第39話 茉希名 終
「……おはようございます」
「おはよう。目覚めた気分はどう?」
「嫌なくらい、すっきりしてます」
「悪夢からは、解放されたかな」
「夢は見ました。自分が人形になって、誰かに操られる夢」
「……僕は、身体の至る所に腕と足が縫い付けられるんだ。蜘蛛みたいに。それが本当にあったことなのかどうか、今は自信がない」
「夢なんて下らない。今はそう思います」
頬杖をついて外を眺めた。すでに知らない景色だった。
「――唯さんは、警察から逃げられるんでしょうか」
「難しいだろうね。偽装も隠蔽も十分じゃない。そう遠くないうちに捕まるかも」
「助けないんですか?」
「何が唯のためなのか、迷ってるんだ。だからまず田浦さんを助ける」
「そうですか」
後部座席からはトオルの表情は窺えない。白く繊細な手がハンドルを優しく支えていた。血の汚れなど欠片も見当たらない女の手をしていた。
――唯さんは自分を騙せるのだろうか。好きでもない男を愛し、赤の他人を親だと思い込めるだろうか。
「戸籍のない生き方を教えるよ。お金も渡す。あとは、好きにすればいい」
「しばらくは、一緒にいましょう。私はまだ子供だった」
「もちろん。それも自由だよ」
トオルの声は弾んでいるように聞こえた。
茉希名は自分が脇腹を押さえていたことに気付いた。そっと離して座席に置いた。
「不死って辛いんでしょうか」
「孤独だった。みんなが敵に見えた。普通に働くことも、子どもを作ることもできない。でも、これからは違うかも」
トオルさんが私を騙していたかは分からない。唯さんの企みをどれくらい知っていて、唯さんをどれくらい愛しているのかも。
どんな言葉を聞いても、もう信じられない。ずっと疑って生きていく。きっとそれが正しい姿なんだろう。
要も、仲間になってくれるかな。
ぼんやりとした思考を振り払った。頭の隅にいつまでもこびり付いているような気がした。
私の目は、いま何色なの。
反射された自分の姿はひどくぼやけて見えなかった。
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