第12話

「お父様、クロヒメは男嫌いの様です。厩番に女性を雇えませんか?」


夕食時、義父に相談してみた。


「クロヒメとは、預かっている暴れ馬の事かい?」


「はい。」


「アウエリアは、あの馬のせいで怪我をしたのじゃないのかい?」


「怪我はしておりません。」


正確には擦り傷や打ち身には、なったけど。


「ただの筋肉痛ですよ。それにちゃんと対応すれば大人しい馬です。」


「ふむ。しかし厩番になりたい女性が果たしているだろうか?」


うーん・・・前世なら動物好きの女性が動物園の飼育員になったりしてたが、この世界だとどうだろう・・・。


「神父様に、相談してみてはどうだい?」


「神父さんに?」


「孤児院出身者であれば、動物好きで、厩番になってもいい女性が居るかもしれない。」


「なるほど。」


「当家なら使用人の屋敷もある。住む場所まであれば、希望者もゼロじゃないだろう。それに神父様の紹介であれば信用もできるしね。」


「わかりました。今度、行ったときに聞いてみます。」


なるほど、孤児院出身者という手があったか。

孤児院も15歳になれば成人という事で、卒院となる。就職先なんて圧倒的に足りない。

うん、アリだな。


「ねえ、アウエリア。ダイエットは剣術だけでいいのではなくて。」


お母様がそう言ってきた。


「そう言えば、剣術の件はどうなんですか?」


「今の先生が是が非でも、アウエリアを教えたいと言ってね。無理に王宮騎士から来てもらっている手前、お断りするのもね。」


くっ・・・、私も自分から言い出した手前、辞めるに辞めれない。おのれ、脳筋めっ!


「お母様、乗馬は今後は大丈夫です。」


たぶん・・・、きっと。


「本当に?」


「はい。あのようになる事はありません。」


「ならいいのだけど。危険な真似だけはしないでね。」


「わかりました。」


むしろ、剣術の方が危険だと思うんだけど。



脳筋の授業の時。

私は、ずっとビルを凝視していた。

ビルは、攻撃を習っているだけあって、攻撃は鋭い。

全て真似ることは難しいので、私は突きだけを目に焼き付けた。

いつか、脳筋を突き刺してやるっ!


私の番になれば、私は受けのみ。

私が攻撃する隙は一切なかった。


「お嬢様との打ち合いは、緊張します。」


脳筋がそんな事を言った。


「そうなの?」


「王宮騎士団内でも、これ程、緊迫した撃ち合いはしませんからな。」


そう言って、脳筋は笑った。


「撃ち合いと言うけど、私は受けばかりだわ。」


「そうですが、隙あらば私を突き殺そうとしてるでしょう?」


ば、バレてる。


「お嬢様の殺気は、王宮騎士に匹敵しますからなあ。」


そう言って豪快に笑う脳筋。


くっ、変な奴に見込まれてしまった・・・。





ダリアが、孤児院向けのお菓子を作ってくれた。


「うわあ、野菜チップスね。」


「魔導レンジで作成しましたので、油も使っておりません。調味料で軽く味付けしております。」


「味見してもいいかしら?」


お行儀が悪いかなと思ったが、ダリアが1つ取ってくれた。


うまいっ!

かぼちゃのチップスだったが、かぼちゃ本来の甘味に塩味がいいアクセントになっており、甘味が増えたように感じる。

これは、子供たちは喜ぶだろう。

私も子供だが・・・。


「美味しいわ。」


「ありがとうございます。材料も余った野菜を使っておりますから、今回は大量に作りました。」


サントンが荷車を用意していた。

重さは大したことないが、嵩張るので持ちにくいのだ。


「今日は私も同行しますので、リリアーヌは、同行しなくても大丈夫です。」


「不要です。あなたには、あなたの仕事があるでしょうに。」


うん、平常運転だ。

この二人の言い合いは、ほっておこう。


結局、孤児院には、私とサントン、そして、リリアーヌとダリアの4人で行くことになった。


4人も要らんだろ。


貴族街と平民街は塀で、区切られている。

おいそれと貴族街には、入れないようになってるが。

こんだけ巨大で長い塀を作るのは、大変だろうに。

万里の長城のように、苦労したのは奴隷や下働きの人たちだろうか?

