第1話 聖女召喚

「カナタ、私の番になってくれませんか?」

「カナタ、俺の番になりませんか?」


 なぜこんなことになっているのだろう。


 僕は巻き込まれてこの世界にやってきただけなのに……。


「おい、駄犬はあっちにいけ!」

「腹黒殿下こそ諦めたらどうですか?」


 毎回僕に告白をしてくるが、正直言ってこの二人の方が相性は良いだろう。


 昔から一緒にいる仲だって言っていた。


 歪みあっている距離感もお互い近く僕が入る隙間も物理的にない。


「もう、僕と番になるんじゃなくて二人でなったらいんじゃないか?」


「誰がこんな駄犬と!」

「誰がこんな腹黒と!」


 返ってきた言葉は同じだ。


 これで相性が悪いってことはないだろう。


 今まで一緒にいた僕だからこそわかっている。


 恥ずかしくて口では否定したい時期ってあるらしいしね。


 交際未経験の僕には分からないが、今の二人ならきっとうまくいくだろう。


「ほら、二人ともお似合いだよ。僕は夢のところに行ってくるよ」


 このまま居続けても変に巻き込まれるだけと思った僕は妹の元へ向かった。


 僕はこの世界に来てからいくつもの月日が経ったのだろうか。





「お兄ちゃんお腹減ったよー!」


「今ご飯の準備をしているから父さんと母さんにお線香をあげてきて」


「はーい!」


 僕は妹のゆめと二人で暮らしている。10歳も離れている僕達は、夢が小さい頃に両親を亡くしている。


 当時、大学生だった僕は学校を辞めてすぐに働くことにした。


 あれから今年で10年の月日が経った。


 幸い両親の生命保険でお金は貰えたが、私立の大学に通っていた僕にとっては今後のことを考えると働くしか選択肢がなかった。


 妹が成長して大学に行って、そのうちいい人に巡り会えたら結婚するだろう。


 先のことを考えると、とにかくお金が必要になる。


 親がいなくなった妹にとって、僕が代わりに両親の役割を果たさないといけないと思った。


 そんな夢も明日で高校を卒業して、4月から大学生になる。


 ここまで来たらある程度は手が離れるから自分の時間も取れるだろう。


 僕もそろそろ結婚を視野に入れないといけない年齢になってきている。


「お兄ちゃんお線香ってどこにあったけ?」


 いや、そんなことは言ってられなかった。


 家のことになると何もできない、まだまだ手がかかる妹だ。


「引き出しの中に入っているよー!」


「わかった!」


 僕はできたばかりの鍋をキッチンミトンで持つ。


 熱々の鍋から広がる匂いに食欲がさらにそそられる。


 食卓に運ぶために移動すると、夢の叫び声が突然聞こえた。


「夢!」


 咄嗟に鍋を持ったまま夢の元へ向かうと突然光に包まれた。


「おい、夢――」


 声を出そうとした瞬間、周囲に他にも誰かいるような気配を感じた。


 僕達が住んでいる家には夢と二人しかいなかったはずだ。


「おおお、聖女召喚に成功したぞ!」


 声がする方に目を向けると、そこには何者かに囲まれた夢がいる。


 持っていた鍋を投げつけると、隙間を掻い潜り妹の元へ向かう。


「おい、この者はなんだ?」


「きっと聖女様の言葉から兄だと思われます」


「なぜ、一緒に兄が召喚されているんだ!」


「これは巻き込まれたのだと……」


 鎧を着込んだ男達に囲まれて改めて思ったが、ここは僕達が住んでいた日本……いや、世界ではない。


 海外であれば日本語を話しているはずだ。


 しかし、話しているのは聞いたこともない言葉でなぜか僕は理解できていた。


 どうやら僕は聖女召喚という儀式に巻き込まれたらしい。


 聖女とは何かわからないが、今の話からしたら妹がその聖女という存在にあたるのだろう。


「お兄ちゃん怖いよ……」


「大丈夫。僕がずっといるから」


 僕はそっと妹を抱きしめた。


 唯一の家族は命をかけてでも守る。


 これが亡くなった両親に誓ったことだ。


「早くその汚い男を引き剥がすんだ」


 自分より大きな体格をした男達に抑えつけられたら、いくらなんでも僕の体格じゃ無理だった。


 しかも、一人に対して数人がかりで僕を引き離し床に抑えつけられる。


「嫌だ……お兄ちゃんを離して!!」


 それでも必死に顔を動かすと、夢の声と共に妹の体は目が開けられないほど光を発した。


「おおお、これが聖女の力か! 素晴らしい!」


「夢!」


「お兄ちゃん!」


 僕は妹に向かって手を伸ばしたが、無情にも思いは砕け散った。


 気づいた時には腹部に重い痛みが走る。


 僕は騎士に強く蹴られて空気を吐き出す。


 視界がぼやける中、そこには泣き叫ぶ妹の姿があった。


 ああ、父さん……母さん……ごめんなさい。


 夢を守れなかったよ。


 


───────────────────

【あとがき】


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