第五話 階下の断崖

 『階下の断崖』に生息するモンスターは主に3種類。亜人種、鳥種、昆虫種だ。


 一つずつ説明していくと、亜人種というのは人型のモンスターを主に指す。ゴブリンやオーク、オーガ等が挙げられる。サイズも種類も様々で、派生種も多い。マジックゴブリンも亜人種の一種だ。

 鳥種はそのまま、鳥型のモンスターだ。だが一概に鳥と言っても種類は多く、小鳥型で多くの群れを作って生息するスワローエッジという鋭い刃のような羽根を持つ鳥や、ケツァルコアトルというめちゃくちゃ大きくてパワーのある鳥も存在する。

 そして最後に昆虫種。これもまた非常に多くの種類のモンスターが存在する。そしてそのどれもが凶悪な力や特殊な能力を持つ。シンプルに力が強いアーマービートルや、擬態能力に優れたミミックマンティス。強力な毒を持ったアシッドスコーピオン。とにかく語ると切りがない。


 こうしたモンスターがひしめき合うダンジョンはとても危険だ。1人で探索するなんて以ての外だ。だがそれを可能にしてしまう一握りの人間、強い者がこの世には存在する。最上位と呼ばれる最強の冒険者が居る。『二色にしき』と呼ばれる最上位冒険者だ。そしてチトセさんもその内の1人である。


「久しぶりに来てみたけど、いいもんだね」


 崖を覗き込むチトセさんが楽しそうに笑う。普段はもっと高難易度のダンジョンばかり潜っているからこういう初心者向けのダンジョンは久しぶりなのだろう。とは言え、此処は初心者と中級者の間くらいの難易度だ。俺もまるっきり初心者という訳でもない。


「とりあえず崖上を歩こうか」

「わかりました」

「じゃあ行こ」


 俺たちは崖に掛けられた吊り橋を渡って、入ってきた入口とは反対側の崖へと渡った。昇降機もある所為で崖下がメインのように思われがちな階下の断崖だが、崖上も探索対象としては割と有能だ。素材を集めるタイプの冒険者たちの多くが此処で色んな材料を集めては店に卸していたりする。今後は俺も自分で装備を買ったり集めたり作ったりするので、素材集めは重要になってくるだろう。


 崖の上はゴロゴロとした岩や水気の少なそうな草が所々に生えている。こうした場所にゴブリンやらが隠れていたりして、それに警戒しながら探索していく。


 其処ら辺に転がる岩には時々鉱物が混じっているらしく、ピッケル等でそれを叩く冒険者の数も少なくない。

 そうしているうちに採れる材料も減っていくが、ダンジョンとは不思議なもので、いつの間にか元に戻っている。つまり、時間が経てば素材はまた採取出来る。実質無限なのだ。なので此処ら辺は多くの冒険者が採掘や採取をしては休憩している姿をよく見かける。


「こんにちはー」

「あぁ、どうも……えっ、《赫炎》のチトセ……?」

「わ……なんでこんなところに」


 冒険者たちにチトセさんが挨拶すると、された側は皆驚いてお茶を飲む手を止めていた。その後に後ろを歩く俺を見て首を傾げるのだ。仕方のないことなのだが、少し居心地が悪い。

 その原因は俺の実力の無さだ。最上位冒険者であるチトセさんに比べればどうしても劣ってしまう。大きな差は簡単に埋められるものではない。だから俺が頑張るしかない。今は甘んじて受け入れよう。甘んじて首を傾げられよう。だがそのうち俺も二つ名のような呼び名がつくのだ。赫炎のチトセと錬装のウォルター。いいね、いい響きだ。


