第35話

「若い使用人たちへの教育は、あなた達3人が行っているんでは?」


「はい、その通りです。」


エルミナが答えた。

「紅茶を淹れる事が、出来る者が居ないの?」


「申し訳ありません、奥様。現在の使用人たちでは、お嬢様に敵う者もおりません。」


「アウエリアはこんなに早く、淹れられるようになったのに?」


「私たちの指導不足です。」


エルミナが謝った。


「他の使用人に、紅茶を淹れてあげたりはしていないの?」


私が聞いた。


「そんな事はしません。」


リリアーヌがキッパリと答えた。


「ダリアは?」


「お菓子を渡すことはありますが・・・。」


「じゃあ、しょうがないんじゃない?」


「しょうがない?」


「紅茶の淹れ方を知っていても、正解が解らないなら、そこに到達する事は不可能でしょ?」


「「「???」」」


「私は、毎日、美味しい紅茶を飲んでるのよ、自分が淹れた紅茶が、それに近づいたかどうかは、自分で判断できるわ。」


「確かに・・・お嬢様の自己採点は完璧です。」


リリアーヌが言った。


「なるほどアウエリアが言う通りね。例え練習していたとしても、それが正解かわからなければ、上達のしようがないわね。」


「で、では、私たち3人が持ち回りで・・・。」


エルミナは、そう言ったが。


「エヴァーノに頼んだらどうかしら?」


私が、そう提案した。


「エヴァーノにはゆっくりしておいて欲しいのだけど。」


「エヴァーノなら喜んで引き受けてくれると思いますよ。お母様。」


使用人の紅茶の指導員がエヴァーノに決定した。





後日、エヴァーノの所へ行くと苦情を言われた。


「まったく、何で今更、私が・・・。」


とても嬉しそうだった。


◇◇◇


朝食時、お父様に言われた。


「明日は、王宮へ行く予定だったね?」


「はい。」


「申し訳ないが、延期してくれないか?」


「???」


日程変更?

何故に?

私が、展示室でスケッチするだけで、延期する意味がわからない。


「ごめんなさいね。アウエリア、明日は私の予定がつかないのよ。」


そうお母様に言われたが、余計に意味がわからない。

私が王宮へ行くのに、何の関係が?


「えっと、お母様の予定と何の関係が?」


「えっ?私と一緒に行くに決まっているでしょ?」


「はい?」


意味がわからず、お父様の方を見ると困った顔をされた。


「もし何だったら、明日はレントン商会へ出向いたらどうだろう?」


お父様が提案した。


「それはいい考えね。」


お母様が同意したことで、明日の私の日程が決まった。





午前中の・・・。

もういいや。


午後は、クロヒメに騎乗した。

元気いっぱいのクロヒメを宥めるのに苦労したが、なんとか乗りこなした。


そしてレントン商会へ出向く日。


「・・・。」


私は無言のまま周りを見渡した。


私の隣にはクロヒメが纏わりついている。

まあ、正門で引き離される運命(さだめ)なのだが。

側に仕えるは、リリアーヌ。

うん、ここまではデフォルトだが・・・。


クロヒメから離れるように囲むは、ピザート家の精鋭6名。

多すぎね?


