第四話 ガチやらかしかもです

 さて、急な展開で俺は頭が回らない。頭も痛い。何度か深呼吸してみるがやはり頭が回らなかった。頭はずっと痛かった。


「……」


 そっとシーツを捲ってみるが、当たり前のように俺の下半身は上半身同様に生まれたままの姿だった。そしてそれはチトセさんも同じで、背中を冷や汗が伝う。


「すー、ふー……すぅー……はぁー…………よし」


 吸って、吐いて、吸って、吐いて。意を決した俺は隣で気持ち良さそうに眠るチトセさんの肩を揺らした。


「チトセさん、チトセさん」

「ぐぬぅ……」

「……」


 あまり可愛くない呻き声を唇の隙間から漏らしながら寝返りを打つチトセさん。白い背中が目に毒だった。だが意を決したのだ。これくらいで諦める俺ではない。いつだって俺は諦めるということをしなかった。それはもしかしたら今日の為に培ってきたものだったのかもしれない!


「チトセさん、朝ですよ!」

「んわぁ!?」


 寝起きに聞きたくない声量で声を掛けると流石のチトセさんも目を覚ました。驚いて飛び上がってしまったのでシーツが足に引っ掛かって吹っ飛んでいく。チトセさんも拙いが、俺も拙い。慌ててシーツを手繰り寄せてお互いに掛かるように引っ張り上げた。


「えっ、あれ、ウォルター君?」

「おはようございます、チトセさん」

「お、はよう……えっ、何で裸?」


 ビックリした顔で俺を見てドン引きしているが、チトセさんも裸だった。


「チトセさんもです……」

「は? え? うわぁ!?」

「……俺たち、やらかしたみたいです」

「マジ……? え、ガチやらかし?」

「ガチやらかしだと思います……」


 反応を見る限り、チトセさんも記憶がないようだ。お互い、浴びるように飲んだから無理もない。と言ってしまうと身も蓋もないのだが。


「あー……どうしたもんか、これ」

「チトセさんなら俺は、」

「ちょいちょいちょい、落ち着いて! 責任取ろうとしてない? でもあたしも君も記憶ない、よね? なのに君にだけ責任を押し付けるのはよくない」

「や、でも」

「ほんと落ち着いて! あたしも考える時間欲しいからさ」


 確かに、俺も考えが一辺倒になってたかもしれない。してしまった責任を、と考えてばかりいたがチトセさんがそれを受け入れなかったらただの責任の押し売りだ。


 一旦落ち着く為、俺たちは背中を向け合い、交代で服を身に付けて朝食を取ることにした。



  □   □   □   □



 テーブルの上に並ぶ焼いた薄いパンとスクランブルエッグ。少し焦がしたベーコン。野菜はない。それらを黙々と口に詰め込み、咀嚼を繰り返す。


「……一旦さ」

「はい」

「今後どういう結末にするかは置いといて、パーティー組もうか」

「相性的なアレですか?」


 熱いコーヒーを啜り、チトセさんの顔をジッと見つめる。目が合うとスッと逸らされた。心が痛い。


「まぁ、そうなる……かな。『赫翼の針クリムゾン・ピアース』に居た時に一緒に活動はしたけど一時的なものだったしね。それに解散した後も君とパーティー組みたいなって気持ちは、実はずっとあったんだ」

「そうなんですか? でも俺、あの時も全然役に立てなかったのに組みたいだなんて」

「ううん、君はとても役立ってたよ。あたしもリーダーとして全体を見てたから分かるけど、君も全体を見て行動してたよね。防御の薄い所には率先して入っていってたし、交代するタイミング、退くタイミングもばっちりだった。戦闘以外の面でのサポートもばっちりで嬉しかったし。流石、色んなパーティーを渡り歩いてきただけあるなと思ったよ」

