第9話
その夜。
「剣術の先生は、脳筋ですね。」
リリアーヌが私と二人になった時にボソっと言った。
「そう思ったら止めなさいよっ!」
「お嬢様の筋がいいようですし、何よりお嬢様が、自ら言い出した事ですから。」
「んぐっ・・・。」
それを言われちゃあ、私は何も言えんわ・・・。
乗馬は大丈夫よね?
だって、先生はピザート家に仕える者なんだし、ねえ?
よし、乗馬の授業に行ってみようじゃないかっ!
「今日は皆、出払ってまして。」
そう言って私を出迎えたのは、厩番の人だった。
とんだ肩透かしである。
今日は、馬を見る見学だけだ。
「うわあ・・・。」
私が思ってた馬と違った。
あれだ、ばんえい競馬の馬に近い。
足は太いし、馬の横幅がデカい。
「お嬢様、あまり近づかない方が。」
リリアーヌが注意してきた。
「大丈夫ですよ、ここに居る馬は、人に慣れていますので、あっちの厩舎にいる2歳馬には近づかないでくださいね。」
「あっち?見るのも駄目なの?」
「見るだけなら問題ありません。」
ということで、あっちの厩舎に行ってみた。
2歳馬という事で、他の馬たちよりも一回り以上小さい。
小さいのだけど・・・。
「ふーーーっ、ふーーーーっ」
馬ってこんな鳴き声で威嚇してきたっけ?
前世の記憶を探っても思い当たらない。
が、何か、こんな感じで威嚇された記憶が?
あっ。
あれか?
友人が飼ってた兎だ。
真っ白な兎で可愛かったのだが、人間不信らしく、人間を見ると威嚇してくる。
飼い主にも突進したり、後ろ足で蹴ったりと正に暴君だった。
うん、この真っ黒い馬も暴君だ。
それにしても実に黒々としてる。
もうちょっと成長したら、コクオーになるな、きっと。
世紀末な覇者に相応しいお馬さんに・・・。
この日は、お馬さんを見学しただけで終了した。
コクオー(仮)は、別として、他のお馬さんなら、私でも乗れそうだ。皆、大人しかったし。
次が楽しみだ。
そして先に訪れるのは、脳筋の時間なわけで。
キン、キン、キンっ。
「いいですよ、お嬢様。」
相も変わらず私は受けのみ。
ビルは攻めのみなのに、何だこの差は。
てか、手加減が下手なんだよ、おっさん。
名前は最初に聞いたが覚える気もないわっ!
くっ、しゃれにならん。
「お嬢様、隙があれば攻めてもいいですよ。」
ねえよっ!
キン、キン、キン、キン・・・。
今っ!
私は渾身の一撃をおっさんの首を狙い突き付けた。
カンッ
寸前で防がれた。
さすがは、王宮騎士。
というか10歳の私じゃあ、普通の兵士相手でも無理だ。
「お、お嬢様。攻撃はやめときますか・・・。」
「いやよ。受けばかりでは面白くないわ。」
私は、速攻で否定した。
なんか表情が引き攣ってるが、本当にギリギリだったのか?
それから、私は剣を受けながら、隙を狙ったが、その後、隙が現れることはなかった。
ん~、残念だ。
その日の夕食時。
「アウエリアは、騎士になるのかい?」
義父にそんな事を言われた。
「はい?」
「アウエリアは、剣の才能があるので、女性騎士を目指すのがいいと家庭教師の先生が言っていたのだが。」
あのおっさん、なんていう事を。
脳筋は、これだからっ!
「そんな気は毛頭ありません。剣術は単なるダイエットです。」
私はお父様にはっきりと言ってやった。
「そうですよ、あなた。侯爵令嬢が女性騎士なんて、ありえませんわ。」
「そうだな。」
「あの脳・・・先生は、少し手加減が下手な気がします。」
出来れば別の先生がいいと、付け加えたかったが、それは抑えた。
「ああ、甘えが出ないように王宮騎士を招いたんだよ。」
なるほど、ビルの為か。
「アウエリアには、女性騎士を別に雇ったらどうかしら?」
お母様っ!!いいこと言ったっ!!!
「女性騎士は数も少ないし、頼めるかどうか・・・。」
くっ、なんてこったい。
「では、アウエリアに教えるのは、我が家の兵士でいいのでは?」
「そうだな。考えておこう。」
おっ、いい方向に向かった。
ふふふ、さらばだ、おっさん。
結局、名前を思い出すことはなかったけどな。
さて、お馬さんの時間だっ!