なるほど、これが護送っていう奴か・・・。


ピザート家の正門で、ブレンダとアンが苦労して私からクロヒメを引き離すと、私たちは、ピザート家の正門から一番近い貴族門へと向かった。


貴族と平民を隔てる門は、王都内に5カ所。

私が普段使うのは、そのうちの1カ所だけ。

そして、毎度の事ではあるが、門番とリリアーヌの遣り取りが繰り広げられる。


「今日は、お嬢様なんだな。」


「ええ、私の妹にこのような警護は不要でしょ?」


「あくまでも別人と言い張るんだなっ!」


「私の妹は以前、一人で平民街に出たことがあります。」


「あ?ああ確か、そんな事があったな。」


「もし、あれがお嬢様だとしたら?」


リリアーヌの言葉に、門番の顔が真っ青になった。


「よ、よし、わかった。うん・・・。」


「私の妹であっても、今後は一人で平民街に出る事は、無いようお願い致します。」


「わ、わかった。直ぐに屋敷の方へ連絡を入れるようにする。」


ちっ、今後は一人で行くのは、無理っぽい。

まあ一人では、行かんけど。


「ようこそ、いらっしゃいました。」


レントン商会に出向くと、会頭が出迎えてくれた。

そのまま、妹であり、職人であるエンリの所へ案内してくれた。


「急に決まってしまって、御免なさい。」


「とんでもありません。お昼も用意しておりますので、それまでは、妹がお相手いたします。」


「エンリ、宜しくね。」


「はい、お嬢様。」


職人の部屋というよりは、エンリの個室に残ったのは、私とエンリ、そしてリリアーヌの3人だけだ。


「それで、お嬢様、デザインの方はどんな感じですか?」


「まだ、展示室の物をデッサンしてるだけよ。」


「見せて貰ってもいいですかね?」


リリアーヌに言って、持ってきているデッサンの紙を3枚渡した。

それは展示室でデッサンした物のみであり、あっちのデッサンは、自室に保管してある。


「す、凄い・・・。」


「イミテーションと言ってもデザインは凄いでしょ?」


「い、いえ。お嬢様のデッサン力に驚いてます。」


「そう?」


「はい、こんなに描けるなんて・・・。」


そりゃあ、まあ、前世で美術部だったし。

何となくだがデッサンの描き方なんてものを覚えている。

それに、城に行く前は、寝る前にデッサンの練習しまくったし。

この世界の紙は、貴重品なので、おいそれと使える物じゃあないかもしれないが。

そこはそれ。

私、侯爵令嬢だし。


「まだデッサンし足り無いんだけど、中々、展示室へ行けないのよねえ。」


「それは、そうでしょう。貴族以外立ち入り禁止の場所ですからね。」


エンリがそう相槌を打ったが。

問題は、別なのだけども。


「そうそう、いし拾いで、拾った物を加工してもらえる?」


「はい。緑のやつですね。」


「ええ。」


リリアーヌが持っていた緑のメノウをエンリに手渡した。


原石の大まかな作業としては、石部分の切削、宝石部分の形状作り、研磨といった感じ。

エンリは、丁寧に石部分を切削していった。


「お嬢様、形状はどうしましょう?」

「うーん。」

石部分を切削した原石は、楕円形で平べったいものだった。

「この感じだとブローチかなあ?」


「そうですね、この大きさならブローチがいいと思いますよ。」


「じゃあ楕円形で、お願い。できれば縞模様が見えない様に。」


表側は、縞模様がない綺麗な緑だが、裏側は、層が出来ていた。それが若干表の端部分にかかっている個所もあったので、バッサリと切削してもらった。


その後、磨き作業も終わり、綺麗な真緑のメノウが完成した。


うん、これ綺麗だ。


ついでに、出店で買った小さい原石も、磨きをかけて貰った。

赤と黄と青の球体の石だ。

色石と呼ばれるもので、宝石のような透明感は少ないものの、混じりっけの無い物を選んでいるから、綺麗だった。


一旦、昼食となった。

普段と変わらぬようなメニューなのだが。


私が普段と変わらないという事は、レントン商会め、かなり無理をしてるな。


「こんな豪華なランチは久しぶりです。お嬢様、毎日来てくれませんか?」


エンリが、そんな事を言うので、会頭の方を見ると笑顔が引き攣っていた。


安心してほしい、毎日は来ないから。


私は心の中で、そっと呟いた。





午後からはブローチとなる土台の制作。

まずは、デザインからだ。

あまり凝ったのをデザインすると、後で苦労する。


銀粘土なんて、ないんだろうなあ・・・。

日本で開発された物で、確か平成だったはず。


「ブローチの土台は銀?」


「はい。あ、あのう・・・私が彫金するので、なるべく細かくないようにデザインして頂くとありがたいです・・・。」


ふむ。


「私、彫金やってみたい。」


「えっ・・・。」


「別にお披露目で使うわけでもなく、商品でもないし。」


「そ、そうですね。難しいですが、やっちゃいますか。」


という事で、自分でデザインして、自分で彫金する事になった。

実をいうと、私は彫金経験者だ。

何せ、宝石鑑定師の通信教育を受けてたくらいだ。シルバーアクセサリーの1つや2つ作ってる。

と言っても、彫金は、体験教室でやったくらいだけど・・・。

結構、音響くし、家じゃあ出来まへん。


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