第2話 発情期 ※一部別視点

 僕は気づいた時には真っ暗な部屋の中にいた。手探りで何かを探しているが、あるのはベットだけだ。


「夢は大丈夫なのか……」


 今は妹の無事を願うことしかできない。


 次第に目が慣れてくるとベットの反対側には、鉄格子があることに気づく。


――牢屋


 僕の頭の中で出てきた言葉はこれしかなかった。


 実際に入ったことはないが、ドラマで見たものと作りは同じだ。


 そんな真っ暗な中、何かが動いた。


 キョロキョロと動くその瞳に何かの生物がいると感じたが、なぜか恐怖心はない。


 近づいてみるとそこには全身真っ黒な狼のような犬がいた。


「君も捕まったの?」


 僕の問いに反応したのか、首を横に振っている。


「ははは、君はお利口だね。たしかによく見たら檻の外にいたね」


 声に合わせて動くその姿に頭の良さを感じる。


 きっと僕の言葉が理解できているのだろう。


「夢……あっ、僕の妹は無事かわかる?」


 犬は首を傾げた後に首を縦に振った。


 心の中では犬に何を話しかけているのだろうと思っているが、どこかその瞳に僕の心は安心している。


 それだけ今は心配で仕方ない。


 ただ、今の自分が何かできるわけでもない。


「ふふふ、犬さんがそう言ってくれて少し体の力が抜けてきたよ」


 どこか本当に安心してきたのだろうか……。


 さっきまで妹のことばかり考えていたのに、体の力が抜けてボーッとしてきた。


「ねぇ……何か体が熱いけど、ここって暖房が効いている? それとも風邪引いたのかな……」


 だんだん体から熱を発しているように感じる。


 高熱を出した時の感覚に近い。


 それと同時になぜか僕の股間は少しずつ膨らみを増していた。


 僕の姿に犬も驚いたのかその場を行ったり来たりを繰り返している。


「熱い……熱いよ……」


 全身が熱でとろけそうな僕は自身の履いていたズボンを下げて、自然と熱を放出したいと体が動いていた。


 意識が朦朧とする中、檻に体を預けていると心配になったのか黒犬が近づいて来た。


 全身が真っ黒で黄色の瞳が特徴的な大型犬。


「ははは、心配してくれてるの?」


 心配しているのか僕の顔を一生懸命舐めている。


「一緒に寝たらふかふかそうで心地良いんだろうね」


 指の間から透き通る真っ黒な毛は、手触りの良い高級な毛質をしていた。 


「むむ、そこは口だって……」


 犬は僕の口だと知らずに舐め回している。


 するとなぜか自然と熱は治まっているような気がしてきた。


「君のおかげで少し体が楽になったよ。ただの風邪だから少し休んだら治ると思うから寝るね」


 きっと僕の熱を奪ってくれたのだろう。なぜかそんな気がした。


 次第に眠気がくると僕は体を委ねるように意識を手放した。


 檻越しではあるが、隣りから伝わる熱に僕はどこか安心感を覚えた。





「団長どこに……この匂いはなんだ」


 何かあったのか部下が地下の階段を降りて来た。


 見張りの時間にしては少し時間が早い。


 松明の灯りだけでは見えづらいのか辺りをキョロキョロとしている。


「ここにいる」


「ふぇ!? なぜ獣の姿でいるんですか?」


 俺の姿を見て驚いていた。確かに俺達第二騎士団は獣人で構成されており、人間からは差別の対象として見られているため、普段は獣の姿になることはない。


 ただ、昨日の監視の時に体への影響が少ないと感じてこの姿になった。


「それにしてもこの匂いはなんですか?」


「お前が気にすることではない」


 まだこの匂いの正体がわかっていないなら好都合だ。


「それで何かあったのか?」


「聖女様が食事も睡眠も摂らないので、そこの人を解放することになりました」


「わかった。起きたら連れて行く」


「お願いします。それにしてもその人も可哀想ですよね。妹が訳の分からないものに巻き込まれて、助けようと思ったら捕らえられて……おっと、急いで戻らないと!」


 部下は俺に頭を下げると階段を駆け上がった。


 確かに隣にいる男は立派な人物だろう。


 命知らずというのか、必死に妹を守ろうとする姿に俺はどこか心が惹かれていた。


 それにしても部下にバレずに済んでよかった。


「まさか巻き込まれた兄が無能なΩだって気づかれなくてよかったな」


 隣で心地良く寝ている兄はこの世界では無能と呼ばれているΩの性を持っているのだろう。


 きっと部下が感じた匂いはΩが出していた発情期ヒートのサインであるフェロモンだった。


 部下はβだからあまり感じていなかったが、αである俺には辛かった。


 人の姿をしていたら彼を抱き潰すまで抱いていただろう。


 幸い俺の体液に含まれる魔力を少し流すことで彼も落ち着いた。


 魔力を持っていない"無能なΩ"これがこの世界にあるもう一つの性別だ。


 正確に言えば魔力は持っているが、日常生活でしか使えるほどしかない。


「んっ……」


 どうやら彼は目を覚ましたようだ。


 目を擦って俺の顔を見ると優しく微笑んだ。


「おはよう」


 これが第二騎士団団長の俺とカナタとの出会いだった。

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