第二話 未知=可能性

 お互いに首を傾げ合いながら”錬装術師”について考える。


 最初に思い浮かぶのは似た職業である”錬金術師”だ。


「錬金術師とは違うのは分かるけれど……」

「うーん、近しい存在なのかな?」


 行動が早いミランダは既に職業関連の書物を数冊持ってきてページを捲りながら俺の言葉に相槌を打つ。


「例えば錬金術師ってどういう職業だとウォルターは思ってる?」

「うーん……何かを生み出す職業?」

「そうだね。でも少し訂正させてもらうと何かと何かを掛け合わせて何かを生み出す職業、だね」


 素材が必要ということだろうか?


「無から有は生まれない、ってこと」

「あぁ」


 確かにそうだ。そうなったらもう何でも出来てしまう。となると錬装術師という職業も無から有は生み出せないのかもしれない。俺もそんな経験は一切ない。


「有る物からしか物は生み出せないってことね」

「改めて言われると、確かにってなるな。じゃあ俺がマジックゴブリンの持ってた杖と盾を錬金……いや、錬装・・したってことか?」

「状況的にはそうなるね。杖の特性を盾に錬装したのよ、あんたは」

「そうか……本当に俺がやったんだな……俺自身の力で」


 自分の手を見る。この手が何かを生み出したのかと思うと震えてくる。その手をミランダが両手で握った。顔を上げると、まるで自分のことのように嬉しそうに笑うミランダが俺を見ていた。


「本当に良かった。心配はしてた。でもウォルターなら絶対に職業に目覚めるって思ってた。あの時だって諦めずにあんたは最後まで走ったんだもん」

「それは皆が応援してくれたからだよ。ありがとう、ミランダ。こうして頑張れたのも君のお陰だ」

「馬鹿言わないで。頑張れたのはあんたが頑張ったからだよ」

「うん……ありがとう」


 俺もこれで皆に追いつけるかもしれない。漸く、漸くスタートラインに立てたのだ。


「さてと、流石にそろそろ時間もきつくなってきた」

「俺も帰らないと。遅くまで付き合わせてごめんな」

「ううん、最高の場に立ち合えて良かったよ。おやすみ、ウォルター」

「あぁ、おやすみ」


 ミランダに手を振り、ギルドをあとにする。今日は散々な目にあったというのに、心なしか足取りも軽い。ミランダも俺も初めて見る職業だったけれど、悪い職業ではないはずだ。だってこの力は俺の命を救ってくれたのだから。


 家に帰った俺は今までの疲労が一気に噴出したのか、お昼過ぎまで夢すら見ずに眠った。



  □   □   □   □


 翌日。……と言ってももう昼も過ぎているが、翌日。


 俺はこの錬装術師という職業をどう活かすかを考えることにした。


 まず、この職業を活かす為の最低限の要素として、装備が必要になってくる。装備同士を掛け合わせて新たな装備を作るのだから、人の倍は必要だ。そうなると更に必要になってくるのはお金だ。


「つってもなぁ……。装備を買う為のお金はダンジョンに潜ってモンスターを倒さないと手に入らない。モンスターを倒す為には装備が必要だ。その装備を買う為には……ああー! 頭が痛くなってきた!」


 家で1人騒ぐ怪しい奴となった俺は一旦、考えることを放棄した。この悪循環を脱したい。となれば散歩だ。町を散策すれば何か良い方法が見つかるかもしれない。


 善は急げとさっさと身支度をした俺は家を出て町を散策する。


 この町の名は『ヴィスタニア』。広大な草原、『ヴィスター大草原』に築かれた大都市だ。このヴィスタニアを中心に広がり、全ての土地を内包した巨大迷宮都市『ラビュリア』が俺が住む場所の全体像だ。此処を中心として、実に様々な地形が広がっているのだ。


