第47話
「アリスは、ちゃんとしてた?」
朝食時、叔母様が私に聞いてきた。
「はい。とても素直でいい子にしてましたよ。」
「それならいいけど。」
「お母さま、私も家に帰ったら、紅茶の香りで起きたい。」
「何なのそれ?」
「アウエリアは、毎朝、紅茶の香りで起きてるのよ。」
お母様が、叔母様に説明した。
「ずいぶんと高尚な事をしているのね。でもアリスは紅茶が嫌いだったでしょ?」
「お姉さまやリリアーヌがいれてくれた紅茶は好き。」
「はあ?あんた紅茶なんていれてるの?」
「ええ、まあ。それが何か?」
「貴族令嬢が紅茶をいれるなんて、聞い・・・。」
途中で、叔母さまの言葉が止まった。
まあ紅茶をいれる令嬢なんて、探せば他にもいるだろう・・・多分ね。
私は、朝食後こっそりと、お母様に夜番の人間を付ける様にお願いした。
リリアーヌの睡眠時間を削るわけにはいかないので。
午前中、授業がある日は、アリスも共に勉強する。
直ぐ隣に癒しがある、この状況、私の勉強も捗った。
午後、アリスを連れて、屋敷の外へ出ると、黒い獣が私に纏わりつく。
「お姉さま、危ない。それは危険な馬です。」
アリスが私をクロヒメから、引き離そうとする。
「ああ、アリスはクロヒメの事を知っているのね。」
「クロヒメ?名前は知りませんが、危険な馬です。」
「大丈夫よ。ほらクロヒメも、ちゃんと挨拶なさい。」
「ふふん?」
そう言って、首を傾げるクロヒメ。
そして、ジーっとアリスの方を見る。
「ほら、アリス、大丈夫だから、こっちに来て。」
私は、アリスを靡いて、クロヒメの頬を撫でらせた。
「大丈夫でしょ?」
「は、はい。」
そうしてると、クロヒメが頬をアリスの顔に寄せた。
「く、くすぐったい。」
アリスが微笑みながら言った。
「クロヒメは男嫌いなだけだから、アリスは大丈夫よ。」
「えっ?じゃあ、私のお兄さまは触れないですね。」
「そうね。」
アーマード家は、当家と同じように一男一女で、長男のルイスが8歳で、長女のアリスが6歳だ。
是非に、ルイスにも会ってみたいものだ、うん。
「クロヒメ、綺麗だね。」
「ふふん。」
アリスに煽てられ、クロヒメは上機嫌だ。
「そうだ、アリス。クロヒメに乗ってみる?」
「えっ、いいんですか?」
「私との二人乗りだけどいい?」
「はいっ!」
「駄目に決まってるじゃないですか。」
私とアリスの姉妹愛溢れる会話に、リリアーヌが立ち塞がる。
「一応、聞いておくけど、何で?」
「危険だからに決まっているでしょう。」
「大丈夫よ。」
「駄目です。」
「えー・・・。」
「私がアリスお嬢様とお乗りします。それでいいですね。」
「・・・。」
「私は着替えてきますので、お嬢様が勝手に乗らない様に、見張っていてください。」
お付きの女中に、そう伝えて、リリアーヌは姿を消した。
仕方ない。アリスが怪我したらいけないし。
私は諦めて、一人でクロヒメに騎乗した。
「ぜえ、ぜえ・・・。」
息を切らして、乗馬を終える。
キャーキャーと、アリスの声援が飛んでくる為、いつも以上に張りきった結果だ。
まあ、仕方ない。
クロヒメから降りるのをリリアーヌに手伝ってもらい、一息つく。
「どうして乗っておられたのですか?」
「はい?」
リリアーヌが何を言ってきたのか、理解が出来ない。
「勝手に乗らない様にと。」
「アリスと二人乗りするなって事でしょう?」
そもそも、リリアーヌが居なくともクロヒメには騎乗してる私だ。
何を言ってるんだか・・・。
キュロットを履いたリリアーヌは、暫く私を無言で見つめていた。
その後、ため息を一つ吐き、クロヒメに騎乗した。
女中が、アリスを抱えて、クロヒメへの騎乗をサポートする。
「いいですか、クロヒメ。ゆっくりですよ。」
リリアーヌに念押しされて、ゆっくりと歩くクロヒメ。
ぱかぱかと歩いているだけだが、アリスは大喜びだ。
ぐぬぬぬ。
アリスの後ろで、私が手綱を握っていたかった。
残念っ!
