第36話

まずは、メノウの石の型を紙に描いていく。

そこから、周囲のデザインだ。


なるべく細かくならないように。


カリカリカリ・・・。

カリカリカリ・・・。


い、いかんっ・・・、細かくなりすぎた。


とりあえず、他の作業をしていたエンリに聞いてみる。


「こんなん出来るかな?」


「・・・。」


無言だった。


ま、まあ成せばなる。

この通りに、正確にやるわけじゃなし。

マシンじゃないんだから。


という事で、大まかな型をエンリに作って貰い、そこから彫金開始。

4種の彫金鏨を使い、コンコンやる訳だが。


使い方を一通りエンリに説明してもらい。


いざ、実彫っ!


コンコンコン・・・。

カンカンカン・・・。

キンキンキン・・・。


高い音だけあって、響く音は、半端ない。


コンコンコン・・・。

カンカンカン・・・。

キンキンキン・・・。


くっ、細かいっ!

誰だ、こんなデザインにした奴は・・・。


自呪しながらも、作業を続ける。


コンコンコン・・・。

カンカンカン・・・。

キンキンキン・・・。


う、うーん?こんなもんじゃないかな?

精度は、全く出ていない。

ハンドメイドの彫金なんて、こんなもんだろ。


他の作業を・・・。

してなかった。

エンリは、私の作業を見つめていた。


「こんなもんかな?」


エンリを見上げながら聞いてみた。


「・・・。」


また無言だ。


どないやっちゅうねん。

仕方ないので、リリアーヌに聞いてみた。


「どうかな?」


「素晴らしい出来栄えです。」


褒めてくれた。

身内贔屓としても、嬉しいものだ。


「やっぱり、私はこの道は向いてないようです。」


ようやく絞り出した声が、この世の終わりと言わんばかりの暗い声質だった。


「ど、どうしたの?」


「私は、レントン商会の娘として商人の道を歩みますので、お嬢様は、レントン商会の専属職人をお願いします。」


何言ってくれてんの、この人。


「侯爵令嬢たるお嬢様が、職人になる事は、100%ありえません。」


リリアーヌがズバッと言ってくれた。


「そ、そんな・・・。」


「エンリの将来は置いといて。」


私がそう言うと。


「置いとかないでください。」


「ええー、まずは、仕上げをしてくれないかしら?」


「鏡面仕上げと宝石の取り付けですか?」


「ええ、鏡面仕上げは、他所に頼むの?」


「いえ、私が。」


「へえ、鏡面仕上げって難しいでしょ?」


「鏡面仕上げだ(・)け(・)は、師匠に褒められています。」


「ドワーフに褒められるって凄いじゃない?」


そりゃあ、そうか完全に不器用な人間が弟子入りなんて出来る訳がない。


「でも磨くだけだと、アクセサリーは出来ません。」


「・・・。」


な、なんも言えねえ・・・。


「後は私の方でやっておきますので、出来ましたら連絡しますね。」


「よ、よろしくね。」


正直、鏡面仕上げもやってみたいとは思うが、私が作った物を丁寧にやると、何日かかるかわかったものじゃない。

ここはプロにお任せして、大人しく退散しよう。





本来なら、これで屋敷に戻るところだが、パーシが私に頼みたい事があるらしく、レントン商会へ呼び出して貰った。


レントン商会で応接室をお借りして、冒険者のパーシヴァルと話し合う。


「実はお嬢様に相談したい事が。」


「一緒に冒険者になってとかいうのは無理よ。」


「そんな事言う人居ませんよ。」


「いや、居たし。」


「えっ?まさか・・・。」


「どこぞのポンコツエルフが私に言ったのよ。」


「・・・。」


パーシは絶句した。


「それで相談って何?」


「実は売り上げが落ちていて困ってる菓子屋があるのですが・・・。」


「ちょっと待って、何で私?」


「えっ?」


いや、えっ?って驚くのは私の方だろっ!

私、コンサルじゃないんやで?

どこぞの高級家具屋の娘ちゃうしっ!


「お嬢様は、困っていたガラス職人の男性を救ったではないですか?」


「何それ?」


「お嬢様、恐らく飴屋の事かと。」


後ろに立っていたリリアーヌが教えてくれた。


ああ、あれか。

あれこそ、偶然の産物ではなかろうか?