 湖、森林、荒野、山岳、そして群塔。不思議と各地は幾つかのダンジョンが生成されている。その多くはこのラビュリアの地下に広がる巨大ダンジョンが原因だとも言われている。ダンジョンから流れ出た魔素なんかが大地を通して派生したダンジョンを作り、そのダンジョンが土地を作ったととかなんとか。大昔にはこの周辺は草原と塔しかなかったなんて話だ。


「このヴィスタニアの外の町にも装備はあるだろうけれど……」


 結局装備がないことには町を出るのも難しい。この都市の周囲に広がる草原は、それそのものがダンジョンなのだ。ダンジョンにはモンスターが出る。つまり、町を出るとモンスターに襲われる。そのモンスターを倒すには装備が必要で、その装備を手に入れる為にはお金が必要で……。


「ぐあああ……もういいって……!」

「わ、びっくりした」

「うおっ!」


 また嫌な連鎖に頭を掻き毟りながら呻いていたら運悪く路地から出てきた人に驚かれた。俺も驚いたが、それよりも恥ずかしさが勝る。顔が赤くなっていくのが自分でも分かった。耳まで熱い。


「……ってあれ、チトセさん!? なんでヴィスタニアに……」

「やぁ、奇遇だね。昨日ケインゴルスクから戻ったんだよ。エンドエリクシル君」


 改めて見たその人物は、以前パーティーを組ませてもらったチトセさんだった。この町でも最上位に位置する冒険者パーティー、『赫翼の針クリムゾン・ピアース』の設立者であり、リーダーだった・・・人だ。今はパーティーを抜け、ソロで活動をしていると聞いている。


「お久しぶりです。パーティーを組んでた時以来ですね」

「だね。元気にしてた?」

「はい、怪我もなく……はないですけど、無事に生きてます」

「ん、生きてるなら良し」


 物静かな見た目の人だが、実はそうでもない。ニッと笑うと生来の活発さが見えるし、揺れる黒髪と赤髪が不思議さを際立たせる。キラリと輝く冒険者の証である腕輪の色は黒。数多く存在する冒険者の中でも最上位を意味する色だった。


 彼女が持つ腕輪と同じ黒い髪だが、髪の一部が赤い。これは彼女の持つ特殊なスキルが由来だ。そのスキルはとても有名だし、彼女がラビュリア最強の一角であることの象徴でもある。そして特殊なスキルの持ち主は時々こうして髪に変化が現れるという。こうした人間を区分して『二色にしき』と呼ぶことがあった。


 そしてその特殊スキルの名は”赫炎かくえん”。手にした武器に”赫炎”という特殊属性をエンチャントするスキルだ。それは火属性を超える火属性として、ありとあらゆる物を溶断する。しかし武器がそのスキルに耐え切れずに融解する為、常に彼女は複数の剣をぶら下げていた。


「そうだ、ギルドで聞いたよ。ミランダちゃんから」

「えっ」

「職業に目覚めたんだってね。本当におめでとう」

「あ、ありがとうございます」


 ミランダ、何の為の魔道具なんだ……俺はチトセさんみたいに有名じゃないんだから、喋っちゃ駄目だろう。活躍して名が売れて隠しきれないならまだしも、流石にそれは……。


「あ、いや、ごめん。ミランダちゃんは悪くないの。あたしが悪いんだ」

「……と言いますと?」

「君がボロボロで帰ってきたって小耳に挟んだからミランダちゃんに聞いたんだよ。エンドエリクシル君の事が心配だったから、つい気が動転してしまって……申し訳ない」


 なるほど、そういう理由があったのか。ミランダ自身は隠そうとしたのだろう。でも相手は最上位の冒険者で、一時期は俺も所属して居たパーティーの人間だ。ついつい……というか、観念してしまったというか、仕方なかった部分も多かっただろう。俺がチトセさんの立場だったらと思うと素直に怒れなかった。


