第六話 宝箱
宙に浮いていた昇降機が漸く地に足を付けた。見上げると両サイドを崖に切り取られた空が見える。こうして見ると随分と深いことが分かる。ただでさえ此処は町の下にあるダンジョンなのに、更にこんなに深いとは……。改めて思う。ダンジョンとはとんでもないところなのだと。
一緒にかけっこした幼馴染たちは俺よりも先を走っている。皆それぞれが、それぞれの場所で力を発揮している。ミランダだって引退してはいるが冒険者として優秀だ。こんなダンジョンなんて速攻で駆け抜けていったのだろう。
地の底の底で俺は空を見上げる。いつかあの空を飛び越えられるような、立派な力を手にしたい。皆に遅れを取らないような、立派な力を。
「行こうか」
「はい!」
「お、気合い入ってるね?」
気持ちを新たに頑張ろうと思っていたら無意識に声に力が入ってしまった。これは恥ずかしい。
「や、俺も頑張んなきゃな、って」
「あたしはもう十分頑張ってると思うけどね」
「まだまだですよ、俺は」
漸く才能に目覚めただけだ。しかもチトセさんのお陰でやっとまともに扱えるようになった程度の人間でしかない。チトセさんのように最前線で戦い続けた人に比べれば俺なんてまだまだ足元にも及ばない。
「それが間違ってるんだよ」
「と言いますと?」
「戦うだけが強いって訳じゃないってことだよ。確かにあたしは赫炎の力でまぁ、お陰様で有名にはなったし頼ってくれる人も居る。でもこれまであたしがまったく苦労しなかった訳じゃないのは君も知ってるよね?」
確かにそうだ。これまでのチトセさんは確かに強かったが、その強さの代償が大きかった。出費という意味でだ。これまでに倒してきた敵の数は計り知れないだろうけれど、それ以上に蒸発させてきた武器の数も尋常ではない。赫炎に頼らず、自身の力で戦わない限り出費は続く。能力に頼っていては強くはなれなかった。
「あたしだって漸くなんだ。ウォルター君、君のお陰でね」
「これも運命なんですかね。俺はもしかしたらチトセさんの武器を作る為に才能に目覚めたのかも」
「あは、だったらとても嬉しいよ。本当に嬉しいんだよ?」
そっと幻陽の柄に手を乗せたチトセさんが優しく微笑む。
「きっと運命だったんだと思う。君と出会ったこと自体がね」
「そうだと俺も嬉しいです」
「うん。だからこれからは自分の為に生きなよ?」
「えぇ、チトセさんと一緒に頑張ります」
「ふふ……それだと君の人生にあたしが不可欠って感じだけど。もしかして告白?」
言われてちょっと顔が赤くなる。
「お、俺は今朝からずっとそのつもりです!」
言ってやった。だが駄目だ。恥ずかし過ぎる。気付けば俺はその場から逃げるように駈け出していた。モンスターはどこだ。このやり場のない感情の捌け口となるモンスターはおらんのか!
「ちょ、ウォルター君」
「ななななんですか」
「逆方向だよ」
「……」
どの面下げて戻ればいいのか分からなかった俺は過去一でよく分からない面をしてチトセさんの元へと戻ることにした。
□ □ □ □
谷底に現れるモンスターは小柄だ。当然だ、此処は狭い。でかい奴は入ってくることも難しいだろう。だがそれ程大きいモンスターはこの『階下の断崖』には存在しない。大きいと言っても俺よりも倍くらいの背丈と横幅のあるオークくらいのものだ。
そう、今俺の目の前に立っているようなサイズ感の……
「危ない!」
「ッ!」
振り下ろされた丸太のような棍棒を避ける。その衝撃と弾け飛んだ小石をビシビシとぶつけられながら距離を取る。