乗馬後、クロヒメをブラッシングするべく、場所を移動する。
途中、非番の兵士たちが、各担当の馬をブラッシングしていた。
その兵士たちが、悲しい瞳で、私とクロヒメを見つめてくる。
「お姉さま、皆、悲しい瞳をしています。」
「気にしなくていいわ。担当の馬が、牝馬だっただけだから。」
馬の世話は、厩番が行う。
簡単なブラッシングのみで、態々、ブラシを変えてまでのブラッシングはしない。
ただ1頭、綺麗な毛並みで、ピザート家の庭を我が物顔で闊歩するクロヒメに、他の牝馬たちが拗ねた。
その結果が、現在の状況だ。
「皆、牝馬なんですか?」
「いや、あっちの端に居るのは牡馬のハヤテよ。」
「へえ。」
「ハヤテは、意識高い系ですからね。」
リリアーヌが言う通り、ハヤテは意識高い系だった。
「お前な・・・お前な・・・。」
ハヤテの担当兵士が、涙を流しながらブラッシングをしていた。
「担当の馬とは、相棒に等しい存在。非番の日にブラッシングして当然だと思いますがね。」
リリアーヌは、そう言って冷たい視線を兵士たちに、投げかける。
そうすると一斉に、兵士たちが目を逸らす訳で。
まあ私から言える事は、ひとつだ。
がんばれと。
「これがフェイス用のブラシよ。」
私はそう言って、フェイス用のブラシをアリスに渡した。
クロヒメは、アリスがブラッシングしやすいように、顔を下げた。
私とリリアーヌは手分けして、体を担当する。
当然、私は背が低い為、専用の台を使用している。
「お姉さま。クロヒメは大人しくて、美人さんですね。」
「ふふん。」
当然と言わんばかりにクロヒメが返事をする。
「どうして、危険な馬って呼ばれてたんでしょう?」
「人を寄せ付けない暴れ馬だったからよ。」
「暴れ馬だったの?」
アリスがクロヒメに聞く。
「ふふふん?」
(ちがうよ?)
いや、違わないでしょ?
「アリスお嬢様、クロヒメは、お嬢様担当になって、ようやく大人しい馬になりました。」
「お姉さま、凄いっ!」
ふふふ。
妹から凄いを頂きました。
「ふふふふふん。」
(すごくないよ)
クロヒメめ、余計なことを。
しかし、あんたが何を言おうと、アリスには伝わらまい。
「私も乗馬始めようかな。」
「アーマード家の馬なら、大人しいから大丈夫とは思うけど、一人で乗るのは難しいんじゃない?」
「そうですね。アーマード家に乗馬が出来る側仕えが居ればいいんでしょうけど。」
「あー、女性で乗れる人はいないかも。お母さまは、軽くなら乗れると思う。」
「アリスの乗馬については、アーマード領に戻ってからにしましょう。」
「えっ?」
アリスが驚きの声を上げた。
「お姉さま、アーマード領に来られるんですか?」
「ええ、そうよ。一緒に戻りましょうね。」
「わあ。」
アリスが満面の笑顔で喜んでくれた。
「では私が、アーマード家の側仕えに手ほどきを致しましょう。」
「リリアーヌも、うちに来るの?」
「当然です。お嬢様あるところ、私ありですから。」
そう言って、胸のブローチを誇らしげに、見せつける。
あんたそのポーズ、お母様の前では辞めなさいよ・・・。
私は内心で呆れていた。
「じゃあ、じゃあ。紅茶のいれかたも手ほどきしてくれる?」
「構いませんよ。そもそも紅茶の本場であるにも関わらず、アリスお嬢様が満足できない紅茶しか、いれれないのは問題があります。」
「子供の時は、紅茶は苦手というのはあるでしょ?」
私がリリアーヌにそう言うと。
「ありませんよ。」
断言された・・・。
「いや、あるでしょ?」
「ありません。子供が苦手というのは、まともにいれることが出来ない不肖者の言い訳です。」
「誰がそんな事言うのよ・・・。」
リリアーヌだけだろ。
「エヴァーノにそう教えられました。」
違った・・・。
エヴァーノか。
手厳しい・・・。
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