第三話 赫灼の刃

 有無も言わさず引き摺られてきた俺は今、チトセさんの家のとある一室、曰く『武器庫』に案内された。石造りの地下室に並んでいるのはどれも剣だ。多少鎧はあるようだが、圧倒的に剣の方が多い。彼女にとっては剣というものは消耗品なのだろう。しかしよく見れば高価で珍しい素材から作られた剣もあったりして、此処が武器庫であることがよくわかる。


 その武器庫の中央にはランタンに照らされた大きな鉄製のテーブルがある。その上に並んでいるのは何の変哲もない剣が数本。


「見てて」


 そのうちの一本を取ったチトセさんが剣を抜き、その刃を人差し指と中指を揃えてなぞる。すると圧倒的な熱気が一気に周囲を包み込んだ。剣は燃えるように赤く染まり、刃から白煙が上がる。これが”赫炎”だ。


 溶けた剣は地面に落ちて固まるのではなく、蒸発する。だから残るのは柄の部分だけだ。俺はその剣が無くなるまでジッと待つ。


 剣の刃はものの数秒で蒸発してしまった。


「改めて説明するまでもないと思うけれど、これがあたしの特殊スキル、”赫炎”。特殊な火属性で、赫炎を付与して戦うけれど、剣は溶けて消耗されてしまう」

「その為の武器庫ですか」

「そう。剣が赫炎の温度に耐えられないの」

「強いスキルだからこその悩みですね……」

「それを解決出来るかもしれない。君の、錬装が」


 ビクッと肩が跳ねた。俺の錬装がチトセさんのスキルの弱点を補う?


「多分ね、君がマジックゴブリンから奪った杖はちゃんと魔法の杖だったと思う。でないと辻褄が合わないし。氷の魔法が使えるように付与されたマジックアイテム。それって、赫炎を付与したあたしの剣と同じだよね」

「そうですね。……や、でも俺の錬装でチトセさんの赫炎の熱に耐えられる剣は……そもそも、赫炎を付与した剣ってチトセさんしか扱えないんじゃないんですか?」

「そんなことないよ? 消耗が激し過ぎるから人の手に渡せないだけで、付与した剣自体は別に誰でも扱えるよ」


 勘違いしていた。あんな特殊スキル、本人にしか使えないと思っていた。


「俺もその剣が持てるから、赫炎の剣と何かを錬装する……ってことですか? でも赫炎に耐えられる装備なんてあるんですか?」

「赫炎に耐えられるものなんてないよ」

「じゃあ」

「赫炎以外に、ね」

「! 重ね掛け、ってことですか!?」


 そうか、赫炎同士を錬装すればもしかしたら赫炎に耐えられる剣が作れるかもしれない。赫炎という一時的な付与を繰り返し錬装していけば定着するかもしれないということか!


 考えもしなかった。俺の錬装にこんな使い方があるとは……。切羽詰まっていたってのもあるし、俺はチトセさんよりも経験が少ないからそういう発想ができなかったのか。駄目だな、俺は。もっと柔軟な発想をしないと。自分の職業なのに他人に意見を出してもらっていては話にならない。


「赫炎に赫炎を重ね続ければ、もしかしたら赫炎属性の剣というのが作れるかもしれないですね!」

「そういうこと。ねぇ、このお礼は絶対にする。だから協力してくれないかな……?」

「勿論です。俺の職業が人の役に立てるなんて、こんなに嬉しいことはないですよ!」

「良かった、じゃあ早速始めよう」


 こうして俺はチトセさんの赫炎剣作りを行うことになった。これからどうしようか悩んでいたところにこれだ。運命というのは本当によく分からないものだ。




 それから俺は半月以上もチトセさんと一緒に過ごしながら赫炎剣作りに没頭した。赫炎を付与したチトセさんから剣を受け取り、熱気に耐えながら次の剣を待つ。すぐに両手に持つが、最初は錬装の感覚が掴めずに錬装が発動せず、何本も剣を溶かしてしまった。その度に謝るのだが、ついにチトセさんから謝罪禁止令が出てしまった。