「私、こう見えて子供だし。」


「お嬢様は、どう見ても子供です。」


後ろからリリアーヌに突っ込まれた。


「商売をどうこうなんて、無理よ。」


「せめて、菓子屋を見るだけでも見て頂けないでしょうか?」


「親戚が経営してるとか?」


「いえ、私は孤児です。孤児院にも定期的にお菓子を寄付してくれたりと、親切な老夫婦が経営してるんです。」


ええ、話しや~。

だが、しかしっ!

親切と商売は別物だ。

まあ、いいか、見るだけなら。


「とりあえず、見るだけよ。」


「お菓子は、私が奢りますので。」


「直ぐ行きましょっ!」


私たちは急遽、お菓子屋に向かう事となった。





なんだろう、見た目は古い。

王都であるのに、ここだけ田舎?

そもそもお菓子屋なのか?

そんなイメージのお店へと入っていく。


「ばあちゃん、2つほどお願い。」


パーシが奥の方へ向けて、声を掛ける。


「はいはい、2つだね。」


そう言って、老婆が2つのお菓子を持って出てきた。

パーシはそれを受け取ると私とリリアーヌに渡した。


こ、これはっ!


先に食べるのはリリアーヌ。

リリアーヌが頷き、私も饅頭を口にした。


オーソドックスな茶色の皮で包まれた、所謂、茶饅頭という奴だが。


中身はなんだろう?


パクっ


なっ、餡子だと?

あったんか餡子?

この世界に生まれて、はや(?)10年。

始めて餡子と邂逅した。


ん~・・・、多分、前世と同じ味だとは思うが。

小豆があるのか?この世界に・・・。


「この中身は何?」


私は老婆に聞いた。


「餡子だよ。大黒豆から作ってるんだよ。」


確か、小豆で作る餡子は砂糖を大量に使ったはず。これ高いんじゃないの?


「これ1つ、おいくら?」


「200ゴールドだよ。」


や、やっすぅ、砂糖使ってたら大赤字だ。


「この甘さは?」


「元々、大黒豆は甘いからね。粒も大きいから、餡子にするときは、必ずこすんだよ。」


なるほど。というか旨いわ、この饅頭。


「何で売れてないの?」


私は疑問をパーシにぶつけた。


「それが、わからないので・・・。」


うーむ・・・。


「最近の子供たちは、もっと美味しいお菓子を食べているんじゃないかね?」


そんなに旨いものがあるんだろうか?


「他に美味しいお菓子って、あるものなの?」


私は、疑問に思ってパーシに聞いた。


「いやあ、私はお菓子自体を買わないので・・・。」


「リリアーヌはどう?」


「当家のお菓子は、ほぼダリアが作っておりますから。」


そうだった・・・。


「客層って、どうなの?」


「殆どが子供だねえ。」


うーむ・・・饅頭1個200ゴールド・・・、庶民の子供には無理じゃね?


「子供に200ゴールドって厳しいよね?」


パーシに聞いてみた。


「飴屋は同じ値段ですが、行列が出来てますよ。」


や、やるな飴屋っ!

うちからの仕事もたまにあるし。

だが、アレを期待して貰っても困るんだが・・・。


「とりあえず、5個持ち帰りで。」


リリアーヌにお金の支払いを頼んだ。


「まあ、どうするかわかんないけど、考えてみる。」


私は、パーシにそう告げた。


さてどうしたものか、消費期限は大体、一週間らしい。

まさか、饅頭を貴族に勧める訳にはいかないし。


思案しながら、家路につく、家の正門を抜けると即、クロヒメに纏わりつかれた。

鬱陶しいこと、この上ないが、私は、条件反射で、頬を撫でる。

うん、もう体が覚えてるな、これ。





今日は、鉄仮面三姉妹の休憩タイムが無かったので、夕食後、自室にダリアを呼んだ。


何故かダリアだけでなくエルミナまで来た。

更にお母様も・・・。


「・・・。」


「ダリアが呼ばれたようなので、私も来ました。」


エルミナが、そう言った。


いや、待て、何故そこで、来るのか意味が解らない。


「エルミナが、アウエリアの部屋に行くと言うので、私も来てみたのよ。」


お母様・・・普通、側仕えについてきますか?

まあいい、来てしまったものはしょうがない。


「リリアーヌ、お饅頭を4分割にしてちょうだい。」


「私も欲しいです。」


「ちゃんと数に入っているわ。」


「1つ足りませんが?」


「私は要らないわ。」


夕食後にお饅頭とか、太るでしょっ!


私は5人分のお茶を淹れた。

紅茶でなく、緑茶を。

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