第30話 うんこに行くと言ったな。アレは嘘だ。
周囲に誰もいないことを確認してベッドから起き上がり、近くに立てかけてあった剣を杖のようにつきながら病室を抜け出す。
処置は済ませ、あとは意識が戻るまで放置しておけば大丈夫と判断した救護班は次の患者と試合の興奮に備えて配置に戻ったのだろうと推測される。
時々ふらつく体を壁にもたれかけさせは呼吸を整える。
別にあてがあるわけではないが、黙って寝てなどいられないという焦りが顔に出ていた。
「そんな格好でどこへ行くつもりだ」
俺が目の前に現れたことに驚き、目を見開くイブキ。包帯を巻かれた上に制服を羽織った男は大量の汗をかいている。
「はははっ。どうしてキミがここにいるのかなー」
「あれだけ人を煽った男がフェイトに反撃もせずに倒れるのはおかしいと思ってな」
「いやいや。単純に彼女の魔法に負けただけさー」
「嘘だな。お前は自分がすぐに起き上がれるギリギリのダメージになるよう受け身を取っていた」
〈色欲の魔眼〉を持つ俺でなければ見逃していただろう早技だった。
しかし、そんな真似をせずともこの男なら別の方法を選べたはずだ。
例えばあの火球を一刀両断にするとかな。
「何がしたかった。何故手を抜いたんだ」
俺の問いに答えず、イブキは曖昧な顔で笑った。
「話すつもりはないんだな」
「さぁ? 何のことだろうねー」
しらを切ろうとするのならこちらにも考えがある。
近づいてくる俺を警戒し、距離を取ろうとするイブキだったが、傷ついたその体で何が出来るというのだろうか。
「全てを吐いてもらうぞ」
まずは〈
これで深層心理を表面化させ、催眠状態にするのだが……。
「手の内は知ってるよー。これくらいじゃボクは何も喋らない」
イブキは平然としていた。
学園最強とだけはあって、今の俺に近い実力のこいつには効きが悪い。
ふっ、色欲の魔王を舐めるなよ?
「〈
媚薬により感度を上昇させ、香りで反抗する力を奪いとる。
色欲の魔王直々の催眠フルコースなんて普通は使ったりしない。加減を間違えれば廃人にだってなりえるからな。
「あぁ……これ無理だ。いい気持ちだなー」
細目がトロンと溶け始め、口が緩む。
よし。催眠状態に移行したので、これでイブキの隠そうとしていることを聞き出せるな。
「イブキ。お前はどうしてフェイトとの戦いで手を抜いた。決勝で俺と戦う約束は嘘だったのか?」
「それは違うよー。ボクは一人の武人としてキミと戦うつもりだった。朝に交わした約束を破るつもりはなかった……」
けれど、とイブキは語る。
「試合が始まる前、控え室に手紙が届いた。差出人は不明で内容は……アディを無事に返して欲しければ八百長をしろってねー」
脅迫状というわけだな。
話を聞きながらも俺はある疑問を抱いた。
「あの副会長がそんな簡単に攫われるのか?」
「普段ならまず有り得ないさー。でも、昨日のアディは身体共に消耗していた。魔力だって回復しきれていない状態なら可能性はある」
特殊な条件下だったからこそ成功したのか。
「ただ、昨日ボクはアディを赤服の寮まで送り届けた。彼女が連れ去られたとしたら寮に戻ってから今朝までの時間だよー」
イブキが口にした情報をまとめて整理していくと犯人像が浮かんできた。
「学園内部の人間による犯行か」
「それも赤服の寮に出入りできる人物だよー」
まだ個人を絞るには証拠が足りないな。
公爵家の令嬢を攫うとは随分と大仰な奴だな。
「女を人質にされて生徒会長としての地位や名誉、武人の誇りを失ったのか」
「失望したかーい? 女のために全てを捨てたボクを」
催眠状態でありながら自虐的なことを言ってイブキはは自分の拳を血が滲むくらい強く握る。
苦渋の決断の末がフェイトとの試合に繋がるのか。
「いいや。むしろ褒めてやりたいくらいだ」
俺の言葉にイブキは顔をきょとんとさせる。
「約束を破るやつはクソだが、自分の女を見捨てるのはもっとクソな野郎がすることだ。お前が選んだのは俺にとって好ましい選択だ」
他の誰でもない色欲の魔王の俺が褒めてやろう。
しかし、ここまでの話を聞いてイブキを責めるのは酷だな。
早く問題を解決をさせてやるために力を貸してやりたいが……。
「ボクらのことは気にしないでキミは会場に戻ってくるないか」
俺は今、レヴィアを待たせている。
大勢の観客の前で始まらない試合はこのままだと失格になる可能性が高い。
そうなれば家族を助けるのが先延ばしになってしまう。
「……そうさせてもらおう」
俺がこの学園に来たのは自分の夢と家族のため。
ハーレムの妻候補でもないこの男のために自分を犠牲にする必要はない。
「じゃあ、ボクは行くよ」
「待て。その傷では途中で倒れるのが目に見えているぞ。少し休んでいけ」
そう言って俺はある場所を指した。
男二人で肩を寄せながらその場所へと移動する。
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