第41話

シェリルの泣きが入り、延長で練習していると、お母様が帰宅した。


「何かしら、それは?」


「パターゴルフです。」


私がお母様に説明していると、お父様も帰宅したので、そっちは、ビルに説明を任せた。


お母様の第一打は、ビルと同じストレート軌道だったが、カップの上を見事にオーバーしていった。


うーん、まさにお母様らしい。


「穴が小さいんじゃない?」


「いえ、力が強すぎるんです。」


私は、そう言って、お手本を見せた。


「ふむ、力加減が必要なのね。」


「はい。」


最初から真っ直ぐ打てる人は、力加減だけなので、直ぐに入るようになる。

お母様がカップインしたところで、初心者用コースをお父様に渡した。


さて、片側が山になっているコースだが。

まずは、私が挑戦する。

1回目、ラインの読みが甘く、カップよりだいぶ手前で落ちていった。


「ふむ。」


ラインを修正して、第二打。


かこっ

ごろごろごろ


いい感じで、カップに向かっていくボール。

そして。


カランコロン。


「おっし!」


見事カップイン。


女中頭とリリアーヌが拍手してくれた。

シェリルは対抗心を燃やしているのか、すごい形相で睨んでくる。


「私もやってみるわ。」


お母様が言った。


「軌道は、私が打った通りにしてください。」


「分かったわ。後は、力加減よね?」


「はい。何度か練習すれば、判ってきますので。」


その後、何度か練習したお母様は、見事、カップインさせた。


「ボールが入ると気持ちいいわね。」


どうやら、気に入ってくれたようだ。


片側が山なりのコースは、今、シェリルが練習中だ。あんたにとっては、今、仕事中じゃないのか?


「ねえ、シェリルは今、仕事中じゃないの?」


「既に、業務時間は過ぎておりますので、違います。」


「・・・。」


泣きが入って、延長に次ぐ延長で、業務時間外になったのは己のせいじゃなかろうか?


「アウエリア、このパターゴルフというものは、どうするの?」


お母様が聞いてきた。


「これは、試作品なので、とりあえずは、このまま大広間に置いておきますが、正式に完成したら、私の部屋にいくつか設置します。」


「なるほど。私の部屋にも置こうかしら。」


「でしたら、シェリルに言っておきます。いくつにします?」


「アウエリアはどうするの?」


「私は、基本のストレートコースと、あと2つは難しいコースの計3つにします。」


「真っ直ぐのコースって必要なのかしら?」


「はい、基本なので。」


「そう、じゃあ私は基本を含めて2コースにしておくわ。」


「わかりました。」


「ねえ、シェリル。」


私は、猛烈、練習中のシェリルに声を掛けた。


「今は、集中していますので、話しかけないでください。」


こ、こいつ・・・。

貴族の屋敷でやりたい放題だな。


「あっ、何を・・・。」


リリアーヌが、シェリルからパターを取り上げた。


「あなたは、商会の人間でしょ?仕事をしなさい。」


「今は業務時間外です。」


「・・・。」


リリアーヌが絶句した。


しかし、パターを持っていない、今がチャンスだ。


「シェリル。コースを追加で頼むわ。」


「えっ、ええーっ!今も3コースを作成中なんですが・・・。」


「あと2つお願いね。」


「そ、それは時間が・・・。」


「ちなみに追加分は、お母様の部屋用なので。」


「うぐっ・・・。」


宰相婦人用だ。

死ぬ気で頑張るといい。


「じ、時間も時間なので一度、商会に帰ります。」


シェリルは、焦って商会へと戻っていった。

ふむ、あの感じだと、お母様の注文がなかったら、直帰するつもりだったのだろう。





夕食までのひと時、私は部屋でのんびりしていた。

リリアーヌは屋敷には戻って来ているが、今日の私の側には女中頭が控えており、部屋にリリアーヌは居ない。


こうやって、のんびりするのもいいものだ。

そんな、のほほんとした時間が、大きな音で、終わりを告げた。


バンッ!