「そろそろかな」


 赤い鞘から抜いた幻陽の峰で肩を叩きながらチトセさんが呟く。俺も剣を手に盾を構える。


「上から来るよ!」

「!」


 見上げると小鳥よりも大きいサイズの鳥が頭上で円を描いていた。ダンジョン特有の幻覚の空を気持ち良さそうに飛ぶあの鳥は立派なモンスターで、名を”ペネトレートイーグル”という。高高度から速度を乗せての落下と鋭い嘴による貫通攻撃が非常に危険なモンスターだ。


「ペーグルが来たら盾で受け止めるんじゃなくて、逸らすようにね」

「はい!」

「ま、目が慣れたら剣構えてるだけで勝手に死ぬから」


 妙な略し方をするチトセさんのアドバイスに従い、しっかりとペーグルを見る。すると円を描くように飛んでいたペーグルが渦を巻く様に弧を描き、一点で止まる。しかしそれは止まったのではなく、降下してきているのだ。その証拠に姿がどんどんと大きくなってくる。その速度はとても早い。


「ウッ!」


 俺は正面ではなく、斜めに構えた盾でその嘴を往なす。ガァン! と大きな音と衝撃に怯み、一瞬よろめいてしまう。だがダメージはなく、見れば勢いのまま地面に激突したペーグルがグチャグチャになって潰れていた。


「うわぁ……」

「きしょいよね。でもほら、もう大丈夫」


 グチャグチャになったペーグルはすぐに粒子となって消え、魂石が残る。そのサイズは子供の拳ぐらいの大きさだ。弱いゴブリン等は小石程度の大きさなので、ペーグルの魂石はそれよりはまぁちょっといいくらいのサイズと言える。


「剣で倒すだけが戦いじゃないってことだね」

「なるほど……」


 今まで何も出来なかったから必死に武器を振るってきたが、それだけが戦いではないらしい。状況を利用しろということなのだろう。なるほど、あれ程の速度で突っ込んでくる敵に律儀に盾を構えて剣を振るというのも中々難しい話だ。突っ込んでくるのであれば、そのまま突っ込ませればいい、と。


「やっぱチトセさんは凄いなぁ……」

「え、なに、急に」

「あっ……や、その」


 声に出てしまっていた……。素の感情が出てしまって恥ずかしがる俺と、それを聞いてしまって恥ずかしがるチトセさん。今朝、とんでもない姿だった2人がそんなことで恥ずかしがるなと思いたいところだが、こればっかりはしょうがない。だってお互いに記憶にないんだもの……。


「さ、さて、もう少し奥へ行こうか!」

「で、ですね!」


 ぎこちないが、2人並んで荒地を進む。並んではいるが絶妙な距離感を置いて。



  □   □   □   □



 ペネトレイトイーグルの襲撃を何度か躱し、少ない労力で魂石を手に入れながら進んだ先にあった大きな一枚岩。その岩は奇妙にくり抜かれた穴がある。この岩は『階下の断崖』でも名物の岩で、名を『お宝岩』という。この岩の穴はダンジョンの時間経過で塞がるのだが、此処だけは時間の経過が少し遅く設定されているらしい。


 こういう場に限らず、ダンジョンは損傷した部分を復元させる機能があるという。それをうまく使えばこうして採掘も出来る。昇降機などはダンジョンを傷つけずに設置したり、或いは復元しないような特殊な加工をしていたりするそうだ。


「相変わらずだね、此処も」


 そしてこの岩は実は巨大な鉱脈で、掘れば掘る程に鉱物が出てくるのだ。出てくる鉱物は魔力を含んだ鉱石、『魔石』と呼ばれ、装備の材料だけでなく、様々な魔道具を動かすコアにもなる。純度が高ければ高い程、その価値は跳ねあがっていく。掘る人間はそれを求めて時間経過後、全力で掘るのだ。お宝を求めて。


