第七話 ダンジョンからの帰還

「いきます!」


 意思の力を込める。すると右手の宝箱は消失し、あっさり錬装は完了した。此処に宝箱剣(仮)が完成したのだ。


「拍子抜けですね」

「まぁいいんじゃない? じゃあ集めよっか」


 散らかっていたアイテムを整理しつつ集めはしたが、宝箱剣(仮)の中にアイテムを入れるにはどうしたらいいのか悩んでいたが、方法は単純且つ地道なものだった。


 それは剣の先で突くことだった。ちょん、と付いてやるとアイテムは消え、剣を振ればそれが出てきた。


 方法が判明した時は2人して喜んだが、すぐにその喜びは霧散した。俺たちの目に入ったのは大量の金貨だった。


「はぁ……」

「面倒だね、これは」



  □   □   □   □



 一枚一枚、剣の先端で突くという果てしない作業を終え、ダンジョンを出た頃にはすっかり日は沈み、路地裏には夜専門に探索する冒険者達が屯していた。普段見ないような連中たちが俺たちをジロジロと見る。不躾な視線は柄の悪さを感じさせる。昼と夜じゃこうも違ってくるのか……。あんまり夜に出歩くのはよくないかもしれないな。だがそれは俺1人ならの話だ。我らがチトセさんが居てくれれば話は変わってくる。


「おい見ろよ、《赫炎》だぜ」

「本物かよ……すげぇな」

「乳でけ~」

「横のは何だ、荷物持ちか」


 キッとチトセさんが睨むとコソコソと話していた冒険者たちは明後日の方向を見て口を噤んだ。流石チトセさんだぜ。


「はぁ~やだやだ。さっさと行こう、ウォルター君」

「それがいいですね。あ、でも其処の屋台の料理が……」

「もう!」


 こればっかりはしょうがない。一日中ダンジョンで働いた後はお腹が空いてしまうのだ。


 呆れながらもついてきてくれたチトセさんの分の料理も買った俺たちは行儀が悪いことを自覚しつつ食べながらギルドへと戻ることにした。




 遅い時間ではあるがギルドには冒険者たちが多かった。以前ゴブリンに追われて帰ってきた時はもっともっと遅い時間だったから、これくらいの時間ならまだ人も居るのだろう。しかし妙に盛り上がってるな。何かあったのだろうか。


 カウンターにはギルド員が書類を捲って作業をしている。どうやらミランダは不在らしい。チトセさんと一緒だから安心して定時上がりしたのかもしれないな。


「すみません、チトセ・ココノエとウォルター・エンドエリクシル、ダンジョンから戻りました」

「あー、はい。じゃあ腕輪を此処に」


 出立した時と同じように腕輪で帰還完了の報告をする。その為に腕輪を付けた腕を筒のような形をした魔道具の中に通す。この魔道具が出立と帰還の報告を管理する魔道具だ。腕を通し、無事に帰還報告は完了した。これで無事にダンジョン遠征は終わりとなった。


「確認しました。お疲れ様でした」

「どうも~」

「ありがとうございました」


 さて、今日はこれで後は家に帰るだけとなったが……。


「この後どうする?」

「俺としては解散でも構わないんですけど、何か用事あったりします?」

「特にないけど、ご飯でもどうかなって」

「さっき食べましたけど……」


 胃の中にはまだ消化しきってない料理が残ってるのでこれ以上何かを食べるのはちょっときついのだが……。


「や、でもほら、パーティー組んで初のダンジョンだったし、宝箱も見つけたからお祝いしたいじゃん?」

「んー……それもそうですね」


 記念とかは大事にしたい俺なのでこういうことは逐一お祝いしていきたいという気持ちが沸々と湧いてきた。そうだな、幻陽の時もこうしてお祝いしたことだし。


 ……余計なことまで思い出してしまった。熱くなる顔をどうにかこうにか隠して平静を装うとしたが、チラリと見たチトセさんは顔を逸らしていたが髪の隙間から覗いた耳が赤かった。どうやら余計なことを思い出したのは俺だけではなかったらしい。


「お酒はなしでいきましょうか……」

「そ、そうだね。うん、身体にも良くないし」


 ということでお酒無しでお祝いをすることにした。以前酔い散らかした店とは違う場所をチトセさんが知っているということで其処へ向かい、適度に食った俺たちは過ちを犯すことなく無事に解散することに成功したのだった。



  □   □   □   □



 翌日、祝賀会の時にチトセさんと約束してた俺は朝からチトセさんの家に向かった。これからチトセさんの家で宝箱剣(仮)の中身を確認しつつ、改めて別の物に錬装する作業を行うことになっている。


 俺は自宅にあった指輪をポケットに入れて町を歩いていた。


「この指輪、デザイン気に入って買ったんだけどまさかこういう所で役に立つことになるとはなぁ」


 ポケットから取り出した指輪を摘まんで眺めながら歩く。少し幅広な指輪には水面のような円形のデザインが彫られていた。今日からこいつは宝箱指輪となるのだ。


 件の宝箱剣(仮)もちゃんと腰に下げている。俺の家で錬装しても良かったのだが、もし何かの間違いで宝箱の中身が消えてしまったら目も当てられないのでチトセさんの武器庫で広げてやろうとのことだ。彼処なら人の目もないし、安全だし。


「しかし特性の移し替えが出来るというのも驚異的だよな」


 貴重な能力を一時的に保存するというのは思っている以上にとんでもないものだ。もしチトセさんの刀、《幻陽》が何かの事故で折れてしまったとしても、刀の赫炎特性だけは他の物に保存することが出来る。苦労して重ね合わせた特性を捨てるのは流石に勿体ないしな。


