個人記録③ 遺書

『遺書』


 すべてを投げ打ち、果たすべき責務から逃れる身勝手を、誠に申し訳なく思う。

 そのうえ恥を重ね、お願い申し上げる。この文書を読んだしかるべき人物はどうか、この世の歪み、過ちを正して欲しい。私が果たせなかった願いであり、私が果たすべきであった責務の一端を背負わせることを許して欲しい。


 すべては我々、ASLAと名乗る組織が偶発的な事故から、『根源素子アペイロン』を発見してしまったことに始まる。世間一般に知れ渡った通り、怪獣を生み出す要因である。しかし、根源素子の最も重要な事実はそのことではない。根源素子が新たな宇宙の引き金になる、新世界の元素である、ということにこそある。

 我々はその事実と可能性を知りながら、意図的に情報を操り、人心を扇動した。本来果たすべき説明を行わず、また理解を求めることもしなかった。我々が為したことといえば、組織の拡充と研究継続のために歪んだ可能性を提示し、欲望に忠実な人々の野心を肥え太らせただけだ。

 我々の生み出した歪みの粋こそ、彼の少年少女の兵士『グレイプニル』である。


 結論から述べると、怪獣は本来、怪獣ではない。

 怪獣の姿形やその破壊行動は彼らの本質ではない。

 彼ら怪獣こそ、ビックバンの先にあるべき『新しい世界の種子』なのだ。

 人々の集合的無意識の恐怖や衝動が根源素子に作用して物質転化を促した結果、生まれ落ちるものだという怪獣発生論は、誤りでないが不十分である。怪獣の発生にはもう一通りの可能性が考えられるからだ。

 それは共感因子をもつ子供たちだ。根源素子への干渉力が拡大していき、ある地点を突破すると根源素子を物質に転換できるほどの干渉が可能になる。現象としては怪獣発生と同様のものなのである。共感因子は幼少期の根源素子濃度に影響して発達することはすでに明らかである。加えて、根源素子の発生量は増えることはあっても減ることは決してないと言い切れる。

 ダークマターから根源素子への転換は、根源素子自体が反応触媒となり、転換反応が連鎖して発生し続けていると仮定されている。宇宙にあるすべてのダークマターが転換し終わるまで、根源素子は発生し続ける。鞍馬正史氏の予想した35%の数値が新たなビッグバン、宇宙の創世に必要な値だと算出されている。

 我々の過ちは、避けることのできない終末を拒絶しようとしたことにある。

 新たな世界、新鮮な発想を持った子供たちの創る、可能性に満ちた世界を、支配と妄執で封じ込めてしまおうとしたことだ。

 未知と可能性を探求し、歩み進み続けることが本分の科学者が、喪失の恐怖に怯えて新たな芽を摘もうとした。我々がなにより信じるべき可能性を、我々の手で否定してしまった。愚かになり続ける大人の、絶望であった。


 我々がグレイプニル、素子感応症の幼い子供たちに施したものは、共感因子への神経ブロック治療だけではない。愚かな大人の妄執を吹き込むための教育、発想に頸木をはめる社会常識。思考の汚染といっても差し支えない行い。

 思いつかせない。考えにも上らせない。子供たちの思考の幅を狭め、今ある世界の形を覚えさせることが、新しい世界への歩みを鈍らせる。

 それだけならまだしも、私の脳裏には恐ろしい企みの影がちらつくのだ。

 かつての同僚だった鞍馬正史。実の娘さえも実験動物としか見なかった彼なら。水槽の脳を実現して、子供たちの脳から根源素子に接続し、想いのままに現実を操作する術を確立するかもしれない。現世を維持する要として、新しい子供たちの脳を用いるのだ。脳は現実世界という夢をイメージし続け、根源素子に干渉する。世界の形を保持する、あるいは支配する。そのおぞましい欲望の、恐怖のために。

 世界は大人の凝り固まった妄執に囚われるべきではない。

 子供たちが解放され、新しい世界が迎えられることを望む。


 最後に、鞍馬祥子。彼女を救うことができなかったことを悔いる。

 私はなにも拒むことができず、同情や憐憫は彼女の鎖を溶かすには至らなかった。私は彼女の苦しみと混迷を深めたのみ。どのような感情を言い訳にしても、手を挙げたことは私自身の欲であったのは取り違いようもなく、醜悪そのものであった。

 正しく導くことこそ、私の果たすべき責任であったにも関わらず。

 私の過ちと醜さが生み出した、彼女に宿る小さな怪獣が、願わくば彼女を縛る鎖を破壊し、ささやかでも光をもたらさんことを。

 私は彼女のなかでの役目を終えた。彼女の舞台では愚かな道化の配役だった。

 これ以上場を濁すことは望むはずもない。

 より大きな過ちを犯すことを何よりも恐れるがために、私は自ら終わらせる。

 これから未来を歩んでいく、子供たちを阻むことがないように。


階堂竹美

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