「ミランダちゃんにはあたしから謝罪しておくから、エンドエリクシル君は聞かなかったことにしてもらえると……」

「まぁ、心配してくれたというのは素直に嬉しかったですから。此処は一つ、俺の遅めの昼食を奢るということでどうです?」

「エンドエリクシル君……ありがとう、いくらでも奢らせて?」


 むしろ感激だ! なんて言い出しかねないレベルで嬉しそうな顔をしている。こんな顔されたら怒ることもできないな。


 そのまま俺達は並んで歩き出す。昼下がりの暖かな日差しが心地良い。最上位冒険者で特殊スキル持ちで美人。周囲の目を引くのは当然で、周囲にはいつも人が居る人だ。賑やかで活気があるのが常なのがチトセさんだが、今日は1人だった。珍しいこともあるなと思いつつ、そんな1人の時間を邪魔してしまったのも申し訳ないかなとも思う。そして人気者を独り占めしている今の状況にも。


「チトセさんのスキルって特殊じゃないですか」

「そうだね」

「職業は特殊じゃないんですか?」

「職業は普通だよ。剣撃士」


 剣撃士は剣士の上位職だ。剣と盾、或いは剣一本で戦うことに特化したスキルを持つ剣士とは違い、剣撃士は2本の剣で戦うスキルが多い。より攻撃に特化した職業だ。


 ちなみに俺は錬装術師に目覚める前はこれといったスキルはなく、荷物持ちや盾持ちとして冒険者パーティーに追随していた。あのゴブリン奇襲事件の時は盾持ちで、剣はおまけみたいなものだったな。


「それでいつも沢山剣を提げてるんですね」

「それもあるけどね。ほら、溶けるし」

「赫炎かぁ。格好良いですよね、ほんと」


 俺も一時期とはいえ、同じパーティーに居たから実際に目にしたことがある。真っ赤な炎を纏う剣が敵をスパスパと溶断していく姿は流石最上位冒険者だなと感動したっけ。


「へへへ、照れるね」

「俺も職業に目覚めましたし、なんか1つでも格好良い姿をチトセさんに見せられたらいいんですけどねぇ」

「錬装術師かぁ。詳しくは聞いてなかったけれど、どういう職業なの?」


 と聞かれて改めて考える。俺の職業ってどういう職業なのか。


「チトセさんも錬装術師という職業は初めて聞きました?」

「そうだね。この世界に来て……じゃなくて入って4年くらいになるけど、そんな職業は聞いたことないね」

「なるほど……もしかしたら俺の錬装術師、特殊職業かもしれないんです」

「お、そりゃ凄い」


 俺は歩きながら昨日あった出来事を話した。ゴブリンに襲われたこと。奴等に囲まれた中、運良く手にしたマジックゴブリンの杖と盾が融合……いや、錬装されたこと。そのお陰で今こうしてチトセさんと並んで歩けていること。


「……ってことがあったんです。……あれ?」


 全部話し終えて隣を見るとチトセさんがいない。キョロキョロと辺りを見回してみると、チトセさんは俺の後ろであごに指を添えながら地面を見ていた。何がそんなに気になるのだろうと戻って一緒に地面を見てみるが、何の変哲もない石畳だった。


「ねぇ、エンドエリクシル君」

「はい」

「君が持ってた盾ってのは何の変哲もない盾、だったんだよね」

「そうですね」

「マジックゴブリンが持ってた杖は本当に魔法の杖だった?」

「あ、や……俺も逃げ回ってたし、暗かったので実際に魔法を放っていたかどうかは……」

「ふむ」


 首を傾げる。どうやら石畳は関係なく、俺の職業について何か考えている様子だった。


「ごめんね、あたしが馬鹿やった所為でこうして償う為に目的地に向かって歩いてるんだけど、それはまた今度でいいかな」

「えっ、別にいつでも構いませんけど。食事に誘ったのも再会を楽しむ為のただの口実でしたし」

「良かった。じゃあ予定変更」


 顔を上げたチトセさんは、まるで大勢のモンスター相手に戦ってる時のように高揚した顔で俺を見てニヤリと笑った。


「あたしの家に行こう」

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