第28話 決戦の朝。昨日はお楽しみでした!?


 生徒会戦挙二日目の朝。

 俺は普段よりも少し早い時間に目が覚めた。

 窓の外はまだ静かで薄っすらと霧が残っているが、昼間はよく晴れるような気がする。

 母さんが持たせてくれたハートのパジャマを脱いで制服に袖を通して部屋を出る。

 まだ他の生徒は昨日の熱に浮かされたせいで騒ぎ疲れて寝ているので起こさないよう足音を消して寮の外へ向かう。


「いい朝だ」


 鳥のさえずりしか聞こえない静けさの中、風を切って俺は走り出した。

 初めは軽いジョギングからで、少しずつ速度を上げてランニングへと移行し、最後は建物から建物へと飛び移りながら学園の校舎群を一周する。


「タイムは上々。体も動くな」


 普段と同じ準備運動を終えてコンディションをチェックしていく。

 魔王をやっていた千年前では考えられないなと我ながら思う。

 しかし、これは父さんから教わった考え方だ。


『いいかアス。強くなりたいなら毎日の鍛練をサボっちゃ駄目だぞ? いくらその道のプロでも一日休めば腕が落ちて、取り戻すのに三日かかるんだ』


 父さんは猟師として獲物を取らないと家族を養っていけないから腕前が落ちるのは命に関わると思い、実行していた。

 そんな父さんを見て育った俺は自然とその真似をするようになり、言葉の意味を実感した。

 魔王になったのを理由に修行をサボっていなければ勇者に負けなかったのではないか? と今更ながらに思ったのだ。


『ただし、毎日集中して続けることが大切で疲れたら軽いのにするんだぞ。無茶なハードワークで体を壊したら元も子もないからな』


 いつもであればここから筋トレを始めるが、試合前に疲れが溜まると困るので体を温めるだけにしておく。

 日課も終わったのでまた寮に戻ろうかと思ったら空を裂く素振りの音が聞こえきた。

 それが気になった俺は音のなる方へ進み、校舎の屋上に辿り着いた。


「おや? 朝から訪問者とは珍しいねー」


「お前だったのかイブキ」


 腰まで伸びた長い金髪を一つ結びにし、鞘に入ったままの剣を握っているイブキがいた。

 額にじんわりと汗をかいている所を見るに、そこそこな時間素振りをしていたな。


「学園最強の生徒会長が勤勉だな」


「いやー、流石のボクも今日ばかりは本気にならないと不味いかなーって。お姫様もキミものんびりさせてくれないだろうしね」


「そうだな。一瞬でも油断すれば地面に膝をつくのはお前の方だ。その剣を鞘から抜かせてやる」


「これねー。実はボクも抜きたいんだけど中々上手くいかなくてねー」


 イブキの言葉に違和感を持った。

 自分の剣なのに鞘から抜かないのではなく抜けないのか?


「最初に刀身を見せるのはアディかと思ったけど、彼女負けちゃったし」


「うちのフェイトの方が一枚上手だったな。俺が鍛えてやっただけはある」


「やっぱりそうかー。魔王との戦闘訓練なんてそうそう経験できないしねー」


 困ったように笑うイブキ。

 相変わらず軽薄な態度だが、声に口惜しそうな感情が混じっていた。

 ……魔王か。やはりこいつは俺のことを知っていると考えていいな。


「魔王について詳しいのか?」


「ふふっ。やっぱりそこが気になるー?」


 俺を試すような含みのある言い方。

 今の俺にとって大事なのは勇者のことと、転生した今の人生のことだ。

 かつて争いあった魔王達は俺にとって敵だった。

 奴らとの思い出が無いわけではないが……。


「悩んでるねー。ボクを倒して生徒会長になったら教えてあげるよ。キミは千年前の清算をしなくちゃならいしねー」


 清算だと?