何が怖いって避けてもこの小石の追撃が本当に怖い。狭いから振り下ろし攻撃ばかりなので避けるのは容易いが、石だけはどう飛ぶか分からないのですごく嫌だ。何が嫌かって足とかにビシバシ当てられるのがいっちゃん痛い。
「ふー……」
「代わる?」
「や、頑張ります」
「オーケー」
最近知ったのだが『オーケー』というのは極東語だそうだ。たまに訛りが出るらしい。最近、俺もちょっと釣られて言ってしまう時がある。方言って移るってよく言うよね。
「振り下ろしを避けるのは上手になってきたね」
「でも小石が痛いです」
「それは仕方ない。顔だけはちゃんと防ぐか避けるかしなね。目に当たったら失明するから」
「は、はい」
ぶちゅっと潰れるところを想像して背筋が凍る。高い金を払えば回復してもらえるのはしてもらえるが、できればぶちゅっとはご勘弁願いたい。幸いにも俺の左手には盾があるので、足はしゃーないとしても顔だけはしっかり守りたいと思う。
いい加減攻撃が当たらなくてイライラし始めたオークが片手で振り下ろしていた棍棒を両手持ちへと変えてきた。振り下ろす早さと威力が倍になる。跳ねる小石も諸々倍になるが顔だけは、顔だけは死守する。
「クソ、どっから拾ってきたんだよその棍棒は!」
「棍棒は生み出された時から持ってるよ」
悪態をつきながら振り下ろした直後の棍棒の根元、オークの手を狙って剣を振り下ろす。勇気を出して踏み込んだお陰で剣はちゃんと手首まで届き、ちゃんとした威力を以てその太い手首を切り落とした。
「ンゴォォオ!!」
手首の断面から溢れる血を止めようと、棍棒を手放す。そうなったらもう、こっちのもんだ。棍棒のないオークなどでかいおっさんだ。その両手を封じたならもうただのおっさんだ。であれば、あとは止めを刺すだけである。
「ハァッ!」
オークとは違って振り下ろしも薙ぎも出来る賢い俺は手首に次いで足にも斬りかかる。どうにかこうにか踏みつけようと模索するオークではあるが、それは俺が嫌なので斬っては退き、斬っては退きを繰り返す。その結果、オークはボロボロになった足で立てなくなり、地に膝をつくことになった。
「これで、終わり!」
ちょうどいい高さにあった首を剣で両断する。当然、絶命したオークは消え去り、魂石が地面に転がった。
「ふぅ……」
「お疲れ~」
「疲れました……」
「上出来だと思うよ。よくできました!」
「ありがとうございます!」
流石の俺もこうして面と向かって褒められると嬉しくなる。上機嫌で俺は地面に落ちてる拳ぐらいの大きさの魂石を拾う。放り投げて掴んでを繰り返しながら鼻歌も歌いたい気分だ。でも落として壊したら苦労が台無しなのでそっと鞄に仕舞った。
そういえばこの魂石、壊したらどうなるんだろう?
「ねぇチトセさん」
「なぁに?」
「魂石って壊したらどうなるんですか?」
「あー、割れて中の魔素が広がって消えちゃうよ」
そいつは勿体ない。やはり粗雑に扱うのはやめておこう。
「中にはその魔素を使って戦う職業の人も居たりするけれど、まぁそういうのは特殊だから」
「世の中には色んな職業の人が居るんですね」
「うん。君の職業も今まで見たことないし、この世には特殊職業の人も実はいっぱい居るかもしれないね」
もしそうなら会いたいなと思った。俺はチトセさんのお陰で手探り状態から今のレベルまでやってこれたが、そうじゃない人たちはどうやって自分を知り、高めてきたのだろう?