「また宝箱見つけた時の為に指輪買っておこうかな。宝箱もお宝岩みたいに再出現してくれたらいいんだけど」


 あんまり聞かない宝箱の話。もしかしたら皆知らないだけで宝箱もお宝岩みたいに再出現するかもしれない。ある程度時間が経ったら確認してみるのもいいかもしれないな。もし再出現するなら億万長者も夢ではない。


「まぁ、そんな旨い話はないか……」


 実際に大金持ちになった冒険者の話など聞いたこともない。強くて稼いでる人なら居るけど、特に理由もなくというのはすぐに噂になるはずだ。それがないということは、つまりそういうことだろう。


 近道なんてないんだなぁと空を見上げる。今日は雲が多い。並ぶ家の隙間から見える空の半分は灰色だった。この路地を抜けた先がチトセさんの家だ。


 赤い屋根に白い壁。正面からでは分からないが、裏口の先には小さな庭がある普通の家だ。とてもじゃないが此処に最上位冒険者が住んでいて、地下室もあって、其処に膨大な量の武器があるとは誰も思わないだろう。


 俺は赤茶色に塗られた木製の扉を叩き、少し待つ。


「はーい」

「俺です。ウォルターです」

「はいはーい」


 中から聞こえてくるチトセさんの声に答えると、鍵を外す音と同時に扉が開かれた。


「いらっしゃい。入って入って」

「お邪魔します」


 中から出てきたチトセさんはいつもの装備姿とは違って部屋着のようで、少し多めの露出に目が泳ぐ。その薄着の向こうを見てしまっているから簡単に想像ができてしまうのが余計に質が悪かった。


 チトセさんの家ももう勝手知ったる他人の家といった具合で、慣れた足取りで地下室へと向かう。寧ろ、余計な寄り道は嫌がられる。


 重厚な鉄扉を開けた先は見慣れた地下室、通称『武器庫』だ。幻陽作成の為に殆どの武具は錬装の材料にしてしまって最後の方はすっからかんになっていたが、もう既に半分くらいは埋まっていた。


「すっきりしたかな~って思ったけど、無いなら無いで落ち着かなくてね」

「確かに今まであった物がないと落ち着かないですよね」

「気が合うね。またそのうち此処の武器使って錬装しようね」


 それは願ったり叶ったりだ。赫炎特性の防具なんかも作りたいしな。攻撃してきた相手が燃え上がるような、そんなカウンター防具……いいね、浪漫である。


 しかし今日の目的はそれではなく、この俺の腰にぶら下がる宝箱剣(仮)の再錬装と、中身の移し替えである。


「じゃあ出しますね」


 鉄製のテーブルの上で剣を振るう。全部のアイテム出て来い、と念を込めて。するとじゃらじゃらと金貨を初めとした様々な装飾品、武具がテーブルの上に山積みに出てきた。


 振り終えた剣は邪魔になるので鞘に仕舞う。


「それで、どれに宝箱特性を移し替えるの?」

「これです。以前買った指輪なんですけど」

「どれどれ」


 俺の右手の中指にはまった指輪を取り、チトセさんに見せる。手を差し出すのでその手の平に乗せてやると摘まんで持ち上げ、興味深そうに眺めている。長い睫毛を上下させながら隅から隅まで眺めた後は、俺がしていたように右手の中指にはめた。だが当然、指の太さが違うのでサイズが合わずぶかぶかで。クルクルと回る指輪を見て彼女は面白そうに笑っていた。


「いやぁ、合うかもって思ったんだけどな。ウォルター君、周りの冒険者に比べたら指細いし」

「そうですね……皆指どころか手も大きいですね」


 戦いを生業としているからか、皆ゴツゴツとした手をしていることが多い。


「あたしは好きだけどね。ウォルター君の手」

「ん……ありがとうございます」


 そんなこと、言われたことがなかったので気恥ずかしい。


「じゃあ、とりあえず錬装しますね」


 話を逸らしたくて、進めたくて、俺は指輪を受け取る為に左手を出す。頷いたチトセさんは、俺の手の平に指輪を置こうとして俺をちらりと見、悪戯っぽく笑う。何だろうかと首を傾げる俺の左手を掴んだチトセさんは、指輪を俺の左手の薬指にはめた。


「結婚しよっか」

「ぐ……そういう悪戯はやめてくださいっ」

「なはははは」


 予想外の行動に俺は自分の顔が熱くなるのが分かるくらいに動揺してしまった。すぐに指輪を取り、右手に持っていた宝箱剣(仮)を錬装してしまう。


「左手にあるんだからはめながらでも錬装出来ると思うんだけどな?」

「できなかったら勿体ないじゃないですか。だから外したんです!」

「ふぅん?」


 ジーっと俺を見る視線が妙にくすぐったい。


「じゃ、じゃあ宝箱の中身、分配しましょうか!」

「話逸らすの得意だねぇ」

「金貨全部貰いますよ?」

「あ、ちょ、駄目だって! 半分こ!」


 俺よりも年上の癖にどうしてこう子供っぽいのか……嫌いじゃないけどさ……。


 その後、俺たちは金貨を半分に山分けした。其処からお互いに配った金貨の半分の半分の量をパーティーの運営資金として武器庫に置いてある金庫に入れることにした。暫くはお互いの身の回りを整える為に分配を多めにしたが、落ち着いてきたら入手した金額の半分は運営資金に回すことを決めた。

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