 いったいこの男はどこまで俺や魔王について知っている。

 もしや何の情報もない大魔王の事も何か掴んでいるとでもいうのか。


「その条件を飲んでやろう。洗いざらい全てを答えてもらうぞ」


「怖いねー」


 今ここで〈色欲の魔眼〉を使って無理矢理吐かせてやることも可能だが、それをすれば魔力を大きく消耗する。

 レヴィアとの約束もあるし、もしフェイトが負けてしまったらこの男と戦うことになる。

 その時でも遅くは無い。


「長話になったな。シャワーを浴びたいから俺はもう戻るぞ」


「そうだね。ボクもそろそろ戻らないとアディが起きちゃいそうだし」


「ん?」


 カッコよく立ち去ろうとしていた俺は思わず足を止めて自分の耳を疑った。


「どうかしたのかなー?」


 余裕のある笑みを浮かべるイブキ。

 もしやこいつら……。


「エッチなことをしたんですね?」




 ♦︎




「遅かったわね。どこで油売ってたのよ」


「……あぁ、すまん。考え事をしていた」


 シャワーを浴び、朝食を済ませて会場に乗り込むとフェイトとレヴィアが待っていた。

 準決勝の開始までまだ時間があるが、会場にはちらほらと生徒が集まっており、戦挙管理員会らしき連中も忙しなく働いている。


「そんなので大丈夫なのアンタ」


「心配するな。気持ちの切り替えはできている」


 少し脳が混乱しているが、じきに落ち着くだろう。

 まぁ、いいわとフェイトは追求をやめた。


「レヴィアは調子どう?」


「ちょっと寝不足でした」


「やっぱり不安?」


「いいえ。今日は楽しみで寝付けなかったんです」


 心配するフェイトに対してレヴィアは声を弾ませて答えると、俺の顔を見上げた。


「アスくんにわたしの全部を見せちゃいます」


「ふははは。俺もレヴィアの全てを搾り尽くしてやろう」


 真っ直ぐに向けられる闘志の宿った瞳に自分の口元が綻ぶのが分かった。

 やはりあの場で魔眼を使わなくて正解だったな。

 この調子のレヴィアなら俺にとって手強い相手になりそうだ。


「おぉ、話題の三人が揃ってるね〜」


 俺達が集まって話していた観客席に近づいて来る影があった。

 声の主を見ると腕に腕章をつけたモヒカンにサングラスの男が立っている。


「管理委員会としても遅刻せずに早目に来てくれて嬉しいぜ」


「確か、マック・クロウだったか?」


 昨日マイクを握って実況や解説をしていた男だったな。


「オレのことを知ってるなんて嬉しいぜブラザー!」


 馴れ馴れしく俺の肩に手を置いてサムズアップするマック。

 動く度に身につけている装飾品がジャラジャラと音をたてる。


「戦挙管理委員が何の用?」


「そう怖い顔すんなよニュークイーン。オレは頑張り屋のテメェらを応援しに来たんだぜ〜」


 クイーンと呼ばれてフェイトの頬が緩んだような気がした。

 アディリシアに勝てたのは余程嬉しいようだな。


「生徒会長のイブキはよく分からねぇヤツでな。強いのは間違いないが、盛り上げにくいのなんのその。去年も散々だったし、テメェには感謝してんだぜ?」


 嫌なものを思い出して首を左右に振るマック。

 こいつは去年も同じことをやっていたのか。


「去年のイブキはどんな感じだったんだ?」


「あー、去年は普通の剣を使ってたぜ。なのに今年は鞘から抜きもしねぇ。自分が強いからって余裕ぶってるのかもな」


 やはり他人から見るとそう思えるな。

 だが、今朝の会話だとあの剣には何か秘密がありそうだ。


「決勝は新入生対決になって元クイーン対イブキで盛り上がったんだが、最後まで魔法を使わずに勝っちまったんだ」


「アディリシアを相手にして魔法を使わなかったですって!?」


 大きな声を出して驚くフェイト。

 レヴィアも目を丸くしている。


「そうさ。ヤツはただの剣だけでクイーンを倒したんだ。貴族の最底辺が優勝候補のクイーンに勝つなんて誰も想像してなくて困ったんだせ? ……本当に」


 余程大変な思いをしたのか呟きが重い。

 たしかイブキは赤服の中でも実家の地位が低いとフェイトが言っていたな。

 下剋上が起きて盛り上がらなかったのか? と思ったがそもそも貴族が多いこの学校では弱者の活躍より強者の蹂躙の方が好まれていたな。

 俺やレヴィアの試合がアウェーなのが証拠だ。


「生徒会長になってからも変な校則を増やして、余計なことばかりして生徒からは嫌われているしな」


「よくそれで会長が務まるわね」


「ぶっちゃけ、クイーンがいるから大人しくしてるだけさ。戦挙管理委員としては公平な試合をしてもらいてぇが、個人的に負けてくれると助かる」


 散々な言われようだな。

 戦挙直前になって生徒会室がガランとしていたのは準備だけでなく人望が無かったからなのか?


「一番の対抗馬だった元クイーンが負けたからオレらは新クイーンに期待してるぜ! 勿論、白服のテメェらが勝つのもアリだけどな」


 俺達が他の連中にどう思われているのかがよくわかった。

 ガハハハと高笑いをし、マックは仕事があると言って話を切り上げた。


「頑張って勝ってくれよフェイト・サウザンドウォール!」


 サムズアップし、白い歯を見せつけてマックは離れていった。


「凄い人でしたね」


「距離感が近いのよ。あと、格好がダサい」


「そう言ってやるなフェイト。役立つ情報を残してくれたではないか」


「役立つって……殆ど変わらないわよ」


 あのアディリシアが過去に魔法さえ使われずに負けたと聞いたフェイトの顔に焦りが見える。

 おまけに今年は鞘から剣を抜かないときた。


「大丈夫ですよ。去年の話ですし、フェイトさんは去年より強くなったアディリシアさんに勝てたんですから!」


「そうね。そうよね。難しいことは考えずに全力で叩き潰すのが私の性に合っているわ」


 レヴィアに励まされてフェイトの表情が和らいだ。

 どれ、俺もリラックスさせてやるとしよう。


「なぁ、フェイト。ちょっとあそこの建物裏に行かないか?」


「はぁ? 何するつもりよ」


「服を脱いで気持ちいいことをしてやろうと思ったんだ」


 前にレヴィアにやったマッサージをすればフェイトのコンディションは最高潮になるだろう!


「こんの〜〜〜〜ど変態───ッ!!」


 試合開始前に誰も知らされていないド派手な花火が打ち上がるのだった。


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