痛みますか?」
久慈は話題を変えた。
「はい、ちょっとうっとおしいですね」
「回転している物を見るのと、自分が回転させた物から別な回転を連想するのはたがいに重なりもすれば独立もしています。肝心なのは発作を抑えることですよね」
「はい」
この点についてはうなずく以外にない。
「少し強めのお薬になりますが、構いませんか? 服薬の要領は変わりません。副作用もこれまでと同じで、空腹感が多少強くなります。それと、お金は少しだけたくさんかかります」
「はい、お願いします」
空腹感はなかなかにこたえるときがある。耐えるしかない。
「わかりました」
「あのう、先生」
「はい」
「なにか、読んで参考になりそうな本があれば知りたいです」
久しぶりの質問だった。かなり前に一回したものの、ないといわれて終わっていた。記憶が漠然とでも復活したなら、時間がたったことでもあるし聞いておきたかった。
「そうですね。ちょうど最近、これはと思う物を読んだところです。鈴木 敏という学者が書いた『合理主義と新大陸の魔女』ですね。矢羽出版からでていますよ」
「すみません、スマホでメモしてもいいですか?」
「ええ、もちろん」
「ありがとうございます」
こういうときはメールの下書き機能を使う。すぐに終わった。
「それでは、本日の診察はここまでです。お大事に」
「お世話になりました」
岩瀬は診察室をでた。会計をすませると、急に空っぽの胃が鳴った。腕時計を見ると、昼の二時を回っている。
非常時とはいえ大学の講義をすっぽかしてしまった。即座に単位を失うわけではないが、ある意味ケガよりも手痛い。
打撲の痛みもしつこく残っているが、まずは腹ごしらえだろう。薬も飲まねばならない。
浦原病院をでて、ふたたびタクシーをつかまえた。診察後は、ささやかなぜいたくとして近くにあるファミリーレストランにいくようにしている。いつもは電車に乗っていくが、途中で発作がおきては元も子もない。
金こそかかったが、そのかいあって速やかに到着した。昼下がりで道路が比較的空いていてよかった。
席に案内されてすぐ、日替りランチを注文した岩瀬はセルフサービスで水をついだ。暖房が効いていたので氷も加えた。
席にもどってから、コップの氷水を半分ほど飲んだ。周りに聞こえない程度にため息をつく。
丸部整形外科から浦原病院に至るまで、ほとんど無我夢中だった。やっと一息つけた。
久慈から聞いた本を、試しにネットで検索したらすぐ現物に当たった。なかなか分厚い本で、値段もそれなりだ。オンラインで発注してもよいが、このレストランのはす向かいに書店がある。まずはそこを探した方がいいだろう。
それから間を置かず、食事がきた。煮込みハンバーグにサラダ、白米と漬物。
スマホを胸ポケットにしまい、岩瀬は無言でばくばく食べた。病気がなんだろうがケガがどうしようが関係ない。睡眠を別にするなら重大な生命の維持であり娯楽でもあった。いうまでもなく、食後は速やかに薬を飲んだ。これでようやく真の一段落が訪れた。かと思ったらスマホが振動した。
メールを受信していた。『たもかん』からだ。
久慈の助言もあり、突きはなすつもりで中身を読んだ。恩田から個別チャットで話がきていた。
『先輩、神出君が死にました』
思わず二回、いや三回読み返した。文章はなんら変化しなかった。
『いつ、どこで?』
『二時間ほど前に、神出君の自宅前だそうです。ふらふら道路にでて引かれたって』
変な薬でもやっていたのだろうか。
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