第3話 解放

 僕は体の違和感に目を覚ますと、隣には黒犬が座っていた。


「痛たた……」


 流石に檻にずっともたれて寝ていると体が痛い。


 声に反応したのか黒犬は慰めるように顔を舐めてきた。


「ははは、そんなに舐めると顔がカピカピになるよ」


 涎ですでに顔は乾燥している。


 寝ている時にどこかに行った痕跡もないため、ずっと隣にいてくれたのだろう。


「ずっと隣に居てくれてありがとう。心が楽になったよ」


 妹の安否はわからないが、聖女として召喚されたなら生きてはいるだろう。


 僕は立ち上がり背伸びをするように体を伸ばした。


「まずはどうやって生きるか考えないといけないね。君はどう思……」


 振り返るとそこにはもう黒犬はいない。


 あれだけ懐いていたのに、いつのまにかどこへ行ってしまった。


「あれ? どこに……?」


 周囲を見るがどこにもおらず、どこか寂しい気持ちになった。


 しかし、そんな心配も吹き飛ばすほど急に目の前に誰かが立っていた。


 びっくりして息を飲むという言葉はこういうことを言うのだろう。


 驚きの言葉すら出なかった。


「傷つけてすまなかった。聖女様に会うためにここから出ることになったぞ」


「えっ?」


 目の前の人物は鍵を開けると俺の手を取り、そのまま抱き寄せた。


 体の大きさからして男性なのはわかるが、体格は僕の二倍はありそうだ。


「ちょっ――」


「体が疲れているだろ」


「あっ……」


 体に響くような低音の声に僕の体はビクッと震える。


 まるで不思議と体の奥まで声が届いているようだ。


「少し休むといい」


 気づいた時には僕の体は宙に浮いた。


 僕は驚いて声も出なかった。男にお姫様抱っこのように抱きかかえられている。


「いや、重いと思うので降り――」


「大丈夫だ。俺はこれでも騎士だから……むしろちゃんと飯は食べていたのか?」


「ご飯ですか?」


「あー、仕事が忙しいので基本夜しか食べてないですね。確かここに来る前は……」


 そういえば鍋を食べようと思った時に、聖女召喚に巻き込まれたため一日なにも食べていなかった。


 そもそも仕事が忙しいため、食べる機会はあまりない。


「そういえば何も食べてなかったですね」


「はぁー、そうか。本当にすまなかった」


「いえ、こちらこそ心配かけてすみません」


 どこか心配そうに僕の顔を覗く男に、なぜか胸の高まりは増している。


 このドキドキ感はなんだろうか。


「じゃあ、ゆっくり聖女様のところへ向かうからな」


 男は歩き出すとすぐに階段があったのか、少し体が上下に動いた。


 あまりにも揺れるため、僕は男の首に手を回すと、なんとなく僕のを見ている気がした。


「あっ、すみません」


 咄嗟に手を離すと男は立ち止まった。


「んっ」


「どうしたんですか?」


「早く掴まれ」


「えっ……」


「ほら、早く!」


 僕が掴まない限り歩く様子もなかったため、さっきと同様に首に手を回す。


 男に抱きつかれても嫌なのかと思ったが、そうではないらしい。


「失礼します」


「ああ」


 どこか嬉しいのか、さっきよりも階段を登るスピードが速くなった気がする。


 せっかく首に手を回したが上下運動はさっきよりも大きくなっていた。


「外に出るから少し目を閉じておくといい」


 僕は言われた通りに目を閉じると、次第に心地良い風が吹いていた。


 きっと外に出たのだろう。


「目を開けてもいいぞ」


 目を開けるとそこには黒髪に黄色の瞳と、洋風な顔立ちの男性の顔があった。

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