第30話 16 茉希名
君、そんな顔してたんだ。
少年が馬乗りになって必死に腰を振っている。悲しみの中に確かな興奮が見える。悪い気はしなかった。もっと悦びを与えてあげたかった。
口に填められたゴムの拘束具が鬱陶しい。愛しく思えど口づけもできない。
次は何を移植するんだろうね。
激しく前後する細身には全身に縫合跡がある。造り出された継ぎ接ぎ人間のようだ。その身体を支える借り物の両腕は白く細く痛々しい。今にも千切れてしまいそうだった。
手足を動かそうとする。枷に阻まれて欠片も上がらない。しかし少年は何やら気付いたようで腰の動きを止めた。心配そうな顔で見つめてくる。
優しいんだね。大丈夫だよ。
柔らかな笑顔を作った。唯一顔だけは動かせた。意図が伝わったのか、少年はゆっくり挿入すると再び腰を振り始めた。その頬を撫でてあげたかった。
君が不死になれば。あるいは親を殺してくれれば。どうすれば伝わるだろう。どうすれば終わる。こんな力欲しくなんてなかった。君にあげるよ。全部あげる。
麻痺した下半身は貫かれる異物感だけを伝えてくる。手術台が軋む耳障りな音は少年の荒い吐息に掻き消されている。
微笑んで少年を見つめる。人形のようなその美しい顔。その顔を呪う。
ころせ。ころせ。ころせ。ころせ。ころせ。ころせ。ころせ。ころせ。ころせ。ころせ。ころせ。ころせ。ころせ。ころせ。ころせ。ころせ。ころせ。
動きが細かく、速くなる。
ころせ。ころせ。おやをころせ。おやをころせ。おやをころせ。おやをころせ。おやをころせ。おやをころせ。おやをころせ。親を殺せ。
動きを止めた。苦しみ、耐えるように目を瞑っている。
あーあ、死にたいな――――
「うっ、痛」
頭痛がした。痛みに身体が跳ねるも手足が動かない。首を上げて身体を確認した。ベッドの上で全裸の自分、その四肢がロープで固定されていた。
まだ夢、いや、違う。
自分を見つめるトオルの顔、泣きそうなその表情。目に焼き付いていた。だが今は馬乗りの少年はいない。
「おはよう、茉希名」
唯が椅子から立ち上がり茉希名の顔を覗き込んだ。何かを椅子に置いたらしいが確認できない。それ以上頭を動かせなかった。
「兄さんからはどこまで聞いた?」
「何の事ですか?」
「またまたー。嘘付けないんだから。私の茉希名」
左の頬を舐められて鳥肌が立った。逃げ出そうとして四肢が余計に締め付けられた。痛みに硬直した茉希名の頬に薄い唇が触れた。
「どこが痛いの? 死なれたら困るから教えて」
「解放して下さい」
唯はその場にしゃがみ込んだ。茉希名にはその顔が見えない。すぐに立ち上がって茉希名を見つめた。焦っているように見えた。
「捕まりたくないの。もう戻れない。ねえ茉希名。私の事好きでしょ。お願い聞いてくれない?」
「解放して下さい。トオルさんと行きます。きっとここを探してる」
茉希名を見つめる唯はころころとその表情を変える。慈愛、憤怒、悲哀、狂乱。やがて慈愛の笑顔が選ばれた。
「私と一緒に居ればいっぱい愛してあげるよ。どんなお願いだって聞いてあげる」
ベッドに昇り茉希名の股へ顔を近づけてくる。ざらざらとした不快な感触が下半身を襲った。
「もうやめて!」
自分の声で頭が痛くなった。目を開けると無表情な顔があった。唯はすぐに後ろを振り向いた。
「私を愛してるなら、こんな事やめて下さい。まずは縄を解いて」
「えーと、そうだね」
茉希名に向き直ると左足の縄を解き始めた。見ていると首が疲れたため、茉希名はずっと天井を見つめていた。
「はい、おしまい。拘束プレイ楽しかった?」
「唯さんは私に何をさせたいんですか?」
二人視線を交わす。茉希名は見つめる先、その黒い瞳の中に何が隠れているのか見極めたいと思った。
唯は何も答えない。茉希名は視線を外して自分が今いる部屋を見渡した。最低限の家具があるだけで生活感が無い。初めて来る場所だった。
「少し、お話ししようか」
ヘッドボードにもたれている茉希名の隣へと唯が座った。肩が触れて茉希名は少し横にずれた。
「あの、服を貰えますか」
「そうだったね。もう裸に見慣れちゃってたから」
また適当な事を。
部屋を出ていく唯を見送る気もせず、右手で頭を抱えた。鈍い頭痛が続いていた。自分の身体を見る限り他に怪我は無さそうだった。
「今度は逃げなかったんだ。偉い偉い。これ、地味だけど許してね」
戻ってきた唯に渡されたのは色気の無い寝間着だった。無地の紺色でふかふかと温かい。関節の痛みを感じながらも素早く着替えた。
ベッドに座ると背もたれが欲しくなり、すぐに元いた位置まで移動した。その隣に唯が座り、茉希名の顔を覗き込んだ。
「いやー、久しぶりに兄さんを殺しちゃったよ」
心の中まで見通すような視線。細められた目の中は暗く淀んでいるように見えた。
「……私、トオルさんから大体の話は聞いたと思います。唯さんも本音で話をしたらどうですか?」
もう何度か見た無の表情に変化した。その人間味のない顔が唯の素なのだと納得した。
「もう逃げませんから。正直に話した方が私も協力しそうだと思いませんか?」
「うふ。ふふふ。やっぱり茉希名は可愛いね。それだから――」
立ち上がって背中を向けた。再び振り返ると既にいつもの唯だった。
猫を被りきれないで強がってるんだ。
茉希名は目の前の女性が少し哀れになった。
「トオルさんは、死にたがってるんですか?」
「うん。そうだと思う。私には何にも話してくれないけどね。私が働くようになってから勝手に姿を消しちゃったし。昔は何度か殺してくれって頼まれたけど」
「……私を使って実験するんですね。最低な両親と同じように」
「そうだよ。あなたは私のモルモット。大切に、大切に可愛がってあげる。もう縛ったりしないし痛いこともしないよ。だから……」
泣きそうな顔を隠して部屋の隅にあるテレビの元へ歩いていった。
「ねえ茉希名。見せたい物があるんだ」
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