第29話

刑事ドラマのアレだ。

アレっ!


暫くティーポットを見ていると、茶葉が浮いたり沈んだりしてる。


何これ?


「これがジャンピングです。」


・・・。


てっきり、京の右っぽい人が、高くから注いでいるのが、ジャンピングって言うのかと思ってた。


ある程度、時間を置いた後、茶葉を起こすために、優しくスプーンでかき混ぜる。

茶こし器を使って、別のティーポットに入れ替える。

この時、最後の一滴まで、移すのがポイントらしい。


これをカップに丁寧に注ぐと出来上がり。


あれっ?

これで終わり?

高く、しゃーってやって、高い所から、しゃーって注がないの?

えっ?


飲んでみると、いつもの極上の味がした。

刑事ドラマのアレは何なんだ・・・。


疑問は残ったが、ググれない以上、謎のままだ。


さて、休憩スペースとなっているテラスは屋外だ。本当にギリギリの所まで、入り込んだクロヒメが、こちらを見つめる。


圧が強いんだよ・・・。


「お嬢様が、居ない間、クロヒメは、大変でした。」


居ない間って、たった2日だよね?


「ピザート家の正門前に、朝からずっと立っていましたから、出入りするのに邪魔で・・・。来客する方々も怯えておりました。」


なんて、迷惑な・・・。


私は、呆れはしたが、仕方がないので、クロヒメの傍に行き、いつも通りに頬を撫でた。


「アンとブレンダも苦労していました。」


迷惑かけすぎだろ・・・。


「アンとブレンダに、このお菓子を下げ渡してあげて。」


「ブレンダは構いませんが、アンは下働きの一人ですので。」


「じゃあ、下働きの皆に下げ渡してちょうだい。」


「畏まりました。」


その後、ダリアの用意した蜂蜜をクロヒメに与え、厩舎へと連れて行った。


ええい、甘えるなっ!


終始、纏わりつくクロヒメを残し、ようやく自室で私は体を休めた。


ふう・・・。


私が一息つくと、テーブルにリリアーヌが着席した。


珍しい、私の前で休むことはしないリリアーヌが?


「お嬢様、紅茶をいれて頂けませんか?」


「復習って事?」


「はい。」


ふっ、見てなさい。私が極上の紅茶をいれてやるっ!


習ったことを、丁寧にやる。

汲みたての水と紅茶をいれる道具類は、既に完備されている。


「さあ、どうぞっ!」


自信満々に、リリアーヌに差し出した。


リリアーヌは一口飲んで。


「17点です。」


おっ、意外に高評価じゃない?

17点って事は、20点満点よね?


「何で20点満点?」


普通は、10点満点か、100点満点でしょうに。


「100点満点中ですが?」


ひ、ひくっ!

私のいれた紅茶の採点、ひくっ、低すぎじゃない?


「ひゃ、百点満点中、じゅうなな?」


「はい。」


「ちゃんとジャンピングしたでしょ?」


「あれは、ジャンピングではありません。勢いよく注いだ水流です。」


「うっ・・・。」


「勢いでごまかしてはいけませんよ?」


い、いやあ・・・。

ちゃんと、ジャンピングするか不安だったもんで。

つい・・・。


「しかし、こうして、お嬢様にいれて貰った紅茶を飲むのは至福の時間ですね。」


そう言って、珍しくリリアーヌが微笑んだ。


リリアーヌの微笑みだと?


私は驚いた後、自分がいれた紅茶を飲んだ。


うん・・・17点だよ、これ。


香りもイマイチなら、味もイマイチ。

これなら、ティーパックの紅茶の方が、きっとマシだ。

ティーパックの紅茶が、どんな味で、どんな香りだったかは、覚えちゃいないけど。


今更ながらに思うけど。

ぶっちゃけ、日本語も、わからないのよねえ。


元日本人なのに?

と思われるかもだけど、転生してから、日本語なんて聞いた事も無ければ、見たこともない。

転生モノなんかで、日本語もバッチリとか、よくあるけど、凄いよね。

「あなたの前世はイタリアの・・・。」なんて、占い師に占われた日本人で、イタリア語、出来る人は皆無。

前世ってそういうもんじゃなかろうか?