私の部屋の扉が大きく開かれた。


「何ですか!リリアーヌ。行儀が悪いっ!」

珍しく女中頭が、リリアーヌを叱った。


「今は、それどころではありません。お嬢様助けてください。」


そう言って、私の後ろに隠れるリリアーヌ。


何だ、何だ?


「待ちなさい、リリアーヌ。」


リリアーヌを追いかけてきたのは、お母様だった。


「あんた何やらかしたの?」


「何もしていません。パワハラです。」


なんとこの世界にもパワハラって言葉があったのか。

実際は別の言葉なのだが、私的には、同じ意味で感じられた。


「パワハラでは、ありません。ちゃんとお金を払うと言っているでは、ありませんか?」


何の話だ・・・。


「何の話ですか?」


私は、お母様に聞いた。


「何てことは、ないわ。リリアーヌのブローチを買い取ろうとしているだけよ。」


パワハラだっ!

身分が上の者が、それを言ったら、完全にパワハラだ。

金を払えばいいものではない。

そもそも買い取るという文言の中に取るという言葉が入ってる。


「ねえ、リリアーヌ。お母様に自慢でもしたの?」


私の後ろに隠れているリリアーヌに聞いた。

子供の私の後ろに隠れきれる訳なんてないから、私の後ろに居るのはバレバレだが。


「そのような愚かなことはしません。」


「じゃあ、ダリアやエルミナに?」


「そんな事をしたら、奥様にバレてしまいます。」


「あれ?じゃあ何でバレたの?」


「今日のお茶会で他家のメイド仲間に自慢したのが、奥様の耳に入ったようで・・・。」


「・・・。」


「お母様、このブローチは、メノウを使ってますし、貴族には相応しくありませんよ?」


「そんな事は、どうでもいいのよ?アウエリアが初めて作ったブローチでしょ?部屋に飾っておくわ。」


「・・・。」


どうすりゃいいんだ、これ。


「奥様、差し出がましい事は重々承知していますが、貴族たるもの使用人の物を取り上げるのは、どうかと思われます。」


女中頭が、諫言した。


「サリー、何も私は取り上げようとしているわけではないのよ?」


「買い取るも、取り上げると変わりありません。」


うんうん。

女中頭の言うとおりだ。

というか、サリーって名前だったんだ。

( ..)φメモメモ


「お母様、今、私は自分のアクセサリーのデザインで時間が取れませんが、終わったら、お母様用のアクセサリーを作成しますので、それで、ご容赦ください。」


妥協案だ。

私が、苦労すればいいだけだ。


「なんだか、私だけが悪者みたいね。まあ、いいわ。楽しみにしておくわ。」


何とかお母様が引き下がってくれた。


お母様が私の部屋を後にして、リリアーヌは私の部屋に残った。


「いいですか、リリアーヌ。他家のメイド仲間なら問題ないと思ったようですが、メイド仲間の話は、広まるものだという事は知っているでしょう?」


サリーが、リリアーヌを叱る。

珍しい状況だ。


この家のパワーバランスは、少し他家とは違う。

通常、家人のトップは人事を持っているお母様だ。

次は家令になるわけだが、当家の家令は、宰相であるお父様を補佐している為、家の事には極力関わらない様にしている。

で次点は、一応、令嬢である私だ。

ここまでは、そう変わったことではない。

問題は、その次だ。

何故か、鉄仮面三姉妹がそこに当てはまる。

本来なら執事長がその位置にあるべきだと思うのだが、執事長は物静かな中老の男性で、一歩引いた位置にいる。

その為、リリアーヌ達が叱られる事はないのだが。


「少々浮かれていたようです。次からは気を付けます。」


「奥様は、お嬢様の事になると、見境がなくなりますので、あなた達、側仕えが気を付けるように。」


「はい。了解しました。」


「まあ、使えるべき主から、手作りのブローチを貰った、あなたの気持ちもわかりますけどね。」


そう女中頭は締めくくった。

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