 武器庫にあった剣を半分近く溶かした頃、漸く錬装が自分の意思で発動出来るようになった。お陰様で赫炎剣の試作品を作ることが出来た。が、問題が一つあった。常時赫炎が発動していたのだ。これでは鞘に仕舞うこともできないし、そもそも危険極まりなかった。結局これは失敗だったし、実際には溶けにくいだけで最終的には溶けてなくなってしまった。


 この頃から雑な剣での錬装はやめにして、ある程度品質の高い剣で赫炎の錬装が始まった。というか普通に雑多な剣を使い切ってしまった。

 流石に緊張したが、俺も錬装の腕を上げたのもあってしっかりと赫炎同士を掛け合わせることができた。そして錬装というものがやはり武器特性を掛け合わせるスキルだと確信できた頃、赫炎に耐えることが出来る剣が完成した。その頃には武器庫の剣は数本を残してすっかり空っぽになっていた。


「しかし赫炎をあたしの意思でオフに出来るとは気付かなかったなぁ」

「すぐに刃が蒸発してしまうから、其処は盲点でしたね」

「なくなる前に早く使わなきゃって思考になっちゃうから、どうしてもね」


 チトセさんもチトセさんで、急いで連続で赫炎付与を行ううちに指でなぞらずに付与出来るようになったし、燃焼時間が延長されただけの失敗作を扱ううちに付与の停止にも気付けて、更に成長していた。


 今は赫炎に耐えられる剣の付与をしたり、消したりして剣の状態を確認している。赫炎に耐えられる剣は刃が赤く染まっていた。赤い金属で作った剣、という感じだ。


「これで漸く基礎ができあがったね」

「長かったですね……」

「ありがとうね、ウォルター君」


 常に一緒に過ごしてたからか呼び方も親しくなっていた。話し方も少し砕けてきた。それが妙に嬉しい。


 そしていよいよ、最後の錬装に取り掛かる。チトセさんの武器庫で一番高価で強力な剣が、所々溶けてしまった鉄テーブルの上に置かれる。それは赤い鞘に納まった細身の曲刀だった。


「これは『刀』と言ってね。あたしが住んでた国の剣なんだ」

「珍しい剣ですね……そういえばチトセさんの住んでる国って?」

「え? あぁ、極東極東。めっちゃ東? みたいな」

「へぇ……?」

「さぁさぁウォルター君、この剣をベースに錬装してくれないかな?」

「わ、分かりました」


 なんかごり押しされた気もするが、刀を左手に取り、鞘をチトセさんの預ける。錬装して気付いたことだが、俺の錬装のベースになる装備は左手に持つ装備が錬装結果になり、右手に持った装備が材料になるようだった。


「……いきます!」


 右手に持った試作完成品の赫炎剣が粒子となって消え、左手に持っている刀の刃が赤く染まっていく。


「お願いします」

「うん……!」


 出来上がった刀をチトセさんに渡す。チトセさんは神妙な面持ちで揃えた指を刀の側面に当てた。そしてゆっくりとなぞっていく。その指を追うように赤い刃は輝き、熱を持ち、そして発火していく。


 赤く輝く刀は、溶けずにしっかりその形を維持していた。暫くその状態を保った後、チトセさんが刀を一振りし、赫炎を解除した。そのまま流れるように左手に持っていた鞘に刀を納めた。


 チトセさんはポツリと呟く。


「ありがとう、ウォルター君。君とならあたし、結婚しても良いと思ってるよ」

「ははは……ありがとうございます」


 俺はというと気が抜けてしまって椅子に座り込んでしまった。


 濃い。とても濃い数週間だった。しかし俺自身、学びのある時間だった。こうして立て続けに錬装したことで錬装術師という職業をものにできた気がする。そして錬装というスキルの扱い方も学べた。赫炎という大きな弱点のある特性も重ね続ければ定着するのだ。これが他の特性ならどうなるのだろう? そう考えるとワクワクしてきた。