「いやぁ、そう言ってもらえるとは……」


 役に立たないながらに頑張ってきた甲斐があった……のかな。自然と頬が緩んでしまう。しかしどうにも落ち着かない。一夜を共にしたというのもあるし、手放しに褒められるのも慣れていない。むず痒いな……。


「あれっ」


 どうやら気付かないうちにコーヒーを飲み干してしまっていたらしい。何も入っていない空のコップを啜ってから気付くなんて。


「ふふ、どうぞ?」

「すみません……」


 ポットを手にしたチトセさんが優しく微笑み、注いでくれた。照れ臭い。おかしいな、どういう展開になっても気恥ずかしさが抜けない。ずっと左の太腿を手で擦っている。どんどん感情が強くなってくる。


 ひょっとして、これが……


「恋……?」

「えっ、濃かった? ごめんね、粉が底に沈んでたのかも」

「えっ? あ、いや、ちょうどいいです。大丈夫です」

「そっか、ウォルター君は濃い目が好きなんだね。……覚えとこっ」


 別段好きでもないのだが……チトセさんが妙に嬉しそうなので言うのは野暮かなと、俺は温かいコーヒーを啜った。




 落ち着てきた俺たちは準備を整え、ギルドへと向かった。これからちょっとダンジョンでも行こうかという話になったのだ。俺としてはその方が気が紛れる……と言うとだいぶ言い方が悪いが、それはチトセさんも同じようで、お互い今朝の話には触れようとしなかった。


「お、やっと来た」

「おはよう、ミランダ」

「この野郎、ずっと連絡しないから心配して家まで行ったのよ? まぁ、時々市場で見たって話を聞いてたから生きてるのは知っていたけれどね」


 久しぶりに会ったミランダがカウンター越しに手を伸ばし、人差し指で俺の額をグリグリと押す。昔からされる奴だ。俺に何か悪いところがあるとこうして怒られるのだ。俺はそれを甘んじて受け、落ちてきた髪を左耳に掛け直した。


「で? 何か良いことあったの?」

「あぁ、ばっちり。錬装術師って職業についてもしっかり理解できた。結果もある」


 振り返るとチトセさんがベルトに下げた剣帯から鞘ごと刀を抜き、自慢げにミランダに見せびらかしていた。


「これ、あたしのスキルに耐えられる剣」

「えぇ!? そんな……金属すら蒸発させる赫炎に耐えられる剣……!?」


 ふふふ、驚いてるな。俺だって驚いている。我ながらとんでもない物を作ってしまった。


「ひょっとしてこれ、錬装で?」

「あぁ、俺が作った。チトセさんと一緒にな」

「それであんた、半月以上も出てこなかったのね……」


 大変な作業だったが、俺の修行にもなったし、方向性を考える時間としてもとても良い時間だった。チトセさんは剣撃士だから、もう一本刀を揃える必要があるけれど、そんなに簡単に見つかる物でもないのが難しいところだ。だがこのラビュリアは広大だ。交易も盛んだし、極東の国との商売ももしかしたらあるかもしれない。その時は是非刀を手に入れたいところだ。


「そしてその間、ずっとチトセさんと一緒に居た、と」

「ん……あぁ、まぁ、そうなるな……」


 言い方に含みがあるな。言葉の内容はあってるし、その含みも実際ちゃんと含まれていた。助け船を求めてチトセさんを見ると知らん顔で幻陽を剣帯に戻してさっさとこの場を離れようとしていた。そうはいくかと背中に垂れるフードを掴む。