待ちに待った、お馬さん~。
「お嬢様、どの馬に乗りますか?」
我が家の兵士は、にこやかに言った。
うん、顔なじみだ。
名前は知らんけど・・・。
「さて、どうしようか?」
一通り見まわしても、皆、同じ顔に見える。
どの馬も大人しいので、どれでもいいのだけど。
ふと、視線を感じて、そちらの方を向くと。
離れの厩舎から、じっと私を見つめるコクオー(仮)がいた。
じーーーっ。
つぶらな瞳でこちらを見つめている。
まるで。
『僕に騎乗して女性騎士になってよ』
と訴えているようだ。
お前はこいつかっ!
^ ^
/人◕_◕人\
前はあれだけ威嚇してきたのに、どういう心境の変化だろうか?
私はコクオー(仮)に近づいて話しかけた。
「私に乗って欲しいの?」
人の言葉がわかるとは、思わないが。
コクリ
と頷いた。
え、えええーっ!
ど、どうしたものか・・・。
「お、お嬢様、その黒いのには近づかないように。」
兵士な人が、少し離れた場所で言ってきた。
「これに乗ってみようかと。」
「無理です。」
即答だった。
「だって、乗って欲しそうよ?」
「そもそも、馬具が付けれません。」
「・・・。」
なんてこったい。
「それはそうと、どうして、そんなに離れているの?」
「その馬は、アーマード家から預かっているのですが、人嫌いで、近寄れないんです。」
「どうして、そんな馬を預かったの?」
「離れの厩舎がまるまる空いていたので。」
「問題児って事ね。」
「はい、ですからお嬢様も、それ以上は近づかないでください。」
「わかったわ。」
さて、どうしたものか。
「残念ながら、馬具が付けられないなら、乗れないわ。」
私はコクオー(仮)を諭すように言った。
そうすると何故か、コクオー(仮)は、リリアーヌを見つめた。
見つめ合うコクオー(仮)とリリアーヌ。
まさかね。
目と目で通じ合う、なんて人間同士だけだものね。
「わかりました。」
えっ、まじかリリアーヌ。
あんた人間なの?
「私が、馬具を取り付けましょう。」
「えっ?馬具の取付方法を知ってるの?」
「多少の心得えはあります。」
なんて事だ。
あの、あのリリアーヌが、有能に見える。
気のせいだ、きっと気のせいに違いない。
「リリアーヌ、気を付けろ。そいつは俺達でも手に負えないからな。」
兵士な人がリリアーヌに注意した。
着々と馬具を取り付けるリリアーヌ。
その間、コクオー(仮)は、ずっと大人しくしていた。
その光景に、兵士たちと厩番が驚愕していた。
とても暴れ馬には見えないわね。
何を考えているのかしら?
「では、お嬢様はこちらへ。」
リリアーヌに言われて、コクオー(仮)の傍にたった。
10歳の私は、いくら2歳馬とはいえ、一人で馬に乗ることは出来ない。
リリアーヌに、抱えられ、コクオー(仮)に乗った。
おおーっ、視線が高いっ!
リリアーヌがゆっくりとコクオー(仮)を移動させる。
足場は、草が生えており、寝っ転がったら気持ち良さそうだ。
「お嬢様、ゆっくりです。ゆっくりと手綱をひいてください。足は、膝と膝で挟み込むように。」
少し離れた兵士な人が指示してくるので、それに従う。リリアーヌは、邪魔にならないように少し離れた。
刹那
「ヒヒーーーんっ!」
嘶きとともに前足を高々と上げた。
私は、あっさりと落馬した。
は、はああ??
「お嬢様っ!」
リリアーヌと兵士な人が直ぐに駆けつけてきた。
「ぶヒヒヒヒ。」
コクオー(仮)が、私を小馬鹿にしたように笑った。
こ、このクソ馬がっ!
私は怒りのあまり立ち上がった。
「リリアーヌっ!」
私をコクオー(仮)に乗せるように指示する。
「お嬢様、危険です。」
「このクソ馬に、目にもの見せてやるわっ!」
その後、何度も落馬した。
いつからか、乗馬がロデオになっていた・・・。
「はあ、はあ、はあ・・・。」
10歳の私の体力は直ぐに切れる。
「ぶふふうっ・・・ふうっ・・・。」
クソ馬の方も、ふるい落とすのは体力を使うようだ。
私は、クソ馬の鬣を鷲掴みにした。
「ふっ、今度は、落馬の時にあんたの鬣を毟りとってやるわ。」
「ぶヒヒんっ、ぶひんっ!」
どうやら、嫌がってるようだ。
「だったら大人しくしなさいっ!」
私は、鬣をおもむろに引っ張った。
「ぶひひん・・・。」
どうやら、大人しくなったようだ。
私は、全身の力が抜け、鬣に顔を埋めた。
「そのまま動かないように。少しでも動けば馬肉にします。」
リリアーヌの声が聞こえた。
その後、私は、リリアーヌにお姫様抱っこされた。
覚えているのは、そこまでだった。
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