一 ホラフキさんのささやき 五

 つらつら思い返すうちに、コンビニについた。出入口をくぐったとたん、有線放送の流行歌が耳に届いた。


 チョコレートでもクッキーでも、甘いものならなんでもいいつもりだった。まっすぐお菓子売場にいって、商品よりも値札に注目する。このところ物価があがる一方で、あまり高いものを買うのは慎まねばならなかった。


「先輩」


 聞き覚えのある可愛らしい声に振りかえると、恩田だった。買い物籠を左手に下げ、相変わらずスラックスをはいている。髪は染めておらず、少し長めにしていた。鼻は心もち低いものの、顎はすっきりしている。全体的にほっそりした体格ながら、セーターから突きでる胸は目だつ大きさだった。


「今晩は」


 礼儀正しく岩瀬は挨拶した。そういえば、彼女と一対一で話すのはこれが最初だ。


「今晩は」


 少しおどけた口調で、恩田は返事した。


「スマホは直った?」


 なにはさておき、まず聞くべき質問だろう。相手に余計な圧力をかけないよう、軽く笑いながら尋ねた。


「はい、お陰様で。変な宣伝メール開いたのがまずかったですね。ご迷惑をかけてすいません」

「いや……気にしてない」


 まさか真相を打ち明けるわけにはいかない。


「先輩も、お菓子買いにきたんですか?」

「そうだ」

「今週はデレチョの新作がでてますよ!」


 これを買わずして菓子を語るなといわんばかりの入れ込みようだった。


「デレチョ?」

「えっ、知らないんですか? デレデレチョコレートのことですよ。絵文字の笑顔みたいな形をしてて、一個一個がちっちゃくて可愛いんです」


 ふだんからこんなに喋る子だったかどうか、とにかく恩田は力説した。


「そ、そうか」

「でも高いんですよね」


 彼女の視線を追っていくと、目当てに至った。たしかに、商品を入れた箱には誘うように笑う美少女アイドルが描かれている。ロゴを模しただけの包装を施した板チョコとは次元が異なる。値段も相応だった。


 こんなとき、『じゃあ二人でお金をだしあって半分こする?』とでもいいだせる人間の方がもてるのだろう。仮に気持ち悪がられても、誰かに当たるまで繰り返す。岩瀬にはそんな発想はとても湧いてこない。ただ、好き嫌いのない彼からすれば新鮮な好奇心を感じるきっかけではあった。チョコレートが。


「俺、ちょっと試そうかな」


 少しばかり照れながら、それでも一歩踏みだした。


「おっ、いいですね~。初デレ!」


 にこにこしながら見守る恩田を脇に、岩瀬は商品へと手をのばした。


『このチョコレートを毎日百個食べるといえ』

「え?」


 手を止め、彼は慌てて辺りをきょろきょろうかがった。


「先輩、どうしたんですか?」

「いや……」

『このチョコレートを毎日百個食べるといえ』


 同じ声音で同じ言葉が聞かされた。

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