「ぐぇ」

「そうなんだ。チトセさんに色々教わってた。ね、チトセさん」

「へぇ~。色々って何ですか? チトセさん」

「あっそうだミランダちゃん、あたしウォルター君とパーティー組むことにしたからよろしくね」

「え? 『赫翼の針クリムゾン・ピアース』を抜けた後は誰とも組まないって言ってたのに、ウォルターあんた、何したの!?」

「ぐぇ」


 今度は俺が襟首を掴まれ、モンスターの鳴き声みたいな声が出た。その拍子に掴んでいたフードを手放してしまう。振り返ったチトセさんはベッと小さく舌を出した。


「なんもしてないって! ちょ、チトセさん! 待って!」


 見事に逃げ去ったチトセさんと、逆に捕まった俺だった。それから暫くの間、俺はミランダに根掘り葉掘り聞かれることになったが、洗いざらい話すと俺もチトセさんも酔い散らかしてしまった後のあれこれも話さなくてはならないので、なんとか俺は錬装を頑張った話だけをして難を逃れることに成功した。




 それからミランダにパーティー登録をしてもらった俺はとりあえずパーティー代表として冒険者の腕輪を利用したダンジョン出立申請を行い、チトセさんと共にヴィスタニアの街中にあるダンジョンの一つ、『階下の断崖』へとやってきた。


 この『階下の断崖』というダンジョンはヴィスタニアでも古いダンジョンだ。ある日、住宅街の片隅に突然できた下り階段。その先に広がっていたのは大きな谷だった。慌てて其処を探索した当時の冒険者たちは、その崖の底に多くのモンスターの姿を見たのだという。


 けれどそれも今は昔。ダンジョン内は整備され、崖下と崖上を行き来する昇降機まで設置されている。谷底のモンスターの群れも討伐され、今は定期的に出現するモンスターを退治しては魂石を収穫している。


 この『魂石』というのはモンスターの力の源だ。大小様々な物があるが、その大きさはモンスターの強さに比例する。例え小さなモンスターでも、強大な力を持っていれば、体格以上のサイズの魂石が産出される。こうした魂石はそのまま素材にされたり、加工されたり、或いは特殊なスキルを用いてモンスターの身体の一部を具現化した、生の素材・・・・を生み出したりもする。


 そうして作られた装備を錬装し、力に変えていくのが今後の俺の方針だ。


 前を歩くチトセさんの《幻陽》を見る。本当に頑張った甲斐があった。その結果を見るたびに、俺は勝手に緩む口元を隠すのが癖になりつつあった。


「ちょっと、人のお尻を見てにやけないでくれる?」

「ちがっ、違いますよ! 幻陽見てたんです!」

「ふふ、冗談よ」

「なっ……」


 最近、お尻に関わらずこうしたチトセさんとのやり取りが多い。以前、一緒にパーティーを組んでた時は、仕事中というのもあってこういう一面は見なかった。なのでこれが普段の彼女ということだろう。これから一緒にやっていくのだし、こういうところも慣れていかないといけないな。


 そんなやり取りをしている間に、俺たちは目的地付近に到着した。最初にダンジョンが出現した時は住宅街だった此処も、今では区画整理が行われて広場と、ダンジョンの入口を管理する者たちが滞在する詰所が建てられている。そしてその周囲は冒険者たちで賑わっていた。であれば、それをターゲットにした商売が盛んになるのも当然で、装備の修理屋や、食料を売る屋台、あとは現地での即席パーティーをマッチングさせる仲介屋も其処ら中を駆け回っていた。


「準備はしてきたよね?」

「えぇ、ばっちり」


 一度家に帰った俺は装備を整えてチトセさんと合流している。加工したベルトのシリンダーに差したポーションも並々と入っているし、用意した武器もしっかり整備してある。家にあった片手剣と小型の盾を持ってきた。あの時の氷の杖を錬装した盾ではない。あれはちょっとこの場には不向きだ。この盾も何かしらの力を錬装しようと思ったが、手持ちがなかったのでできなかった。単純にダンジョンに挑む準備はしてきたが、今度ダンジョンに潜る時は錬装の準備もしないとな。


「よし、いくよ」

「はい!」


 チトセさんに声を掛けられ、走る。気合いを入れていこう。パーティーを組んだ初日にヘマをやらかさないよう、心して向かうとしよう。

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