私がそんな疑問を口に出すと、ダリアが答えてくれた。


「この塀を作ったのは、昔の魔術師たちです。」


ファンタジーだった・・・。

魔法って、何でもありやなあ。


貴族街を出る時は、門を使う。

私が一人で出た時も、もちろん門を使った。

ピザート家の下働きだと言えば、出るのは簡単だった。

出た記録さえあれば、入るのも簡単で。

そうやって私は、一人で教会へ行って帰ることが出来た。


しかし、今日は揉め事が起こった。


「お嬢様があなたの妹とはどういうことですかっ!」


ダリアが、リリアーヌに文句を言っていた。


「お、お嬢様?」


門の兵士が、不審の声をあげる。


「気のせいです。」


リリアーヌが門番に告げた。


気のせいで通るのか?


門番はリリアーヌの気迫に負けたのか、聞いてないふりをした。


おいっ、いいのか門番がそれでっ!


なんとか、いつも通り貴族街を出ることは出来たが。


「あなたが余計なことを言うから、怪しまれたではありませんか。」


リリアーヌがダリアに苦言を呈した。


「私のせいですか?お嬢様を平民と偽るなんて。」


「今の格好のお嬢様を貴族と誰が信じるのですか?」


「・・・。」


ダリアは私の方を見て何も言えなくなったようだ。


「私も最初に下働きって事で貴族街を出たから、今更よね。」


「「「・・・。」」」


サントンを含め3人とも何も言えなかったようだ。


教会へ着くと、サントンは神父さんに挨拶だけして孤児院へ向かった。


って、サントン。既に私より常連じゃね?


「神父さん、聞きたいことが。」


「なんだろうね?」


「お手伝いに来てる女性の事なんですが。」


「ああ、心配せずとも独身じゃよ。」


「チっ!」


リリアーヌの舌打ちは、誰にでも聞こえるような大きな音だった。


「サントンも態々、休みの日にまで来てくれて、助かっておるよ。」


神父さんは、リリアーヌの舌打ちを気にする事もなく、そう言ってくれた。


「あとお願いがあるのですが。」


「ふむ、他ならぬアウエリアお嬢様のお願いじゃ。わしに出来ることがあるなら聞こう。」


「女性の厩番を探していまして。」


「女性の?」


「私の馬が、男性嫌いでして。」


「気難しい馬のようだのう。」


「動物好きの女性は居ませんかね?」


「ふむ、宰相家で働くとなれば、厩番とて信用のおける者でないとダメじゃろうなあ。」


「衣食住完備です。」


仕事着、食事、住む場所まで完備と、これ程、条件のいい職場は、そうはないだろう。


「わかった。一応聞いてみておこう。」


「お願いします。」


その日、孤児院の子供たちは、野菜チップスに大いに盛り上がった。

野菜嫌いの子供たちも居るのだが、それを気にせずに口いっぱいに頬張ってた。


ふっ、所詮子供ね。

・・・、うん、私も子供だけど・・・。


ダリアは、そんな子供たちの様子を、微笑みながら見つめていた。

と言っても、普通の人が見たんじゃあ微笑んでるかは判らないレベルだけどね。





翌日、いつものテラスで、ダリアとお菓子を楽しんでいるとクロヒメが来た。

うん、何を言っているか判らないだろう。

私も困惑するくらいだ。


使用人が休憩に使うテラスだから、外にある。

テラスだからね。

そこへ、クロヒメが、トコトコ歩いて来たわけだが。


いや、あんた、厩舎を抜け出したのか?えっ?


そこに居るのが当たり前のように立って、こちらを見つめている。


「どういう事かしら?」


私は、後ろに立っているリリアーヌに聞いてみた。


「恐らく、厩舎を抜け出したのかと。」


「勝手に抜け出せるものなの?」


「万が一の時に、怪我をしないよう抜け出すのは簡単です。」


ああ、暴れたりしたら、怪我しそうだものね。

だからって、勝手に出歩いたりしちゃ駄目でしょ?


「クロヒメ、厩舎に戻りなさい。」


ダメもとで言ってみたが、動こうとしない。


「どうしたものかしら・・・。」


「お嬢様、私に考えがあります。少々お待ちくださいね。」


そう言って、ダリアは何処かへ行ってしまった。


ボウルを持って戻ってきたダリアは、徐にクロヒメに近づいて行った。

ボウルを口元に持って行くと、クロヒメはペロペロと舐めだした。


「何をあげてるの?」


「蜂蜜です。」


「えっ?大丈夫なのそれ?」


「ええ、馬の好物ですよ。」


マジで?本当に?やっていいの?

くっ、ググれないのが辛い。

たまに、ついスマホを探してしまうのは、前世の悪い癖だ。


クロヒメは満足そうにしていた。

なるほど、お前も甘いものが欲しかったのね。


その後、3人で厩舎へと向かい、ついでなので、ダリアにブラッシングの方法を教えた。

女性しか、触らせないので、出来る人は一人でも多い方がいいだろう。

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