「さて、この刀に名前を付けてあげないと」

「名前ですか?」


 顔を上げると刀を持つチトセさんと目が合う。


「刀には基本的に名前があるんだよ。名のある剣ってのは力が宿るものなんだよね。だから、この赫炎の力を宿した刀にもそれに相応しい名前が必要かなって」

「なるほど」

「刀の名付けは難しいからね。あたしがするけどウォルター君には立ち合ってもらいたいんだ。いいかな?」


 小首をかしげるチトセさんだが、そのお願いに俺は首を横に振ることはなかった。


「此処まで一緒にやってきたんですから、最後まで付き合わせてくださいよ」

「ふふ、ウォルター君ならそう言ってくれると思った。待っててね。思い浮かんでる案はいくつかあるからすぐ決まる」

「えぇ、此処で待ってます」


 座り直した俺は名付けをするチトセさんを眺めながら少し待つ。こうして1つの武器を作るだけでも相当な労力を使ったが、繰り返していけばいつかは俺の専用装備を作ることも出来るし、そのうち俺でもダンジョンを攻略出来るかもしれない。


 そう、そうだ。俺はダンジョンを攻略したい。有名になりたい。俺より足の早かった皆は手の届かい場所まで行ってしまった。そんな皆に俺は追いつきたい。そうやって今まで走ってきたじゃないか。走り続ける為の立派なも手に入れた。


 よし、狙うは最強の武具を……そうだな……伝説とも言われる《魔剣》を制作しよう。……いや、でも伝説は流石にあれか。一旦、仮称ということにしよう。魔剣(仮)だ。


 それを作ってラビュリア制覇だ。そうして有名になった時、俺は大手を振って皆の居る場所へゴール出来るのだ。


「よし、決めた!」


 と、1人目標を決めたところでチトセさんも名前を決めたようだ。


「何にしたんですか?」

「ふふふ。心して聞いてね。この刀の名前は《幻陽》。炎が揺らぐ様が太陽みたいだったし、その刃越しに見る景色が揺らいで幻のようだったんだ」

「良い名前だと思います。格好良いですし」

「でしょ? ふふ……改めて本当にありがとうね。この恩は忘れないよ」

「えぇ、俺もこの経験は絶対に忘れないです」


 立ち上がり、チトセさんに礼をすると慌ててチトセさんも頭を下げた。お互いに下げ合う様が妙におかしくて笑ってたら、急にお腹が減ってきた。そういえば此処最近の俺たち、錬装で徹夜ばかりしててちゃんと食べてなかったな。


「身支度整えたら食事でもどうですか?」

「いつかの謝罪の分の奢りと、今回のお礼の奢りは別だからね?」

「いやもういいですってそれ。普通に、打ち上げってことで」

「そう? じゃあ楽しく食べるかぁ!」


 ということで此処で一度俺たちは解散して仮眠したり風呂に入ったり着替えたりして夜になって再度集合して一晩中飲み明かした。食いきれないくらい食ったし、飲み切れないくらい飲んだ。周りの人間も巻き込んでの大宴会だ。チトセさんも幻陽片手に冒険者たちに赫炎を披露しててめちゃくちゃ盛り上がった。有名人は違うなぁなんて、皆と一緒に手を叩いて喜んでいたけれど、俺だけはそのお披露目に一枚噛んでいるという事実がとても嬉しくて影でほくそ笑んでた。


 そうして盛り上がりまくった。周りの人間が酔い潰れ、俺も流石に酔い散らかしたところで解散となり、朦朧としたまま帰ろうとしたところで後ろからタックルしてきたチトセさんに拉致られた。


 それからの記憶はない。多分、二次会とかいってまた酒を飲んだのだと思う。楽しかったんだろうな。部屋は見事に散らかりまくってる。齧った跡のある乾いた肉や、ビチャビチャの床と転がった酒瓶。


 そして隣には丸裸のチトセさん。俺も同じ格好をしていた。


 窓から差す日差しが眩しく、目を背けると気持ち良さそうに眠るチトセさんが目に入ってしまった。


 ダンジョン攻略とか、錬装とか、そんなことどうでもよくなるくらいの出来事に頭が真っ白の俺が其処に居た。

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