「おーおー、今日も穴が大きいねぇ」


 チトセさんがくり抜かれた穴を見上げながら呟く。


「出たんですかね? 魔石」

「噂では前回の採掘で高純度の魔石が出たらしいよ」

「あー……なら盛り上がるのも仕方ないですね」


 次は俺も……なんて欲が出てくるのも頷ける話だ。俺だってちょっと掘って出るなら試してみたいしな。

 そんな冒険者達が多く集まった岩は3階建ての家が入るかと思う程の穴に木で組んだ足場まで作られている。もはや鉱山の採掘現場だ。


「んね。あ、ちょうどいいし端っこで休憩していこっか」

「いいですね。俺、お昼ご飯持ってきたんですよ」

「あ、いいな」

「ちゃんとチトセさんの分もありますよ」

「嬉しいな。流石はウォルター君だね」


 これだけ大きな岩穴であればペーグルの襲撃も防げるだろう。実は休憩にはもってこいの場所なのかもしれない。


 作業を続ける採掘者たちを尻目に俺たちは邪魔にならないような端っこに座り、鞄からお昼ご飯が入った小さな木箱を取り出す。中身はパンに具材を挟んだだけの簡単なものだ。それが2つ。ただ、めちゃくちゃ具材をいっぱい挟んである。此処には具材と共に欲望が詰まっているのだ。


「美味しそう……」

「どうぞ、チトセさん」

「ありがとう」


 受け取ったチトセさんはがぶりとかぶりつく。その勢いで具材がはみ出るが、落ちないように器用に指で押さえながら咀嚼しているので食べ慣れてるのが伺える。


 2人して黙々とパンを齧る。ダンジョン内でこうしてゆっくりと食事が出来る時間は珍しい。時と場所を選ばないとできないだろう。今は正に最高のタイミングだった。




 パンを食べ終わった俺とチトセさんはその場を後にし、暫く歩いた先でゴブリンと戦った。これに関してはいつも通り、盾と剣を使った戦闘で難無く対処することができた。


 しかし俺が退治したのは2体だけで、残りの4体はチトセさんが対処した。抜き身の刀、『幻陽』についに”赫炎”が灯る。


「あはっ、あははは! 溶けない! 溶けないよウォルター君!」


 実に嬉しそうだった。そのままチトセさんは全てのゴブリンを2分割どころか3分割4分割と細かくしていった。端から見ればただのやばい人にしか見えなかったが、これまでの苦労と、十分に元を取れる結果を得たのであれば致し方ないだろう。

 そんなチトセさんの笑い声に相槌をうちながら俺は、もし誰か居て変な噂を流されないかヒヤヒヤしながら周囲を警戒していたのだった。


 チトセさんが存分に幻陽の力を確かめた後、俺たちは断崖へと戻ってきた。これからこの下へと降りようという話だ。


 岩壁には幾つかの昇降機が設置されている。それぞれ、崖の中間にある洞窟や、時間経過で復活する鉱物採取エリアに繋がるもの、そして谷底への直通のものがあった。俺たちが利用するのは谷底への直通昇降機だ。


 地上……と言っても地下なのだが、其処では俺がある程度言われた通りに動けることと、幻陽の耐久性の確認を行った。これから行く谷底が本番ということだ。

 滑車を鳴らす縄の音を聞きながら柵の向こう、崖の反対側を眺める。そちらは九十九折りになった道が見える。木組みの階段だ。あの延々と階段を登ったり下りたりするのを想像すると溜息が出てくるね……。


「昇降機代が払えないとあれなんだよね……」

「想像するだけで足が痛くなってきますよ」

「まぁお金は安心してよ。これでも一応貯蓄はしてるんだから。武器の貯蔵は無くなったけれど」

「俺も出しますからね?」

「年上の厚意には甘えなさいよ」


 俺が18でチトセさんが21だ。年の話をされると何も言えない。俺だっておんぶにだっこは嫌だが、甘えるというのも仲良くやっていく上で大事なのだろう。


「わかりました。じゃあ次は俺が支払いますからね」

「あ、もう」


 これで甘えっぱなしとはならない。後出しでも勝てばいいのだ

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