第4話 謎の男性

 すれ違う人全てが見たこともない煌びやかな服や鎧を着ており、知らない世界に来たことを実感した。


「あのー、もう降ろしてもらっても大丈夫ですよ」


 それよりもそのまま男に運ばれていると周囲からの視線が痛かったのだ。


「いや、これは俺が任された仕事だ」


「わかりました」


 何度も伝えるが、男から出てくる言葉は"任された仕事"だからという理由だ。


 社会人を経験している僕だからわかってはいるが、さすがにそんなに見られたら恥ずかしい。


「すみません、やっぱり恥ずかしいので……」


「なら顔を伏せていれば良いさ」


 そう言って男は僕の頭を持って胸に近づけた。


「これなら見られていることが気にならないだろ」


 男も見られていることに気づいていたようだ。


 それでも僕を抱いて運ぶ理由があるのだろうか。


 ただ、頭に触れる手が少し懐かしい気持ちを思い出させてくれる。


 ああ、人に撫でられたのっていつぶりだろうか……。


 僕は胸元に引き寄せられながら頭を撫でられていた。


 大きな手に撫でられるこの感覚は、両親が亡くなってから感じたことがなかった。


「僕も頑張っていたのにな……」


 今まで頑張って妹の面倒を見てきた。


 大変な仕事も弱音を吐かずにずっと頑張ってきた。


 なのに、急にわからない世界に召喚されて僕は必要ない人物になってしまった。


 二人で元の世界に帰れるのだろうか。


 僕の中は不安な気持ちで今にも溢れそうになっていた。





「聖女様のお部屋に着きました」


 頭を撫でられた僕はいつのまにか寝ていたようだ。


 短い距離だったとは思うが、あの短時間で眠ってしまうってことはそれだけ心地良かったのだろう。


「ありがとうございます」


「これが私の仕事なので……」


 僕は男の腕から降りるとお礼を伝えた。


 ただ、どことなく寂しそうな顔をしている。


 それだけ仕事に誇りを持っているのだろう。


「またよろしくお願いしますね?」


「お任せください!」


 きっと彼に尻尾が生えていたら大きく振っていただろう。


「第二騎士団長クロウ、ご家族様をお連れしました」


「ああ」


 妹は厳重に見張られていたのだろう。


 部屋の前に二人の見張りがいた。


 そして僕をここまで連れてきた男性はクロウ・・・という名前らしい。


「お前が聖女様の家族か?」


「そうだが……」


「聖女様に無礼がないようにな」


 これが聖女の家族に対する態度なのだろうか。


 扉が開き、部屋の中に入ると、そこにはベッドの上で小さく座っている妹がいた。


「夢大丈夫だったか?」


「へっ? お兄ちゃん!」


 僕の存在に気づいたのか、急いでベッドから降りて走ってきた。


「お兄ちゃんー! 早く帰りたいよ」


 僕の胸に抱きついてきた夢は目を真っ赤にして泣いていた。


 こんなに泣いている妹の姿を見たのは久しぶりだ。


 両親が亡くなった時にあれだけ泣かせないと誓ったはずなのに……。


「何か嫌なことはされていないか?」


「大丈夫……。お兄ちゃんは?」


「僕も平気だよ。犬に顔を舐められたぐらいかな?」


「えー、お兄ちゃんだけずるい」


 何気ない会話で少しずつ落ち着きを取り戻したのか、笑顔を少しずつ見せるようになってきた。


――トントン!


 僕は夢を隠すように前に出て返事をした。


「はい」


 扉が開くと煌びやかな服装をした男が入ってきた。


「突然の訪問失礼します」


「次はなんですか!」


 後ろに隠れていた夢はなぜか怒っていた。


 僕が来る間に何かが起きたのだろうか。


「すみません、あなたはどち――」


「邪魔者の存在で殿下に対して失礼だろ!」


 気づいた時には僕の首元には剣が突き付けられていた。

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