まあ、転生特典が無いからなんだろうけど。


くださいっ!私にも転生特典をっ!!


「お嬢様、どうかしましたか?」


「いや、17点だなあと。」


「明日は、もっと美味しい紅茶をお願いします。」


「毎日、いれるの?」


「特訓です。」


「・・・。」


私は、仕方がないと諦めた。





午前の学習の時間も終わり、午後はダリアとおやつの時間。今日は、お母様も参加だ。


「あら?アウエリアが紅茶をいれてくれるの?」


「まだ練習中なので、味の方は保証しかねますが・・・。」


「アウエリアがいれてくれた紅茶なら、問題はありません。しかし、令嬢が紅茶をいれるなんて・・・ねえ。」


嬉しいのか、注意したいのか、お母様は微妙な表情だ。


「どうぞ。」


ダリアがピッチリと張り付いている為、出来は完璧だ。


「美味しいわ。」


お母様には喜んで貰えたようだ。


「そういえば、王宮の展示室へ行くそうね。」


「はい。」


「まあイミテーションとはいえ、デザインは一級品ですものね。」


「はい、なるべく多くの種類をスケッチしようかと。」


「王宮なら、何か起こる事もないでしょうし・・・。大丈夫よね?」


「はい?」


「アウエリアが何かするたびに問題が起こるんですもの。私としては、屋敷でジッとしておいて欲しいのだけど・・・。」


それだと、完全な監禁ですよ、お母様・・・。


「まあ王宮の展示室は、貴族しか入れないから大丈夫でしょう。それにあそこを訪れる貴族なんて居ないでしょうし。」


という事で、王宮へ行く事は許された。


「そういえば、アーマード伯から、緑茶を使った茶会を開いてもらえないかと提案されているのだけど。」


難しいだろうなあ。

この世界に生を受けて、はや10年。

(たったとか言うなし。)

緑茶に合う様な食べ物なんて、つい最近食べた漬物くらい。

まさか貴族のお茶会で、漬物を食べる訳にもいくまい。


「漬物くらいしか思い浮かびません。」


私は素直に、そう言った。


「あら?アウエリアは緑茶を知っているの?」


「え、ええ、まあ・・・。」


「アーマード領の特産でもあり、貴族は、あまり飲むことは無いと思うのだけど、何処で飲んだの?」


「・・・。エヴァーノにいれて貰いました。」


「あら、そう。漬物も、その時に?」


「はい。」


「まあお茶会で漬物を食べる訳にはいかないし、暫くは保留ね。」


なんとか乗り切った私は、夕食前にゆっくりと自室で休むことにした。


リリアーヌがテーブルに着く。


はいはい、復習ね。


コンコンコン。

ドアがノックされた。

そして、そのまま入室してきた。

返事を待たず入ってくるのは、使用人のデフォだ。

貴族たるものプライバシーなんて、ないのだ。


つかつかと入ってきたのは、エルミナだった。


何かお母様から言伝だろうか?


すっと、リリアーヌと同じテーブルに着く。

リリアーヌが凄く嫌な顔をした。


「何の用ですか?」


口調も尖ってる。


「休憩ですので、気にせずに。」


何故に?何で私の部屋で休憩?


「見せて貰いましょうか、アウエリアお嬢様の実力を。」


どこぞの公国の軍人みたいなセリフだ・・・。


「ここは、休憩所ではありませんよ。」


リリアーヌが咎める。


うん、リリアーヌの言うとおりだ。


「では、あなたは何故、座っているのですか?」


エルミナの反撃。


うん、エルミナの言うとおりだ。


「私は、お嬢様の特訓に付き合っているだけで、休憩している訳では、ありません。」


「それなら、私も手伝いましょう。一人増えたくらいで、問題ありませんよね?お嬢様。」


「う、うん。まあ。」


紅茶を二人分いれるのと、三人分いれるのとは、大差はない。


え?一人分多い?


いや、私の分だしっ!


私は習った通りの手順で、紅茶をいれる。

焦って、なんちゃってジャンピングなんてしない。


確実丁寧に。


さあ、これならどうだっ!リリアーヌっ!

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