そういった苦労話とか聞けたら、俺も錬装術師という職業の力を高めるのに役立てるかもしれない。俺は結構感化されやすい人間なのだ。
谷底を進む俺たちの前に敵はいなかった。俺の訓練も兼ねてはいるが、チトセさんの肩慣らしも兼ねている。俺が敵わなさそうな敵の数になったらチトセさんが秒で減らしてくれる。お陰で俺は安心して戦闘訓練を詰むことが出来た。
何度か戦闘を終え、ちょうどいい岩の上に腰を下ろした時のことだった。
「ん?」
「どうかした?」
「これ、何ですかね?」
俺が座った岩と壁の隙間に小汚い箱が転がっていた。片手で持てる程度の大きさの箱が砂をかぶっていた。
「それ宝箱だよ!」
「えっ、これが?」
噂には聞いたことがある。ダンジョンには稀に宝箱が出現すると。中には色んなアイテムが入っているらしい。
「本当に珍しいよ。見つかったって話すら滅多にないし」
「へぇ~……」
こんな場所に座るような奴もいないだろうし、わざわざ覗く奴もいないだろう。だからこれまで見つからなかったのか。
「これって開けていいんですか?」
「いいに決まってるよ。何が出てくるのかな。ドキドキするね」
俺は手を伸ばし、箱を手に取る。見た目はやはり小汚い箱だ。開けたところで小銭が少し入ってるくらいの小さな箱だった。鍵穴は見当たらないから鍵という構造もなさそうだ。
危険もないだろうと思い、俺はパカッと開けた。
「えっ、おわっ!?」
「おぉ……」
開けた途端にアイテムが溢れ出てきた。意味が分からない。中身の量と箱の容量が釣り合わない。間口の大きさと内容もでたらめだ。どこから出てきたのか、俺の足元には溢れ出した金貨や剣や盾といった装備品が広がる。
「ちょ、これどうやって持って帰るんですか!?」
「こんなに出てくるとは思わなかった。宝箱は出すだけで入れられないらしいし、どうしよう?」
お金を踏みつける訳にもいかず、俺は座っていた岩の上に立ってからアイテムのない場所へと飛び降りた。離れて改めて見るととんでもないことだ。一瞬にして大金持ち……とまではいかないが、余裕のある生活が出来るくらいに資金が手に入ってしまった。いや、持って帰れたらの話だが。
「宝箱ってどういう構造なんですかね……」
「うーん……此処とは違う空間に保存されてる、のかな? 分からないけど」
「此処とは違う空間?」
「魔法みたいなものかな。いや、スキル? 特性? 赫炎みたいな、アイテムに付与された魔法のようなものだと思う。でないと説明ができないし」
だからこの小さな箱からこれだけの量の物が出てきたのか。箱は単なる出口で、その向こうに繋がった謎の空間にアイテムが詰まっていた、と。
「あたしの暮らしてた国の書物にはそんな感じのアイテムも書かれてたことあったっけ」
「極東の書物ですか?」
「うん。ライ……えっと、伝記、かな。異空間にアイテムを保存しておける腕輪とか、鞄とか、そんな奴」
「へぇ……箱以外にもあるんですね」
俺は転がっているアイテムを眺める。中には指輪なんかもあって、換金すれば……いや、だからこの量をどうやって持って帰って……。
「あっ」
「どうしたの?」
「チトセさん、この宝箱もそういう伝記的にはアイテムってことですよね?」
「だと思うけど」
「だったら、この宝箱とその指輪を錬装したら異空間にアイテムを保存出来る指輪が作れるってことじゃないですか?」
「宝箱の特性を引き継げれば可能かもしれないけれど、引き継ぎ過ぎたら宝箱同様に入れられないよ?」
「でもほら、宝箱だから入れられないだけで、それ以外なら特性だけ継いで出し入れが出来るようになるかもしれないじゃないですか」
「それは……出来たら最高だけど」
普通は宝箱の中身に気が向くだろう。けれどこの宝箱自体も珍しい物だし、仕組みは伝記に出てきたアイテムと同じだ。なら俺の錬装術で宝箱の特性を持った指輪が作れるはずだ。
俺は指輪を拾い、手の平に乗せる。何の装飾もないシンプルな銀の指輪だ。
「うーん、けど指輪にも特性があるかもしれないですよね。宝箱の特性で打ち消してしまうのは勿体ないですよね」
「だけど今此処で確認する術はないよ。ギルドの鑑定士に見せるか何かしないと」
「ですよね……」
ジッと指輪を見つめる。うーん……やはり勿体ない。宝箱から出てくるような物なんだ。何の変哲もない指輪に見えるが何もないとは思えない。
「よし、一旦俺の剣を宝箱にしましょう。ただの剣だから惜しくないですし」
「結局それが一番無難か……想像だけど多分、剣振るたびにアイテム出ちゃうから今日は此処までだね」
アイテムにはそれぞれ使い方がある。剣は振れば特性が発揮されるし、指輪ならイメージすることで特性が発揮出来る。宝箱なら開ければ中身が出てくる。つまり宝箱剣は振ると中身が出てくるのだ。
「とか言って実は錬装できなかったら笑いますね」
「そうなったら必死で抱えながら帰るしかないから、よろしくね?」
想像したらだいぶ絵面が酷かった。まるで泥棒だ。気合いを入れて錬装しなければ……。
右手に持った宝箱と左手に持った剣を交互に見る。
さて、どうなるか……。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます